第19話 白騎士
――まずい、まずい、まずいまずいまずいまずい!
シルヴァリオンもどきが高速で俺を攻め立ててくる。回避しきれず、
追い詰められている――。なんとか、まだ撃墜されていないのは夜水景の甲冑の分厚さあってこそだが、それもいつまで保つかはわからない。白い機体が何故、近距離戦デバイスを使用しないのか――おそらく、夜水景をできるだけ無傷で抑えたいのだ。こういうシチュエーション、大概のロボットアニメで理由付けされている。
いや、俺の目算は甘いという他なかった。無骨であるが単純に目標物を破断しうる刃物――ナイフ。それも、夜水景のセンサーは刀身が高速振動している事実を知らせていた。よくアニメで出てくる高周波ナイフって奴だ。あんなので切られたら、バターのように装甲を切り落とされる。踊るように振りかぶられたナイフは受け止められる代物ではない。躱そうとするも――!
――危ねっ。
白騎士のナイフ捌きは装甲を切り裂くのではなく、頭部コクピットへ突き立てるための動きだった。脊髄反射で動いた腕が、なんとか刃先がキャノピーに到達する前に白い機体の手首を抑え込んだが、あと寸毫でも遅れていれば俺の生命はなかった。恐怖で俺の背筋が凍る。怖~いよ~~。
だが、俺の恐怖の感情を、白い機体は斟酌などしてくれない。再び、操縦者の生命を刈り取ろうと、人間の目には捉えきぬほどの速度で振動する刃を繰り出してくる。キャノピーの目前で鋭いナイフの先端が止まった。また、際どいところで腕を抑えられたのだ。押し込まれるナイフの振動が大気を介してキャノピーの表面を削る勢いで、細かい衝撃を伝えてくる。ひぇ~~。
『投降しろ。今なら悪いようにはしない』
絶対ウソだ。古今東西、悪いようにしないと言われて、本当に悪いようにしなかった例があっただろうか。いや、ない。大体、俺は巻き込まれているだけだというのに、攻撃されている側だ。既に悪いようにしかなっていない。
捕まれば最悪だ。知りもしないことを拷問で問いただされ、あらゆる濡衣を着せられて殺されるんだ! 絶対そうだ!
――距離を取って逃げなければ!
だが、キャノピーに映し出された背後の映像では、エレアがまだ逃げ切っていない。せめて、位置取りを変えなければ、彼女も俺自身も危うい。なにせ、この夜水景、満足な接近戦兵装を持ち合わせていないのだ。距離がなければ、ただ嬲られるだけ。
ハッ、そうだ!
掌底のレーザーがあった! レーザードブレードも形成できる粒子発振レンズなら、掴んだ物だけを破壊することもできる!
天啓に従い、俺は白い機体の腕を抑え込んでいた掌からレーザードブレードを形成させた。俺の狙いを悟ったのか、白いキャバリーは身を退く。残念ながら、手癖の悪い腕は健在ながらも、動きが数瞬止まった。キャバリーの空隙を待ち望んでいた俺は、もはや意識の反応よりも素早い脊髄反射で位置を入れ替える。
「魔王様!」
いつしかこの場に辿り着いていた、ランドのスラストバイクに乗った唯桜が叫ぶ。
『――魔王?』
白いキャバリーの操縦士が戸惑いの吐息を漏らす。外部通信を切っていなかったのか。何処かで聞いた気がするが、どうでもいい。エレアとの距離――よし、ここまで離れていたらなんとかなる。
路面を蹴りながら、網状にレーザー放射。威力よりも目くらまし、更に言えば白い機体の足元を狙った一射。いくらキャバリーが飛行可能なロボット兵器といえども、非滞空状態で足場を崩されれば、うまい立ち回りなどできようはずもない。
ほとんど無意識でことを成した俺の視界には、白い機体のキャノピーの向こうが透かし見えた。地上では視界が狭まることを嫌がってヘルメットを被らない操縦士が多いらしいが、こいつもそういった手合いらしい。茶色い髪が見え、そして蒼い双眸が――。
「エイジ⁉」
馬鹿な。本来なら、軍人どころか俺と同じように学生であるはずのエイジ・ムラマサの姿が操縦席にあった。目が合う――もっとも、俺の視線は仮面に隠されているが。
間違いない、エイジ・ムラマサだ。戦場にいるはずのない彼が何故、ここにいるのか。更に言えば、戦場にいるはずのない俺が何故、ここで彼から攻撃を受けているのか。わからないことだらけだ。沙漠を彷徨う旅人の気分だ。
いや、今はなんとしても逃げないと! こんな状態で捕まったら、テロリスト扱いされる現実は変わらない。
俺は、白い機体を炙るようにスラスターを全開にして、炎の墨をこぼされたような碧空へと飛び上がった。重装甲を支えるに足る推進力を持つだけあって、加速力は圧倒的だ。骨が軋むほどの速度で飛び上がった夜水景。ディスプレイには地図が表示され、座標が指定されていた。おそらく、唯桜の指示だろう。もはや、考える暇などない。夜水景は一目散に目標座標へと飛翔した。
* * *
悪夢のような日から一週間。連邦の侵攻は鎮圧され、既に国民は日常生活を取り戻しつつあった。復旧速度の速さは、三次元復元装置――前世での3Dプリンターみたいなものだ――の賜物だが、それでも一週間を要したのは、抑え込まれたとはいえ、それだけ連邦の手並みが見事だったのだろう。
とはいえ、なんとか平穏な日常が戻ってきそうで何よりだ。エレアも無事。全校生徒も無事という奇蹟的な人的被害の無さから、七日間で貴族学校は再開された。
退屈なモラトリアムって素晴らしい。実はモラトリアムって意味よくわかってないんだけど。
教壇では教師が、この状況で転校してくる奇特な学生の話をしていた。おいおい、普通は転校していったとしても、来ないだろう。
「――ッ」
驚愕で息が詰まった。何故、お前がここにいる⁉
「エイジ・ムラマサです。よろしく」
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