第23話 テロリスト掃討作戦前夜

「リーベルッ!」


 唐突な衝撃の正体は、後ろから俺の身体に飛び乗ってきたランドだった。


「やめろっ。なんなんだよ、一体」


 なんか馴れ馴れしく接してくるエイジに俺のストレスはマックスハートなのだ。あいつ、マジで俺が魔王であると疑っているんではないか? 友人が多いくせにやたらと俺に絡んでくる。


「実はさ……連邦のスパイがファベーラに潜んでいるという噂を聞いたんだ」

「それがどうしたんだよ」


 事実なら、この間の星庁襲撃事件のどさくさに紛れて潜伏したのか、その手引きのために前から潜伏していたのか、どちらかだろう。だが、あんな大それたことをする連中だ。組織だった動きを見せているに違いない。


「魔王としてはどうするつもりなんだ?」

「どうもしない」


 なんで降りかかってもこない火の粉にわざわざ飛び込んで行かなきゃいけないんだ。しかも、火の中には栗が山ほどあるのだ。君子危うきに近寄らず。俺は絶対に関わらない。平穏な日常に、テロリストだか敵国のスパイだかは必要ない。


「ふ~ん」

「大体だな、イチ学生が手に入れることができる程度の情報を伯爵が把握できないわけないだろ」


 伯爵――。ラルフグレイン伯爵のことであり、この星域を治める貴族だ。銀河帝国に忠誠を誓っている、非常に優秀な貴族らしい。


「まあ、そうだな」

「ということで、この話はおしまいだ。あと、魔王魔王言うなよ?」

「へいへい」


 わかっていなさそうな返事をよこすランド。こいつ、本当にどういうつもりだ。魔王に仕えるとか頭おかしいこと言い出しやがって。手を降って立ち去るランドの後ろ姿は、自身の思惑を否定された者とは思えない、軽い足取りだった。


 * * *


 翌日。


「おかえりなさい、リベル様」

「ファー疲れた!」


 結局、今日もエイジの追従に悩まされた一日だった。だが、帰宅してからは、この物騒な機械人形オートマタメイドに振り回されるのだ。


「早速ですが、ファベーラに行きますよ」

「ファッ!?」


 突然の唯桜いおの宣言。


「いやいやいやいやいや! ファベーラってスラム街ですよ? 物騒な兄ちゃんとかが鎬を削って抗争してたり、やたらと殺人事件起きたり、治安は悪い、環境も悪い、臭いは臭い――の、できることなら一生関わりたくない場所ですよ? スラムツーリズムなんて趣味はないんで、唯桜さん一人で行ってくれさい!」

「別に、貧困にあえぐ人を見下して優越感に浸る遊びをするわけではありません。ランド氏が興味深いニュースを持ってきてくれたので、その真偽を確かめていたのです」


 興味深いニュース……。あ、ファベーラにスパイがどうのこうのって言ってたアレか! ランドの野郎~。一番伝えちゃいけない奴に伝えやがった!


「調査の結果、情報は正しいものでした。世間の耳目も、それなりに頼りになることもあるのですね」

「あ~聞きたくない聞きたくない」


 耳に指を突っ込んで聞かない姿勢をするも、唯桜は俺の両手首を掴んで、即席の耳栓を外す。


「いいですか? 帝国の味方になるもよし、連邦に与するのもよし、魔王として独自の道を行くもよし。しかし、どの道を行くにしても、彼らには接触しなければいけません」

「なんで? 俺は独自の道として平穏な生活をしたいって、何度も何度も何度だって言っているんだけど!」


 俺の反論を無視し、機械人形のメイドは続ける。


「極秘裏に、ラルフグレイン伯爵の元、スパイ組織掃討作戦が動いています」


 ランドが触れられる程度の情報、やはり伯爵が知らないはずがなかったか。だが、ある意味では裏付けが取れた。伯爵が動いているのなら、スパイの情報は正しいのだろう。


「ただ、もはやスパイというレベルの組織ではありません。力を秘匿するのに適したファベーラで、彼らはもはやテロリストと呼べる兵力を保有しています」


 大体、こんな展開『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』にあったか? そもそも、エイジが既に軍人をやっている段階で歯車が狂っているのだが。


「彼らを引き入れるのなら組織を確保できます。彼らを処断するのなら帝国側の名声を得られます。どのみち、元は諜報畑――連邦は関与しないでしょう」


 テロリストを率いる魔王なんて冗談じゃない。マジもんの魔王じゃないか。『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の魔王だって、そんなことは――いや、復讐のために友人を抹殺していたし、そんなことはあったか。違う、そうじゃない。そんな問題じゃない。


「唯桜、俺は魔王にはなりたくないんだ」

「いえ、あなたは生まれた瞬間から、魔王になる宿命を背負った方です」


 なんの断言なんだ……。やたらと確信を持った強い口調に、俺は閉口せざるを得なかった。


「もうじきランド氏も来られます。今日は忙しくなりますよ、魔王様」


 ああ、気が遠くなってきた……。このまま意識を失いたい。目覚めた頃には全て終わっていてくれ――そう、切に願うしかない俺だった。

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