第44話 銀光の勇者と影の皇子

「結局、私達の出番はなかったわね。結果論だけど、エイジくんは学校に行っても問題なかったわね」


 惑星ファルネジアに派遣されたものの、ユーコ達、ヴァルドルフ直下試験部隊は待機状態のまま作戦は終了を迎えた。


「いえ、問題がなかったのならそれに越したことはありませんが、もし魔王が出てきていたら……」

「ねえ、エイジくん。ヴァルドルフ殿下は、確かにあなたが承知するのであれば、という条件付きで今回のファルネジア行きを指示されたわ。いい? 命令ではないの」

「わかっています」


 だが、ヴァルドルフ・マキナ・ピースメーカーという銀河帝国の最高権威に近しい存在は本人こそ強いるつもりがなくとも、には強制力が伴うのも事実。それはユーコも承知していた。


「そうならいいんだけど、あなたは勉学のために軍に入ったと聞いたわ。だったら、人生の目的を履き違えたら駄目よ? 任務も結構だけど、学校も大事。拒否できる時は、無理に戦わなくてもいいと思うわ」


 そう。本来ならば、よほどのことがない限りは、エイジの年の頃に戦場には出ない。切羽詰まった事情があるのか、もしくは強制されてか、戦場に生きる糧を見出したか。


「それは――技術顧問としての言葉ですか?」

「いえ、ユーコっていう年上のお姉さんの助言。もし、学校を優先したいのなら言いなさい。命令でない限りはなんとかしてあげる。わかった?」

「わかった……つもりです」


 ユーコは、エイジの表情から額面通りには受け取れなかった。おそらくだが、同じようなことがあれば、彼は自分を犠牲にして戦場へ赴く。英雄の気質なのかもしれないが、なまじ彼に巨大な力を与えることになった月影狼つきかげろうが少し憎らしくも感じた。


「ほう、貴様が兄上のおもちゃを扱っているという庶民か」


 唐突な声に振り向くと、月影狼のコンテナの出入り口にいつの間にか人影があった。逆光に遮られて顔が見えないが、声と体格からエイジと変わらない年頃を思わせる。身体を覆う描線がライダースーツの陰翳を映し、そこから操縦士であることは推察させられるのだが……。


「ふん。なかなか面白そうな機体だ」


 挑発的な声の持ち主が歩を進める。逆光が晴れ、銀髪もまばゆい美少年が燦然たる気配と共に姿を現した。銀髪の少年は、傲岸不遜さを隠そうとせず、むしろ己に許された権能であるかのように振る舞っている。


「ぇ、リベル……?」


 エイジがつぶやいた。意識せずのことであろう、囁きに近いそれは傍にいるユーコにしか聞き取れなかった。危ない。もし聞き咎められていたならば、どんな目に合わされたか知れたものではない。


 そう、眼前の少年は、ある意味ではヴァルドルフ殿下以上に帝国の申し子といえる人物なのだから。


「イヴァル殿下……」


 ユーコは跪き、続くようにエイジへ視線を送る。流石に、瞬間瞬間の判断力を問われる操縦士だけあって、エイジは意図を即座に理解し、跪いた。


「下賤が。高貴なる者には、こうべを垂れ跪くのが帝国民の責務だ。余は皇位継承権を持つ、銀河帝国最高の血統に連なる者ぞ」


 多少の無礼さえも笑って流すヴァルドルフ殿下とは違い、苛烈な身分の差を殊更に強調するのは、本来の皇族の姿かもしれない。


 イヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー。ヴァルドルフの異母弟に当たる、皇族にして優秀な操縦士である。連邦では吸血鬼とあだ名され、それを嬉々として受け入れているとか――。


「申し訳ございません! 陽の光でご尊顔を拝見できなかったもので……」


 ユーコは必死に謝罪する。なにしろイヴァル殿下は相当な激情家としても知られており、気分を害されただけで命を落とした者がいるとさえ噂されているのだ。


「よい。今の余は機嫌がいい。今回の雑兵は容易すぎたが、それでも退屈しのぎにはなった」


 しかし、何故、イヴァル殿下がここに? ユーコの心中を察したのか、吸血鬼――または影の皇子と呼ばれる少年が疑問に答える。


「魔王――最強のキャバリーライダーと称される輩に興味があってな。一度矛を交えてみたかった。魔王と戦ったと聞いた操縦士に話でも聞こうかと思ったが……」


 銀髪の皇子は、足元で頭を垂れているエイジを俯瞰して、つまらなそうに言い放つ。


「どうやら、見込み違いだったかもしれんな。下の下の者を仕留められぬなど、魔王も存外大したことはない」


 貴族はなにも血統だけが全てを物語っているわけではない。ラルフグレイン伯爵が高貴なる者の責任にこだわる理由もそこが関係しているのだが、貴族はある一定の年齢で生体強化槽に入り、肉体強化と知識を植え付けられる。もちろん、実際に身につけるには訓練が必要だが、それでも効率は段違いだ。数少ない頂点に君臨する者たちが多数の下々を支配することができるのは、そういった理由があった。


 つまり、イヴァル殿下は庶民であるエイジが生きている段階で、魔王の実力も知れたものと判じているのだ。そして、それは帝国の常識にかなえば、正しい判断ではある。エイジの才能が生体強化槽の効率を上回っているという事実に目をつぶれば――。


「フフ、ハハハハハハハッ! まあ、いい。期待を裏切ったなら血祭りに上げるのみだ」


 吸血鬼と呼ばれるだけあり、化生じみた笑みを浮かべるイヴァル。悪辣、兇暴、だが最強。帝国の操縦士の頂きの内一つ、それこそがイヴァル・アルフォンヌ・ピースメーカー。イヴァル殿下の笑い声が遠くに去り、ユーコはようやく一息ついた。


「ふう、生きた心地がしなかったわ。恐ろしい方だわ」


 わざわざ魔王を追ってきたなど、戦いを娯楽にした戦闘狂としか言えない。エイジと異なるが、彼も戦場に生きる糧を見出した者だ。ただし、愉悦とスリルという糧であるが。


「……エイジくん? どうしたの?」


 呆然と立ち尽くしていた少年に、訝しさを感じて問いかける。


「いえ……なんか、友人に似ていたもので。髪の色とかは全く違うんですが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る