EPISODE 03 Ride In Rebbelion

第21話 I Love 日常

「うわぁぁぁん、唯桜いおえも~ん!」


 なんとか一日をやり過ごし、帰宅。今の俺の棲家はファインベルグバウ侯爵の別宅の一つだ。幸い、従者もいないので、唯桜を匿うにうってつけだったので、彼女には俺の女中をしてもらっている。


「はいはい、なんですか?」

「エイジが転校生で主人公が~!」

「は?」


 小首を傾げる唯桜。かわいい。――ではない!


 あ、でも、エイジが『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の主人公だと唯桜に伝えても、俺の頭を疑われることになるまいか。どうにかうまく説明しなくては。


「あ、いや……その~、昔素行不良かなんかで貴族学校入学前に退学になった奴がいるんだけど」

「はい」

「今日、何故かそいつが転校してきた」

「はあ。おめでとうございます?」


 え~っと、どういったものか。


「俺はそいつと仲良くなりたくない。できれば距離を置きたい」

「ご随意に」

「けど、そいつはなんか知らないけど、俺にグイグイ迫ってきているんだ」

「リベル様、私に男性同士の恋への関心があるように見えますか?」


 なにを勘違いしているのか、見当違いのことを仰るメイド様。俺だってそんなの関心ない。


「違うそうじゃない――う~、うまく説明できん!」


 頭を抱え込む。エイジが俺を破滅に追い込むであろう銀光の勇者であることをどうにか伝えたいが、そもそも今の段階ではエイジは無名の庶民に過ぎない。エイジ本人もそのうち、自分がそんな大それたあだ名を付けられるとは夢にも思っていまい。


 ハッ、そうだ!


「このあいだ、夜水景よみかげに襲いかかってきた白いのいただろ! アレに乗っていた奴なんだよ、転校生」

「なんと。それは由々しき事態ですね……」


 こう言えば、俺を魔王に仕立て上げたい唯桜にとっても、無視できない話になるだろう。実際、嘘は言っていない。というか、最初からこのことから切り出しせばよかった気がするな。


「どう始末しましょうか」

「え?」


 始末って何?


「いえ、現段階でリベル様を脅かす腕前を持ち、しかも学内でも接触を図ってくるとは……暗殺するしかありません」

「そんな大げさな!」


 思わず叫んでしまった。なんて物騒なのだ、この機械人形オートマタメイドは!


「リベル様、あなたが魔王の正体であることは、本来誰にも知られてはならないのです。ランドとかいうご学友も漏らす可能性がある以上、いずれは――」


 ひぇ!


「待った待った待った待ちたまえ! それはやりすぎでしょ、唯桜さん。俺がうまく立ち回れば……」

「あなたはご自身が思っているより、遥かに粗忽者と認識された方がいいですよ、リベル様。それに、ランドさん自身が語る気がなくても、拷問にかけられたら? 一介の学生が熾烈な拷問に耐えられるとでも? その転校生だって、あなたに探りを入れるために接触しているのでは?」

「な、なんで俺が怒られている流れなの……?」


 ちょっと泣きそう。このメイド、俺の心を折りにかかってきてないか?


「とにかく、魔王の正体が露見される前に、危険は排除しなければなりません。さあ、リベル様、ご命令を」


 ――おそらく、本来の魔王なら、躊躇せずに殺害の命令を出しただろう。シルヴァリオ・エイジの魔王は身内には少し甘いが、それでも己の正体を知った者には容赦しなかった。後顧の憂いを断つのは、魔王が奉じてきた戦略的な意味でも正しいのだろう。己の頭脳を活かせる舞台を整えるのが、魔王の方針だ。だが、俺はそこまで頭がよくない。


「やだ」

「やだって……」

「い~や~だ! 俺は日常が大事なの! そんな戦場でもないところで騙し討ちするのも卑怯だし、俺が魔王活動をしなきゃ問題ありません!」


 そもそも問題として、俺は魔王になりたくはないのだ。忘れてもらっちゃあ困る。俺は成り行きで夜水景に乗せられただけの哀れな一学生にすぎんのだ。皇族? 皇族としての俺は死んでいます。OK?


「リベル様、あなたは銀河帝国皇帝の血を受け継いでいるのですよ? 皇帝を目指すのも、帝国に反旗を翻すのも可能なお立場なのですよ?」

「知りません。皇位を目指すのも、叛逆するのも、平穏な日常を求めるのも、俺の意思です。そんな、ドデカい権力があるからこそ、がんじがらめになるんだ。俺はそんなの欲しくない!」


 金や地位はいくらあっても困らないという奴がいるが、大きな間違いだ。金や地位はあるだけで人間を変えるのだ。それは自分だけではなく周囲も含めて、だ。俺は分相応な幸せに浸れる立場があれば、それだけで満足なのだ。


「……わかりました。とりあえず、彼らの始末については諦めます。ですが、時と場合によっては――私はご命令に背くこともあります。それも、また忠義なれば」


 怖いことを言う。見開いた唯桜の虹彩がチラチラと瞬いているのは、細かく駆動している内部の歯車機構モーメントだろうか。機械人形、唯桜。もしかすると、俺はこいつに対して何らかの威厳を保ち続けなければいけないのかもしれない。きれいな顔にゾッとする微笑みを浮かべたメイドに、俺は恐怖を感じた。

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