第28話 宿敵

『リベル様。ラルフグレイン伯爵軍、進軍開始しました。同時にテロリスト側も動き始めたようです。いよいよですね』


 唯桜いおから通信が入る。最悪だ。いや――ひょっとして、ここで我関せずを貫いていたら、或いはお目溢しをもらえるかもしれん。


『唯桜、俺は戦う気はない! 戦闘の終わり際までここで待って、その後逃げる!』

『なんと情けない。リベル様、あなたは帝王となる方ですよ? 亡き母君が聞いたらなんと言うでしょう』


 ママン! 魔王の日の惨劇が頭に浮かぶも――。


『ママンはそんなこと言わない!』


 もはや、自然にママンと言ってしまっている俺である。


『いや、ママンって……』


 うるさい、ランド。俺が亡き母をどう呼ぼうと勝手じゃい。


『はあ。わかりました。そこまで両軍がこちらを放置してくれるかどうか、ですが……』

『いやなフラグを立てるんじゃありません!』


 両軍の位置情報が空間投影モニタに表示されている。ファベーラ全域を網羅した地図に青いラルフグレイン伯爵軍と赤いテロリストの輝点が動き、そして少しずつ消える。青い輝点の数は明らかに赤のそれより多い。輝点の消失が戦闘不能の証だ。まだまだ本格的な戦闘には至っていないらしく、消失の頻度は緩やかだが、テロリスト側の方が早い。装備や事前準備、そして数の差が如実に顕れている。


 放っておけばテロリストが壊滅するのは間違いないだろう。


 とはいえ、平和を乱す存在が全滅するのは、平穏な生活を志す俺にとっては誠に喜ばしいことだ。今まで、基本的に帝国の味方をしてきたので、今回もそうすれば少なくともお尋ね者になることはないのかも……?


 都合のいい考えが頭に浮かぶと、俺はそれに飛びついていた。そうだ。魔王とはいえ、悪いことはしていない――はず。確かに唯桜が夜水景よみかげを強奪したかもしれない。しかしだ、帝国にとっては有効活用しているじゃないか。帝国民としての責務はきっちりたしている。いるのだ。


 そうと決まれば、テロリストを制圧する側に回ろうと――けど、流石に人死には勘弁なので、伯爵軍をサポートする形で動こうとした時――。


『リベル様! 高速飛行体、急速接近! レンジ3に侵入。レンジ2に侵入? レンジ1に侵入!』


 いつにない唯桜の焦りが含まれた声。瞬間、俺の身体が形而上学的な何かに突き動かされるままに、夜水景を操作していた。振り返りつつ、死角へと右の掌に生じたソードを振るう。炸裂音と干渉の稲妻めいた響きが、耳境を満たす。


『また、お前か!』


 眼前には、先日の白い機体。それに乗っているのは顔を隠そうともしていない銀光の勇者――。


『エイジ・ムラマサァ!』


 俺の宿敵となる男。勇者となる運命を背負った男。少しばかり本来と違う歴史を歩んでいたとしても、運命は彼にを強いているということか。


 * * *


 休憩時間中、エレアと話していたエイジの携帯端末に寄せられたユーコの通信のは、ファベーラ掃討作戦に魔王が参戦する声明を出した直後だった。


『エイジくん、今、あなたの学校の正門前にトレーラーを停めているわ。ここから月影狼つきかげろうに乗って、ファベーラへ向かってちょうだい』

「わかりました」


 特殊技術によって、端末から漏れ聞こえる声は別の音声へと変化している。エレアに内容を悟られる心配はない。


「ごめん、エレア。ちょっと奉公先でトラブルみたいだ。悪いんだけど、早退するよ」

「え? そうなの? 今日はリベルもいないし、街も何処か慌ただしい感じだし、変な日ね」


 ファベーラ掃討作戦のため、軍を動かしたとなれば、やはり街に流れる空気も微妙に変化する。それをエレアも感じ取ったのだろう。だが、エイジが気になっていたのは、別のところだ。そう、本日、リベル・リヴァイ・バントラインは病欠となっていたのだ。密かに彼の住居へと通信を飛ばしたところ、唯桜と名乗るメイドが確かにリベルは微熱程度であるものの、大事を取って休ませていると返答があった。だがしかし、示し合わせているのだとしたら――?


「うん、悪いね。明日は来れると思うから!」


 手を振りつつ、エイジは正門へと走る。既に心は切り替わり、軍人としての一面が顔を覗かせていた。


 トレーラーに乗り込むとユーコが待っていた。巨大トレーラーは、キャバリーの運搬と整備を用途として開発されたものだ。既に、月影狼は主を準備万端の状態で待ち構えていた。月影狼の鋭い両眼が魔王という敵を見定めて狩り立てようとする、狩猟猛獣のそれを思わせる。背中と腰には翼と燃料タンクが備わったバックパックが備わっていた。


「エイジくん、月影狼には強襲用ブースターユニットが装備されています。あなたには河川上で静止している魔王への一点攻撃を行ってもらいます。あくまでも魔王討伐があなたに課せられた任務となります。ファベーラ掃討については、我々は基本的に立ち入らない方針です」

「わかりました」


 ライダースーツに手早く着替えながら、ユーコの命令を聞く。なるほど、ヴァルドルフ・マキナ・ピースメーカー殿下は魔王に興味津々らしい。傑物と呼ばれるヴァルドルフであるが、一度興味を引いた対象には固執するきらいがあった。主の数少ない人間味のある部分である。


 月影狼に乗り込む。通信を受けて五分後にはエイジは、リミテッド・マヌーバーの中にいた。トレーラーが持ち上がり、寝かせられていた月影狼を起き上がらせる。乗機に飛行プロセスを指示すると、暴力的な強襲用ブースターユニットが翼を広げた。


『リミテッド・マヌーバー、月影狼。出撃せよ』


 いつになく勇ましいユーコの声。それらしくなくても、軍人には違いないのだろう。


「了解。月影狼、出ます!」


 途端、シートに押し込まれるような圧力。強襲用の名も伊達ではないらしく、月影狼は瞬間的な加速を得て、大空へと舞い上がった。自らの半身を奪い取った、憎き魔王の元へ――。

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