第32話 主人公が倒せない
「……いない⁉」
エイジ・ムラマサがビルを超えて追いかけた
「
『了解。広範囲レーダーを展開。コクピット・インファントリの動態反応をレンジ1で検知。モニターに表示します』
尾一。
「そこか!」
違法建築で嵩上げされたビルを隔てた向こう側――。下手に建築物を倒壊しては味方にも甚大な被害をもたらす懸念もあり、エイジは瞬く間にビルを俯瞰できる高度まで月影狼を上昇させた。見下ろした先には、テロリストと伯爵軍が弾丸の応酬をしていたとおぼしい戦場に紛れ込んだコクピット・インファントリの姿があった。いくら、戦闘用外骨格を装着している兵士といえども、戦闘車両に類する戦力となるインファントリ相手では死体の山を築くのみとなる。
「魔王ッ! こいつは――」
おそらく、魔王は劣勢に立たされながらも、戦闘が行われている座標を調べていたのだろう。思えば、蹴りをほとんど無防備に受けつつ、跳躍/後退したのは布石だったと見て間違いあるまい。近場で戦闘が行われている場所を見つけた彼は、そこへと自然な形で後退できるように巧みに状況を支配していた――。リミテッド・マヌーバーでは攻撃力が高すぎて、味方を巻き添えにする。あの集中力を要求される場面で、そこまで計算する知力、瞬間の好機を逃さぬ判断力、そして実行に移す胆力。魔王の最大の武器は操縦技術ではなく、知力を含めた総合力というわけか。
誘いに乗らざるを得ない状況ではあるが、こうなればこちらもコクピット・インファントリで戦うしかあるまい。ただし、この状況――時機を見誤ったならば、同じ帝国の兵士が人質にされる。好機を逃さないように注視する必要があった。
――魔王! 魔王魔王魔王魔王ッ! どうして、そこまでの能力を卑劣な方向にしか使えない⁉
忸怩たる思いを噛み締めながら、月影狼は地上の趨勢を見守るしかなかった。
* * *
伯爵軍の兵士を蹴散らす俺だが、実のところ、怒りに身を任せていただけあって、ほとんどの弾丸が狙いから離れた座標へと飛んでいっていたらしい。いくらインファントリの弾丸が弾道の周囲に人体に致命的な衝撃を与えるといっても、強化された兵士達には当たらぬ限りは死に至らないようだ。
次第次第に冷静になってきた俺は、我知らず胸を撫で下ろしていた。
俺だって、別に殺人をしたいわけじゃない。テロリストはともかく、同じ帝国民を殺されるのが嫌だっただけだ。伯爵軍は乱入してきたコクピット・インファントリ――いや、その操縦席に座る仮面の男に恐れを抱いている様子だ。
『リベル様。これは好都合です。これから私が言うセリフを言っていただければ、彼らは撤退するかと』
『伯爵軍は退け! 銀河帝国の映えある兵が、無辜の帝国民に銃弾を浴びせてなんとする! これ以上の振る舞いは断じて許さん! 服従するなら、生かしてやる。立ち向かうのならば、今度こそ死を与えよう!』
唯桜の言う通りに、できるだけ偉そうに言い放つ。背中は冷たい汗びっちょりだ。あ、ちょっと待てよ。立ち向かうならば――って、立ち向かってきたら戦わなきゃいけないじゃないか。しかも、相手は伯爵の兵士だ。こんなことで裏切るとは思えない。なんとかせねば――そうだ!
『ただし、撤退するのならば深追いはしない。どうだ? あと、五秒待ってやろう。背中を向けて逃げるのならば、その者には攻撃はしない。この者らにも攻撃させない。約束しよう。もし、約束を違えたなら、私がその者を制裁する』
よしよし、これで逃げても大丈夫という印象を与えられただろう。そもそも、俺は怒りに任せて、帝国とことを構えるような奴ではないのだ。
なにやら躊躇うような気配がする。伯爵軍はともかく、テロリスト。お前らまでなんで躊躇してますって視線をこっちに向けているんだよ。俺はお前らの味方をしているつもりはないんだよ。
『残り三秒。どうする?』
どうする?的な雰囲気を出さなくていいから、さっさと逃げてくれ。俺はさっさとこのサツバツとした場所からおさらばしたいだけなんだ。
あれ……? なんか忘れていたような――。
『魔王ォォォォォォォッ!』
ゲェェェェェッ! 即座のフラグ回収ご苦労さまです!
エイジ・ムラマサだ! 嫌なタイミングで割り込んできやがる! 俺、この子嫌い!
『またお前かッ、エイジ! しつこいぞ!』
万感の思いを乗せて叫ぶ。本当にしつこい。
上空から弾丸の雨を降らせてくるコクピット・インファントリ。あの白い機体のものに間違いない。色も白いし。
このままでは周囲が巻き添えにされるし、ぼうっとしていたら撃墜されてしまう。この状況、たとえ銃弾で殺されなくとも、魔王の仮面をかぶっている段階で色々とヤバい。ホバーを使って、局所豪雨から逃げれば、直前まで俺がいた座標にエイジが舞い降りてきた。
本当に、本当に……!
『貴様さえいなければッ!』
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