第22話 勇者の変遷
エイジ・ムラマサ――。
カリーリ記念貴族学校を入学前に退学となった彼の変遷は如何なるものだったのか。
エイジ・ムラマサは銀河帝国の片隅、いわゆる田舎と呼ばれる惑星の庶民として生まれた。田舎とはいっても、治めている貴族による治世は安定しており、時折庶民に奨学金をやって留学をさせることもあった。正直、庶民としては恵まれた惑星に生を受けたと言っていい。
幼い頃より、勉学と武術に慣れ親しんだエイジが都会への留学という切符を手にできたのも、それほどおかしい話ではなかった。
そして、カリーリ記念貴族での一幕。ゆくゆくは都会に住み、帝国という広大な星域に名を残そうとしていたエイジの夢はここで破れた。貴族による封建社会は、庶民の地位向上を一切許さない。たとえ、地元の貴族一人が容認したとて、所詮はその領地内だけの話。銀河帝国というシステムが、そうできてしまっている。
失意のままに故郷に戻ったエイジを待っていたのは――。
* * *
コクピットで、エイジは先日の魔王との邂逅を思い返していた。素晴らしい反射神経。瞬時の切り返し。なるほど、たしかに傑物と呼ばれる操縦技術を有している。今の自分に勝てるか――。いや、勝たなければならない。なぜなら――。
「エイジくん、エイジくん?」
「……はい、どうしましたユーコさん」
上官に当たるユーコだが、一応軍人としての階級を与えられてはいるものの、本人にはその意識はあまりないようだ。部下であるエイジにも丁寧な言葉づかいをし、階級で呼ばれることを嫌う。本来の彼女は軍人ではなく、あくまでキャバリーの研究開発員であり、今の立場は望んで手にしたものではないのだろう。それはエイジとて同じだが、彼とユーコには決定的な違いがあった。
「いえ、どうしたの? ボウってして」
「魔王が貴族学校にいる、とするならば今日出会った中に彼がいたのかもしれない。そう思いまして……」
この地位から駆け登って、銀河帝国というシステムを改革する――。そのためにも、まずはわかりやすい手柄が必要だ。
魔王の正体を見極める。場合によっては討伐する。内容そのものは非常に簡潔な任務だ。それに、まさしく悪魔の王と呼ぶにふさわしい魔王の日での立ち回りは、軍人やそれに近しい立場の者の目に焼きついている。記録映像で見る魔王の凄み――誕生したてのキャバリーという兵器を十全に扱い、一切の躊躇が存在しない。ある種機械的で、感情の差し込む余白のない完璧な操縦。あの、一騎当千の英傑を帝国に下らせることができたなら、或いは討滅することができたなら、エイジ・ムラマサの名は帝国を駆け巡る。そして、彼は銀河帝国を内側から改革するのだ。
「本当に学生なのかしら? 実家という後ろ盾があったとしても、ただの学生が
「キャバリーもリミテッド・マヌーバーも、基本はコクピット・インファントリです。コクピット・インファントリを習熟していれば、操縦自体は可能ですし、扱う内に慣れてきます」
「そうかもしれないけど……。それに、魔王は連邦のキャバリーだけを落としていたわ。夜水景を強奪したのは事実だけど、彼は彼の手段で帝国の敵を倒すつもりなのかも」
ユーコの言ももっともだ。確かに、帝国のキャバリーは魔王から一切の攻撃を受けていない。加えて、戦闘後に見たログでは、帝国国民――カリーリ記念貴族学校の学生をかばう動きを見せていた。仮にも帝国軍人である自分が見落としていた――しかも貴族を、だ――とはいえ、巻き込んでいればただでは済まなかった。あれは痛恨のミスと言っていい。
「ですが、軍の兵器を奪ったのは事実ですし、夜水景がいつ帝国国民に爪を立てるかわかりません。もし、帝国の平和を守りたいのなら、入隊するべきでしょう」
「…………そうね」
自分は間違ってはいないはずだ。古いものを壊すのは簡単だ。いくら強固で広大な社会システムをもった銀河帝国とて、積み上げるよりも壊す方が早い。だが、壊した後はどうする?
恐ろしい戦国時代が始まり、長きにわたる戦乱の中で、貴族に代わる新たな支配階級が現れるだけだ。否、この絶好の機会を連邦をはじめとする宇宙国家が静観しているはずがない。結果、銀河帝国領を戦場にした、泥沼の戦争が幕を開く。
だからこそ、エイジは内側からの変化を求めるのだ。
「ところで、友だちはできた? エイジくんは明るいから、すぐできると思うけど」
気を取り直そうと明るく努めようとするユーコ。エイジもそれに気づき、気持ちを切り替える。
「ええ、何人かは。庶民だと気づかれなければ、彼らから攻撃されることはありませんから」
「エイジくん。軍人になったからには、あなたは爵位を与えられているわ。それが領地を持たない、一代限りのものだとしても」
軍人はお飾りながらも、士爵の地位を与えられる。軍人である以上は、彼らは準貴族に位置する。
「わかっています。ただ、建前と現実はやはり違います。少なくとも、あえて自分から元庶民と言うつもりはありません」
「そう」
「ああ、友だちの話でしたね。二人ほど、以前に会った子がいましたよ」
また雰囲気を暗くしてしまった。話を戻す。
「そうなの?」
「ええ。一人は自分を覚えていてくれたんですが、あいにくもう一人は忘れてしまっていたみたいです。まあ、二回しか会ったことがなかったから仕方ありませんけど」
「けど、それなら、今からまた友だちになれるわ。喧嘩別れしたわけじゃないんでしょ? 任務は任務だけど、少しは楽しまないと。それが、なんでも長く続けるコツよ?」
「そうですね。ありがとうございます」
お姉さん風を吹かせるユーコのウインク。今の自分は恵まれている――。そう感じられずにはいられないエイジだった。
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