第27話 宣戦布告

 ファベーラは三角州を利用して築造された人工島だ。周囲は大河に囲まれ、その他地域へは二箇所の道路を使うか、海路を使うしかない。つまり、暴動を封じ込め鎮圧しやすい地形にあった。元々は、対連邦規制による居留地としての発祥を持つが、帝国と連邦が睨み合いを続ける現状、治安が荒れたのは必然か。ていのいい連邦民を隔離した居留地はやがて犯罪の温床となり、貧しい帝国民の流入もあって、魑魅魍魎が跋扈する貧民街へと姿を変えた。


 ラルフグレイン伯爵は必要悪としてのファベーラを容認しており、ある程度の施策を行いながらも、基本的にはに影響なきよう厳しい管理を行っていた。その甲斐あってか、包囲網の完成には時間を要しなかった。あとは、連邦の穴熊共を狩るだけだ。無抵抗の者への攻撃は固く禁じている。ファベーラに居住する帝国民には悪いが、無抵抗を貫いてほしいが、たして兵の全てがこの厳命を守るかどうか――。


 全ての放送チャンネルに、繰り返し音声が流れている。


『ラルフグレイン伯爵軍へ告げる。我々はファベーラ自警団。そちらがファベーラの住民に害をなすのならば、当方には攻撃の準備がある。あと一〇分で交渉のテーブルを用意するか、兵を退かなければ我々は君たちと一戦交える覚悟だ』


 宣戦布告。ファベーラ自警団など名乗っているが、おそらく実態は異なる。予想するに、連邦側の組織だろう。解せぬのは、何故わざわざ存在を自ら白日の下に晒しているのか、だ。彼らとて、狙いが自分たちにあると勘づいているはずだ。無用な犠牲を嫌う? 馬鹿な。そうなら、最初から帝国で暗躍なぞしない。


 自分たちの主張のためにラルフグレインを利用するつもりならば、腑に落ちるが、それにしてもここまでの戦力差を覆すつもりなのか。蛮勇か、それとも――。


 考えても仕方がない。むしろ、伯爵にとっての敵はもはや彼らではない。ヴァルドルフの狙い――顕れるかどうかも定かではない、魔王。いや、ヴァルドルフは確信を持っているようだった。あの麒麟児は予知能力を持っていると言われても納得できるほど、予想したほぼ全ての大局的な未来を言い当てている。


 ならば、魔王が顕れるのも――。


 伯爵にもたらされた一報。それは魔王の駆る夜水景よみかげが、ファベーラとその他地域を隔てる河川上に姿を顕したという報告だった。


 ――遂に来たか!


 最強の操縦士の名高い、魔王。ファベーラ制圧のためにキャバリーなど使用できぬ。ファベーラ制圧作戦で用いられるのは、コクピット・インファントリだ。元々、都市戦用に開発されたインファントリに、数々の搭乗兵器の操縦席を兼ねさせたのがコクピット・インファントリである。だが、都市戦――それも地上戦闘が主となる状況で取り回しの悪いキャバリーやリミテッド・マヌーバーを使用するなど……。確かに戦力的には申し分ない。だが、小型のコクピット・インファントリに攻撃を当てるのは、精密に狙いを定める必要がある――。


『ラルフグレイン伯爵、並びにその配下の兵に告ぐ。繰り返す。ラルフグレイン伯爵、並びにその配下の兵に告ぐ』


 クラッキングしたのか、軍用通信以外の通信帯に魔王のものとおぼしき声が入る。放送されている映像には、黒いシェードの仮面の男が映っていた。遮光面は周辺の何ものも映さず、彼が何処にいるのか全く掴めない。なるほど、自らを謎の存在に仕立て上げることのメリットを弁えているとみる。


『私は――君たちから魔王、と呼ばれている者だ。もう一度告げる。我は魔王』


 劇場型犯罪者の性質を持っているのだろうか。大仰な演技をする仮面の男――魔王。だが、実のところ、彼が魔王たるに相応しいキャバリーライダーであることは周知の事実だ。


『警告する。ファベーラで無辜の民を傷つけるつもりならば、私は容赦しない。兵を退くならよし、退かぬというのならば、我が断罪を受けるがよい』


 つまり、ファベーラ自警団を名乗る連邦の犬と肩を並べる、というつもりだ。

 しかし、ラルフグレイン伯爵とて貴族たれと教育されてきた男だ。暴力で意を通そうとする輩に、帝国の映えある伯爵が折れるわけにはいかぬ。


「テロリストが正義の味方気取りか……」


 魔王の放送が終わった直後、待ち構えていたと言わんばかりに皇位継承者から通信が入った。


『魔王が顕れたそうだね』

「これは殿下。ええ。ポイント20XRJSにリミテッド・マヌーバーが出現。おそらく、これに搭乗しているものかと」

『私のスタッフを向かわせているが、少々時間がかかる。すまないが、それまでは君たちでしのいでくれたまえ』

「時間が……? お言葉ですが、魔王のリミテッド・マヌーバー相手にコクピット・インファントリでは――」

『すまないが、少しだけ時間をくれないか。学校から直行させているのでね』

「は……?」


 学校? まさか、ヴァルドルフの言うスタッフとは学生なのか。ヴァルドルフが出自の貴賎に関わらぬ人事を執り行っていることは聞いているが、いくらなんでも魔王が学生に遅れを取るなど……。


『大丈夫だ。今の彼なら、よほどでない限り生命は奪われないよ』

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