第20話 月影の狼と夜の水景

「エイジくん、久しぶりだね! まさか、一緒に勉強できる日が来るとは思ってなかったよ!」

「ああ、そうだね。ありがとう、エレア」


 人懐っこいエレアは当然ながらエイジを覚えており、いつもの笑顔を浮かべてエイジに話しかけている。しっぽでもあったら千切れんばかりに振っているに違いない。どうやら、数年の月日を経ても、彼女の天真爛漫故の貴族と庶民を分け隔てなく接する美徳は失われていなかったらしい。


「リベル、君も久しぶり」


 げっ! 俺に話しかけてきた! どうする、どうする。


「ど、どちら様でしょ?」


 苦し紛れに覚えてない振りをしてしまった。エイジの蒼い双眸が試すように揺れたように見えたのは、俺の内心の動揺が生んだ錯覚だろうか。


「覚えてないか? まあ、入学前に会った程度だからな。仕方ないさ」

「んもう。リベルったら。友だち甲斐がないよ?」


 いやいや、こいつは友だちじゃない。敵だ。俺の平穏を乱す、最大の天敵だ。


「俺の忘れっぽさをなめてもらっちゃあ困る! 人の顔なんて、一ヶ月も会わなかったら綺麗サッパリ忘れられる自信あるわ!」


 まあ、これは本当のことだ。俺は前世むかしから致命的に人の顔を覚えられない。エイジの顔を覚えていたのは、アニメキャラだからだろう。でなければ、覚えているわけがない。


「もう、ひっど~い。エイジくん、気にしないでね。リベルは少し――あの……」

「いいよ、わかっている」


 しかし、嫌味なほど爽やかイケメンだな。身長は高いし、顔面偏差値も勿論高い。俺はというと、そりゃあライバルキャラだけあって顔面偏差値は高いが、目つきは悪いし、最近は唯桜いおやらランドやらのせいで心労が祟ってか隈までできている。陰陽でたとえたら、どちらがどちらなど言うまでもない。


「もう一回やり直せばいいだけだよ。俺はエイジ・ムラマサ。はじめまして」

「リベル・リヴァイ・バントライン。名前はさっき聞いた」


 努めて不機嫌な態度を見せる。感じ悪くすれば、俺に近づいてこないだろうと考えてのことだ。とにかく、主人公サマに関わっていいことなど一つもない。友情を育むつもりなんてない。正直、どこかの戦場に行ってもらって、死なないまでも帰ってこないでほしい。


「ハハ、それもそうだな」


 なんで、邪険に扱われているのに笑顔なんだよ。マゾかこいつ、マジかこいつ。


 早く放課後になってくれ。唯桜やランドにも協力してもらって、なんとかエイジから距離を置かなければ――。


 * * *


 リミテッド・マヌーバー、夜水景よみかげ。エイジの乗るリミテッド・マヌーバー、月影狼つきかげろうと同じく、現在帝国軍で開発されている次世代キャバリーの機能限定試作機として建造された機体だ。大気圏内での運用しかできないものの、他の機能については次世代キャバリーとしての必要な要素のほとんどが詰め込まれている。


 強襲接近戦仕様のエース機として開発された月影狼と双璧をなす、拠点防衛用砲戦仕様の指揮官機こそが夜水景だ。この両機の運用情報を元にして、次世代キャバリーが完成するはずだったのだが、軍のキャバリー開発研究所から夜水景の機体と設計図を含む全データが強奪されたのは、半年ほど前の話だ。


 次世代キャバリーのテストパイロットとなっていたエイジは、夜水景の奪還または破壊を命じられて、この惑星クシオラに降り立った。どうやら、数々の資材の中で不審なものが人知れず運び込まれていたらしい、それも極めて巧妙に、かつ密やかに行われていたため、惑星クシオラまでは突き止めたものの、それ以上の詳細は闇の中だった。


 だが――。


『いずれ、夜水景は姿を顕す。魔王と共に――』


 予言めいた主の言葉が鼓膜に染み込んで離れない。魔王。あの、ヴァステンタイン辺境伯領を襲った、未だ所属不明の軍隊相手に大立ち回りの丁々発止を演じたキャバリーライダー。魔王の日の、主役。


 そして、はからずも銀河国家連邦が惑星クシオラに攻め入り、エイジもテストパイロットながら出撃していたさなか。確かに姿を顕したのだ。空に泰然と十字を描いた黒い機体――夜水景が。


 圧倒的だった。持ち得る武装の特性を把握した攻撃と、冷静沈着な判断、素晴らしい反応速度……。


 エイジもテストパイロットとして選ばれたのは、替えのきく庶民出の使、そして腕の良さを買われてのことだが、その彼でさえも戦慄を隠せない相手だった。たして、尋常な決闘となった場合、自分は魔王相手に勝利を収められるのか。機体特性も加味すると、接近戦に持ち込まなければまず勝つ筋はない。それほどの相手。


 先日は戦闘直後の気の弛んだところを狙ったのだが、そうでもしなければ距離を詰めることはできなかっただろう。あいにく取り逃がしてしまったが、条件次第ではあの恐ろしい魔王にだって――。


 キャノピー越しに見えた、魔王。相貌を完全に秘匿した仮面には、当然ながら感情の色は映っていなかった。ただ、全てを照り返す鏡面の仮面がその実、一切の存在を許さぬ虚無に感じたのが錯覚であればよいが。そして、あの服装。


「貴族学校、ですか?」


 女性上官――とはいえ、正確には技術顧問として階級を与えられているに過ぎないが――のユーコが聞き直す。当然だろう。自分だって聞き直すほどに意外な事実だ。


「はい。一瞬だけ見えた魔王の姿ですが、仮面で顔を隠していたものの、服装はカリーリ貴族学校の制服でした」

「学生――。まさか、魔王の正体は学生? いえ、擬態ブラフの可能性もあるけど……」


 考え込むユーコ。にわかには信じられぬ話だ。なにせ、魔王の日は七年前。学生だったとしたら、ようやく年齢が二桁に達しようかという年代だ。そんな年齢でキャバリーを巧みに操れる子どもが、この銀河でさえ何人いるのかどうか。


『いや、魔王ならばありえる』


 通信が唐突に入る。エイジを引き上げた恩師だ。


『ユーコ、君はエイジにカリーリ貴族学校編入の手続きをしてくれ。多少の経費は認める。最悪の場合は私の名を出してくれてもいい。エイジ。君は学生を演じながら、魔王を探ってくれ』


 電光石火の即断即決。明晰な頭脳を持つと言われている主は、エイジに命を下した。声だけで感じさせられるカリスマ性は、この主こそ魔王なのではないかという疑惑さえ生まれる。それほどまでに心に沁み入る、人の上に立つ者らしい、帝王の器。


「はっ、魔王を必ずや見つけ、夜水景を奪還します!」

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