第25話 知らずに切り崩される外堀かな
無理矢理ファベーラに連れてこられた俺は、ファベーラと外を隔てる川のほとりにいた。
「では、リベル様。これを」
「何これ?」
「腰に巻いて、そこのスイッチを押してください」
「やだ。おうち帰る~! おうち時間を堪能するんだい!」
人を担ぎ上げて、こんな危険地帯に主を連れてくるか、普通。断固拒否の姿勢を貫くのだ。でなければ、元々怪しい主従関係が逆転してしまう。――あれ? そういえば、俺は唯桜に給金を払える立場じゃないのに、彼女は何故俺に(形だけでも)仕えているのだろう?
「では、お帰りください」
「え? いいの?」
やけにあっさりと引き下がるメイドに嫌な予感がしたのは錯覚ではなかったらしい。
「ええ。ただし、これからラルフグレイン伯爵軍がファベーラ掃討作戦を展開します。その包囲網から逃げられる自信があるのなら、ですが」
「ぇぇ~。嘘でしょ?」
「本当です。ご覧ください」
唯桜が取り出した空間投影プロジェクターからファベーラの地図が映し出される。やたらと多い輝点がファベーラ全体を覆っていた。
「はぇ~。こりゃ大したもんだ」
合流していたランドが緊張感のない声を上げる。こいつはこいつで、なんでこんなところにいるのだ。しかも、カメラまで用意してやがる。
「この点がひょっとして……?」
「ええ、伯爵軍ですね。ちなみに、こういったゲリラやテロリスト相手の作戦の場合、一般人との区別がつかないため、基本的には全てを殲滅すべし、と帝国軍のマニュアルにはあります」
なんと、非人道的な。さすがは、貴族第一主義の銀河帝国のことはある。
姿を見られたら撃たれる危険地帯から生きて戻れるとは思えない。これだけの数を動員されては、お目溢しをもらうのも難しいだろう。
「そうだ、俺、一応カリーリ記念貴族学校の生徒だから、貴族と名乗れば手を出されない――」
「一瞬の判断が要求される戦場で、悠長に兵士が貴族学校に照会するとお思いですか? わかった頃にはとうに撃ち殺された後ですよ」
う、うぐっ。
「戦場カメラマンだって、完全な身の保証がされているわけないからな。覚悟を見せろ」
呑気なことを言うランド。お前はそれでいいかもしれないが、俺はちっともよくない。
「なんで俺がこんなところに連れてこられて、一戦交えないといけないんだよ! 俺は日常を平穏に過ごしたいだけだって、あれだけあれほど言っているじゃないか」
「あなたの血がそうさせないのです」
「そうさせないのは唯桜だろ! うぇ?!」
わいのわいの言っている内に、俺の後ろに回り込んでいたランドに突然羽交い締めにされる。
「さあ、唯桜さん。さっさとそいつを着けてしまいましょう」
「ありがとうございます。では……」
「ギャアアアアアヤダァァァァァァァ!!」
絶対に碌なものではない。必死の抵抗を試みるが、前門の唯桜、後門のランドはそれさえも許さない。羽交い締めにされた俺に、手慣れた手つきでメイドがベルトを装着させた。
「では、ランド氏。少し離れてください」
「はいよ」
メイドの言う通りに即座に離れる同級生。こいつ、唯桜に調教されてない?
「あれ? 今度はなんだ? キモチワルッ!」
ベルトから謎の黒い粒子が出て、俺にまとわりつく。絡みついたそれらは形を成し、俺の身体を覆う。一秒にも満たない間に、俺の頭にはヘルメット状のなにかが被されていた。
『お、おい。どうなっているんだ? 今の状況――』
「はい、リベル様」
どこからともなく唯桜が取り出した鏡で見れば、映されたのは仮面の男。魔王と人々に膾炙されている怪人の姿だった。
『おい、唯桜さんよ! なんか魔王様になっているんですけど?』
「ええ。軍から奪ってきたエグゾスケルトンスーツを改造しました。防火・防毒・防弾・防刃のフレキシブル装甲、キャバリーライダースーツ機能、更にパワードスーツの機能もあるので、万が一の場合もなんとかなるでしょう」
『万が一ってなんだよ‼』
「撃墜された時?」
小首をかしげる唯桜。ちょっとかわいい――ではなく!
『なんで撃墜されなきゃならんのだ! 俺はまっぴらごめんだ!』
そもそも、なんで俺が意味なく戦いに乗り込んでいく必要があるんだ。意味も理由も趣味もない。わざわざ殺される口実を作ってどうする。俺の求める日常に、そんなものは必要ない。
「でも、何かしらの行動をしなくてはいけないですよ。残念ながら、こんな状況では私でもファベーラから脱出はできません」
『なに、しれっと言ってるんだ、駄メイド! ウァァァァン死ぬ死せる死んでしまう~!』
「では、死なないために、この子に乗ってください」
川に向けた唯桜の視線の先――水面に映る巨影があった。上空には何もない。ということは、水面近くに浮上したものが映した影だ。
「喝采しなさい。夜の影にも闇を映す、堕ちた天使。黒い騎士の姿で総てを灰燼と帰する、魔王のしもべ――
『ゲェーー⁉』
車田な雑魚的な声が喉から発せられる。一気に水面から浮上したのは、黒と紫と金に彩られた人型戦闘機――リミテッド・マヌーバーだった。今、一番HOTな魔王を象徴する機体である。こんなもん出されたら、最悪、伯爵軍からもテロリストからも目の敵にされるッ!
「どうでしたか? 今の決め台詞!」
「良かったですよ、唯桜さん! 決まってました!」
嬉々としているアホメイドとバカ学生。だめだ、こいつら。早くなんとかしないと……。
……あ、いいこと思いついた。
『そうだ。夜水景があるってことは、こいつでこっそり逃げれば……』
「あ、それは無理ですね」
無表情でキャッキャ言ってた唯桜が、振り返る。
「この子のステルス機能、切っちゃってました。今、伯爵軍からも、おそらくテロリストからも捕捉されていますね」
こ、こいつ……。絶対わざとだ。何故かはわからんが、この
『
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