第18話 黒金と銀光

「つまらない日常が大事……なら、今は行動すべきでは?」


 唯桜いおの平坦な声。俺をリミテッド・マヌーバーこんなもんに乗せておいてよく言えたものだ。


「あのな、夜水景よみかげだっけ? 平穏な日々にこんなもんは必要ないの! わかる?」

「では、今は平穏なのでしょうか? 未だ星庁は襲われています。陥落などしたら、連邦に惑星ごと蹂躙され、かしずかれるでしょう。連邦が、帝国の性悪貴族よりも人間ができていると考えるのは早計では?」


 確かに、銀河帝国の貴族階級は自分の領星で、とにかく好き勝手な統治をする。圧政弾圧は勿論のこと、自らを神として教育して虚栄心を満たす奴もいるらしい。銀河帝国において貴族とはまさしく特権階級なのだが、連邦の場合はどうかわからない。しかし、唯桜の言う通り、他者の統治する惑星に攻め入るような奴らに期待はできないだろう。


「そうかもしれない」

「だったら、夜水景このこと共に並み居る敵をバッタバッタと倒してしまえばいいではありませんか」

「だ~か~ら~! ヤダって言ってるでしょ! なんで、そんな危険を冒さなきゃならないの!」


 まっぴらごめんである。俺は魔王になりたくないのだ。魔王となる運命からは全力で逃げる。それが、俺の人生哲学なのだ。


「そうだぞ、リベル! 学校も燃やされてしまったじゃないか! 平穏な日々を取り戻すには戦うしかないぞ!」


 ランドはランドで、なんか悪い熱病に冒されてしまったらしく、妙に瞳を輝かせながら言ってくる。こいつが不謹慎にも楽しんでいるのはわかる。


 ――待て。学校が……。


 そうだ。カリーリ記念貴族学校へと流れ弾が飛び、そして爆発していた。


「ッ! 別に、戦うわけじゃないからな! 学校の様子を見に行くだけなんだから!」


 確か、大概のキャバリーは足の部分にコクピットに昇るためのウインチワイヤーの操作盤があったはず――。目的のスイッチはすぐに見つかった。押し込むと、夜水景の胸部から乗り込み用ワイヤーが垂らされ、右手の掌を上に向ける。ワイヤーに足を引っ掛け、ワイヤー自体に設置された操作キーで上昇させ、差し出された掌の上に乗れば、夜水景はそのまま俺を頭部へと導いた。


 コクピットに乗り込んだ俺は夜水景を上昇させる。


「リベル様! 仮面をおかぶりください! ヘルメットを着用しない機動兵器乗りの死亡率は高いので!」


 え? そうなの? まあ、前世でもバイクはヘルメットをかぶるよう法律で定められていたし、そんなもんなのかもしれない。


 放り投げられた仮面は、俺の手が自分のあるべき場所とでもいうように、すっぽりと手の中に収まった。正直、魔王の仮面なんざかぶりたくはないが、確かに丈夫そうではある。


 嫌々ながらも、事故った時のことを考えて、俺は仮面をかぶることにした。なんか、蒸れたりしないし、顔が痒くなることもない。多分、銀河的科学力で快適な状態になるように調整でもされているのだろう。


 俺は未だ黒煙がくすぶる、カリーリ記念貴族学校へと夜水景を向かわせた。途中に連邦のキャバリーはなく、進路はクリアだった。


 * * *


「――――」


 崩れ去った初代校長であるカリーリ伯爵の像。古式ゆかしい、匠の技が活かされた建築もまた、破面を覗かせている。木々もところどころが燃えていた。ある程度避難は終わっているらしく、人影は少ない。逃げ遅れた者とそれを助けようとする者。後者に見知った顔を見つける。


「エレア?」


 少々煤で汚れてはいるものの、幸いにも彼女に目立った怪我はない様子で、俺は胸を撫で下ろした。彼女は瓦礫に足を挟まれた女生徒を励ましている。なるほど、瓦礫の大きさから察するに、特別な道具がなければ動かすことはできないだろう。たとえば、一〇メートル級の人型機動兵器など――。


 俺は慎重に夜水景を降ろす。急激な降下は周囲に多大な被害をもたらす。一〇メートルの鉄巨人を飛行させる推力は並大抵のものではない。人間の軽い体重など、容易く吹き飛ばしてしまうほどだ。


 かつてのイデ教官のシゴキに感謝する日が来ようとは――。学生の俺が繊細な操作ができるのは、間違いなくあの地獄の日々のおかげだった。


 ――そういえば、唯桜はイデのことは何も言ってなかったな。


 思い返せば、魔王の日にだって唯桜はイデの生存について何も語っていなかった。今度聞いてみるか。


「はっ!」


 急激に自分たちを覆う影が生まれたことで、エレアは頭上に舞い降りようとしている存在に気がついたようだ。少し怯えた顔をしているが、さっきキャバリーが上空で大暴れしていたのだ。彼女にキャバリーの違いがわかるはずもなく、空からの尖兵と勘違いされた可能性は高い。少しばかり傷つく。


 まあ、いい。俺は、夜水景に瓦礫を除けさせ、女生徒を逃がす。どうやら、身体そのものにはひどい怪我は追っていないようで、エレアに肩を借りている。


 これでエレアも逃げてくれるだろう。彼女に生命の危険が及ぶのはまだ先の話だったはずだが、とはいえ、それまでは絶対安全である保証もない。


 俺の方をチラチラ見ながら、立ち去ろうとするエレア。そういえば、仮面をかぶっているから俺とは気づいていないのか。最初から仮面を外しておけば、リベル・リヴァイ・バントラインとわかってもらえたかもしれない。


 建物自体の損傷はひどいものの、この世界の三次元構造出力装置は優秀だ。設計図さえ完璧ならば、自動的に復旧をしてくれるだろう。その代わり、人の手によるぬくもりとかいう曖昧な物は失われるらしいが、俺にはあんまりその辺の感覚はわからない。


 エレアが立ち去ったら、俺も戻るとするか。


 そう考えていた俺は、警戒システムより先に、視界の隅から飛来するソレに気づいた。反射的だった。思考が混じっていたとしたら間に合わなかった。それほど際どく、鋭い攻撃。


「うあぁあぁぁあああああ!」


 仮面に仕込まれた変声機から、他人の声のように響く俺の声が聞こえる。キャバリーでの蹴り。無茶苦茶だ。キャバリーは基本的に機動性を重視しているため、機動骨格フレームは強靭とはいえない。蹴りなどしようものなら、最悪蹴り脚自体が衝撃で折れ砕ける。だというのに、躊躇いもなく夜水景を蹴り飛ばすとは!


 位置エネルギーをも利用した蹴りの威力は凄まじく、比較的重装甲な夜水景にたたらを踏ませる。よろけるその先には――女生徒と逃げるエレアが。


「マズッ――」


 機体を無理矢理によじり、転倒は免れたが、何かが割れるような嫌な感触が伝わってきた。だが、エレアを踏み潰すという最悪なシナリオは回避できた。


 正体不明の白い機体。何処かで見覚えがある――。そう『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の主人公機シルヴァリオンに似ている。物語後半で出てくる機体だが、年代を鑑みるにおそらくは試作機。


 逃げたい。圧倒的に逃げたい。だが、そこに見知った顔があるとすれば話は別だ。なんとか、エレアが逃げ込める時間だけは稼がなければいけない。


 クソッ。誰かが仕組んだ運命の糸に絡まるような感覚。


 さっさとベッドに潜り込んで、今日という日を過去のものにしたいという切実な思いと裏腹に、眼前のキャバリーは俺を逃がすつもりはなさそうだった。

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