第33話 おさらば、勇者よ

 エイジ・ムラマサ――。この世界の主人公にして、魔王リベル・リヴァイ・バントラインにとって不倶戴天の敵。


『魔王、投降しろ。でなければ、その首をいただく!』


 弾丸の驟雨の着弾とコクピット・インファントリの着地による粉塵の彼方から、拡声機能で増幅されたエイジの声が響く。同時に、炎の花が瞬く間に咲いて散った。


『グッ!』


 投降しろなんて言いながら、しっかりと銃弾を撃ち込んできやがる。俺はなんとかホバーを駆使しながら、エイジの銃弾を躱す。エイジ自身も粉煙で視界が遮られているのが幸いした。尋常な状態での正確な射撃ならば、間違いなく躱すことは不可能だっただろう。


『やめろ、エイジ・ムラマサ! 無作為に銃弾を撒き散らせば、貴様らの兵も巻き添えになるぞ!』


 狙いが甘いということは即ち、あらぬ方向へと弾丸が飛ぶことも意味している。俺の声に、そのことに気づいたらしく、粉塵の幕から白いコクピット・インファントリが飛び出してきた……。


『ウオオッ――』


 体当たり。単純明快ながら質量と速度が乗せられたそれは、インファントリはおろか操縦席に座る俺までもしたたかに打ちのめす。勢いはそれだけにとどまらず、近場の廃ビルへと直撃、俺とエイジのインファントリは外壁に大穴を開けて、室内へとなだれ込んだ。


 廃ビルの中には照明などはなかったが、俺たちが開けた以外に朽ちてできた大穴もそこかしらにあり、外から採光されて意外にも明るかった。瓦解し、散った大量の埃が光の軌道を暴き立てる。


『クソッ』


 外壁を突き破った衝撃からか、俺のインファントリを抑えつけていたはずのエイジのそれは横に倒れ込んでいた。急いで機体を立て直す。向こうが先んじれば、間違いなくられるッ。


 俺とエイジが立ち上がったのは同時、お互いのインファントリの右腕に装備された機関銃を向けたのも同時だった。


『はぁはぁはぁはぁ……』

『ふぅふぅふぅ……』


 仮面の変声機を通して別人となった俺の――そして外部拡声したままのエイジの吐息が響く。銃爪を弾けば、その瞬間相討ちになる状況。どう出るつもりだ?


『魔王、終わりだ。投降しろ、でなければ撃つ』

『それは君も同様だと思うが? 私は君に殺される理由はない』

『ぬけぬけと……!』


 実際に、俺は別に悪事に手を染めていない。そりゃあ勝手に連邦と戦ったのは褒められたことではないかもしれないが、別に帝国を裏切っちゃあいない。魔王の日にだって逃げ回っていて、気づいたら逃げ切れていただけに過ぎない。つまり、俺は清廉潔白である。


『夜水景を強奪しておいて、言えた口か! 今も伯爵の軍勢に攻撃を仕掛けていただろ! 正義は帝国にある!』


 ……そうだった。そうだったが、待って欲しい。夜水景を奪ったのは俺ではないし、伯爵軍に銃口を向けたのは事実ではあるが被害は微々たるもので、その理由もわりと真っ当なはず。


『何を言うか。伯爵軍は罪のない帝国民にも銃弾を浴びせた! そこに正義があるものか!』


 それっぽいことを言う俺。そういえば、似た展開が『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』でもあったな。確か、魔王が帝国の仕業と見せかけて、居住小惑星を破壊した直後だった。なんて悪い奴なんだ、本物の魔王。あれ? 今の俺、あの時の魔王と似たようなこと言ってる気がするぞ。


『正義? 魔王と名乗っている者が正義を騙るのか? ふざけるな。テロリストに加勢する者に正義なんてあるものか!』

『テロリストに加勢したことなどない!』


 そもそも俺に政治的主張などないのだ。そんなものあったら、出自のヤバさもあり、確実に消される。のんべんだらりとした生活こそ至高なのだ。


『これ以上、お前とくだらない言い合いをするつもりはない』


 エイジの声に覚悟が混じった。まずい。今、彼は俺の一挙手一投足を見通して、最適なタイミングで銃弾を放つつもりだ。自分が撃ち、俺の反撃が僅かにでも遅れるその瞬間に――。


『リベル様、目を閉じてください!』


 唯桜いおからの通信。何処からかはわからないが、この状況を把握していたらしい。何をかなどと問いただす暇もあらばこそ、俺は固く瞳を閉じた。めちゃくちゃでトンチキなことを抜かす機械人形オートマタではあるが、その仕事においては信頼がおける。目を閉じろと言ったからには、なにか仕掛けているはず。


『なっ……』


 狼狽の声はエイジのものだ。瞬間、瞼の裏をオレンジに染める強烈な光。閃光弾か!


『リベル様、今の内です!』



 * * *



 瞳孔を瞬時に感光せしめる閃光。魔王の挙動を見極めるために集中し、そのせいで視界が狭まっていた……。そこを狙い澄ました横槍に、エイジは完全に嵌ってしまった。せめて魔王が顔を晒していたのならば、目をかばう仕草で気づけただろうが、仮面に包み隠されていたからこそ、エイジは完全に魔王の目論見通りに閃光弾をまともに浴びせられたのだ。


「クソ、クソゥ!」


 悪態をつくも、完全に視界が潰されている。


尾一おいち、ナビゲートしてくれ! 魔王の位置は?」


『反応検知できず。電磁パルスによる攻撃により、感知装置が干渉されています 』


 たとえ、目が見えない無謀な状況であろうとも、尾一のナビがあればなんとか戦えたかもしれないが、先ほどの閃光弾には電磁パルスの効果もあったとみえる。


 視界が晴れた時には、既に魔王のいた痕跡は消えていた。


『周囲、敵影なし』


 攻撃はされていない。だが、魔王は雲隠れしてしまった。魔王討伐の絶好の機会を無為にしてしまった悔恨。あの男を放っておくと、おそらく銀河帝国に災いをもたらす。


「魔王め!」

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