第42話 もうひとりの皇子
ザイーコは戸惑いを隠せなかった。
指定されたポイントはよく知っている。かつては、アーケード通りだったそこは荒廃しきっており、経年で元の色さえも忘れた看板が、往年の賑わいも今は昔と物語っていた。その一角――住居と一体になった個人商店が指定された場所だ。
中では二階を抜いて、巨大なコンテナが鎮座していた。一体、いつの間に用意していたのか……。相当な財力がなければ、こんな代物を秘密裏に移動させるなど不可能だ。
「あんたのプレゼントってのは、このコンテナか?」
『そうだ。パスワードはKGFU40ED.Fだ。それなりの武装は用意している』
言われるがままにコンテナの文字盤にパスワードを入力。パスワードが正規のものと判断したコンテナがおごそかに扉を開く。
「これは……」
駐機モードで待機しているコクピット・インファントリ、ラックに並べられた銃器……。裏ルートでも一度に用意するには困難な数だ。だが、それに増してザイーコ達の視線を釘付けにしたのは、コクピット・インファントリの背後にあった巨影だ。
「まさか、キャバリー? いや、リミテッド・マヌーバーか」
小型の類ではあるが、それは紛れもなくリミテッド・マヌーバーだった。リミテッド・マヌーバーは簡易型キャバリーとしての側面もあるが、同時にコクピット・インファントリの外装の側面もある。コンテナの中にあるのは後者だ。陸上戦に特化させたリミテッド・マヌーバーは確かにこの状況を打破する乾坤一擲のきっかけになり得る。
合計三機のコクピット・インファントリとリミテッド・マヌーバーの組み合わせ。もう一箇所でも、同様の装備が準備されているのだとしたら、六機。伯爵軍はコクピット・インファントリはあるが、費用対効果を意識してか、リミテッド・マヌーバーは出ていない。となると、六機のリミテッド・マヌーバーは戦力的に申し分ないといえる。
「魔王。あんたの指揮下に入れってことは、これから反撃を行うという認識でいいか?」
ザイーコはいつしか、魔王を『貴様』や『お前』から『あんた』と呼んでいた自分に気がついていなかった。絶望的な状況から一転して、勝ちの目が見えたとなると、人間の目は曇る。
『当然だ。ここからが始まりだ』
* * *
ラルフグレイン伯爵に報が知らされた時には、既に趨勢は決しようとしていた。
「何? リミテッド・マヌーバーが?」
「はい。リミテッド・マヌーバー――モスキートが六機だと? 何故、テロリスト風情がそのような兵器を!」
ラルフグレイン伯爵の狼狽も然るべきだ。最も小型のモスキートといえども、リミテッド・マヌーバーを装備したコクピット・インファントリと
「こうなれば……殿下の秘蔵っ子に再び出陣願うしか――」
本陣のすぐ背後に陣取っているのは、ヴァルドルフの酔狂から生まれたと揶揄されている、試験部隊である。帝国製キャバリーのフラッグシップモデル開発を任務とした部隊の、その絶大なる戦力は前回の惑星クシオラでの掃討作戦で思い知らされた。単機で一体、現行キャバリーの何機分に相当する戦力を有しているのか、興味がないわけでもない。
だが、ラルフグレインはここで躊躇する。ヴァルドルフ・マキナ・ピースメーカー殿下の試験部隊自体に不満があるわけではないのだが、ライダーはなんと庶民の出と聞いた。純粋かつ模範的貴族であるラルフグレインにとって、庶民は貴族が守る者という価値観が根付いている。だからこそ、彼は爵位を持たぬ庶民を出来うる限りは戦闘に参加させたくはなかったのだが……。
『ラルフグレイン伯爵。何を考えている?』
ラルフグレインの悩みの種の一人から通信が入る。先日、極秘にラルフグレイン伯爵領に入った、ある皇族である。ヴァルドルフにすら内密にと口止めされている、その皇族は自身のキャバリーを用意して、この戦場にやって来ていた。
「いえ、テロリストめがどうやって手に入れたのか、モスキート六機が猛威を振るっております。然らば、ヴァルドルフ殿下の試験部隊に助力を願うべきか、と」
『ほう。だが、兄上の部隊の力が本当に必要なのか? 敵は確かに手強いようだが……動きを見るに腕前は大したことはない。指揮官が有能なだけだ』
「ですが、我が方の被害が増加しているのは事実。ヴァルドルフ殿下からも、必要ならばと私に権限を賜っております」
魔王の影を感じながら、伯爵は麒麟児とうたわれる皇子が、この窮地を予想していたのではないか、と空恐ろしいものを感じていた。なにもかも承知の上で、自らの手駒を扱う権限をラルフグレインに与えていたとなれば……本当の魔王はあの方なのでは。
否、と不敬な考えを振り払う。まさか、ヴァルドルフが魔王などあるわけがない。それに、魔王と呼ぶにふさわしい皇族は――。
「なるほど。だが、それには及ばん。余が出よう」
いつしか、背後に立っていた皇族の肉声を聞いて、伯爵は背筋が凍る思いをした。穏やかさに大器とはかりしれぬ知を秘めたヴァルドルフとは違う、威厳と自信からくる圧と重みさえも伴う声の主。
「この、イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカーが」
白い髪に黒い瞳。整った顔立ちに似合わぬ暴力的な笑みを貼り付けた皇子。影の皇子、吸血鬼と呼ばれる
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