第17話 片手にピストル、心に憧憬、瞳に灯火、退屈な日々に風穴を

 俺はランド・クルーザー。わりかし青春を謳歌している17歳の退屈極まりないモラトリアムを堪能中の学生である。


 さて、俺の身に起きたことを話そう。


 俺はリベルという友人と放課後に遊びに行ったら、空からキャバリーが降ってきて、星庁を攻撃し始めた。更には、俺たちの目の前にリミテッド・マヌーバーとかいうロボットと黒髪ロングをポニーテールにしたメイドでくノ一な唯桜いおという少女が現れた。どうやらリベルと唯桜は旧知の仲だったらしい。


 その後、掃討用無人多脚戦車二台に襲われ、リベルが恐ろしい身体能力でリミテッド・マヌーバーとやらに乗り込み、そいつらを逆に一掃。それだけでは飽き足らず、空にいるキャバリーと戦い始めたのだ。


 うん、俺自身が整理できていない。


 あのキャバリーは連邦製。少なくとも、俺たち銀河帝国民にとっては侵略者と言える。その侵攻用人型兵器を相手に、リベルは単機で無双していた。


 極太のビームが空を描いたかと思えば、爆炎がその後を追従していく。ビームを浴びたキャバリーが爆発しているのだ。続けて、細い鋼線に似たレーザーが空をキャンパスに野放図な直線アートを作り出す。無機質な輝線に彩りを見せるのは、有機的に変化する炎の形だ。


 リベル――。お前、何者なんだよ……。


 大空の一点に居座り、そこから動じずに爆煙のオーケストラを指揮する漆黒の堕天使。まるで、何処かの神話かお伽噺を見ているようだ。


 だが、連邦側も気を取り直したか、急に組織だった動きでリベルの乗る堕天使へと攻撃を開始する。うまく、牽制を重ね、リミテッド・マヌーバーの攻撃を抑え込み、確実な接近戦でとどめを刺すつもりだ。確かに、堕天使は強力な砲戦兵装を有しているようだが、得てしてそういった機体は接近戦に脆い。


 連携を取ったキャバリーに接近を許してしまったリベル。絶体絶命の予感――。しかし、連邦製キャバリーがリベルの首級を上げることはなかった。なんと、堕天使は掌からビームの刃を抜き、キャバリーのプラズマ溶断カッターを軽く受け止めたのだ。そのまま、襲撃者を払い除けて両断。哀れ、接近戦に勝機を見出したと思ったであろう敵は、あっけなく空に咲く一輪の花と消えた。


 一機が斬り落とされた後は早かった。堕天使は複雑な円軌道を描いて回転、瞬く間に間合いの内にいるキャバリーを斬り伏せ、更には破滅のレーザーで斬り裂き、撃ち穿つ。結局、数分もしない内に、十数機はいたキャバリーは空に黒煙を残すのみとなっていた。


 素人目でもわかる。圧倒的すぎた。黒い堕天使は紫の翼を広げ、何事もなかったかのように佇んでいる。そんな、ひたすら圧倒的な強者の姿に魅せられないオトコノコがいようものか。


 リミテッド・マヌーバーがゆっくりと地上へと戻ってくる。勝者の凱旋はあくまで堂々たるもので、ただ単にあまりの出来事に頭が真っ白になっている中、なんとか機体を降下させているとは到底思えなかった。


 飛び出した廃工場の大穴から帰還したリミテッド・マヌーバーの頭部には唯桜さんが寄り添っていた。あのとんでもない動きに振り落とされずにしがみついていたのだろう。だが、もはや驚くには値しない。ジョロー相手に丁々発止を演じることができるくノ一なのだ。


「ひぃ! 怖い! 高い! 怖い!」


 頭部のキャノピーが開き、リベルが這々の体で這い出てくるが、何故か表情の見えない仮面をかぶっていた。なんか、いつも通りの臆病な発言が懐かしく感じる。


「何言っているんだ、あんなすげえことやってのけておきながら!」

「そんな話聞きたくない! それに、結構な高さだぞ! 俺は高所恐怖症なんだ! 唯桜、そっと優しく降ろして~」


 あんなに軽々と機体頭部へと飛び乗っておきながら、そんなことは梅雨とも知らぬと言わんばかりの弱気さだ。


「はぁ。なんとも締まりませんね」


 唯桜さんはリベルをお姫様抱っこすると、ひらりとリミテッド・マヌーバーから飛び降りた。


「ファアアアアアアアアアア!」


 リベルの悲鳴を余所に、メイドは――いつの間にかくノ一要素がなくなっていた――床面へと降り立った。着地の音が静やかなのは、うまく衝撃を受け流したからだろう。だが、俺の親友はエクトプラズムを仮面の隙間から吐きかけていた。


「ななななななにすんだおおおお! そっとッ! 優しくッ! 聞こえてなかったのか~~!」

「聞こえてましたよ」

「じゃあ、なんで飛び降りてるんだよ!」


 仮面を脱ぎ捨てて抗議するリベル。


 これ見よがしなため息をついた唯桜さんは、じとっとした眼差しを主に向けた。


「そっとお姫様抱っこして、優しく着地したではありませんか」

「何処が? ねえ何処が? あなた、思いっきり飛び降りてましたよねェ⁉ しかも、着地できてなかったら人間が死ぬ高さですよ、コレはァ?」


 一〇メートルほどあるリミテッド・マヌーバー……。確かに人間が死ぬ高さではあるな。


「大丈夫です。リベル様は死にません」

「え?」

「死んでも無理矢理生き返らせます」

「それ、死んでますよね? 蘇生させているだけで、その段階で死んでますよね⁉ もうやだこのメイド! 昔はこんなじゃなかったぞ! まさか、まだ壊れているんじゃ――こ~わ~い~!」


 とても、主従関係には見えない会話。とても、先程まで上空で死の翼をはためかせていたライダーとは思えない会話。


「あのさ~、聞きたいんだけどさ~」

「なんでしょうか?」


 すぐに向き直る唯桜さん。ここだけ見ていれば、確かにメイドらしくはある。言動はともかくとして。


「リベルって何者なの?」


 俺の問いにメイドは、ああと思い出したかのような声を漏らした。


「あなたは聞こえていなかったのですね。では、僭越ながら――」


 こほんと咳払いをする唯桜さん。素敵だ。


「喝采しなさい! この方こそ、いずれこの世界を手にする高貴たる君! 銀河の歴史に燦然たる名を刻む、魔王である! 魔王が降臨され、歴史の歯車は今こそ動き出した! さあ、諸人よ。新時代の幕開けをその目にしなさい!」


 …………………………は?


「あの、唯桜さん? あなたは何をおっしゃっているのでしょうか?」

「リベル様と同じ反応をされますね。何を、などと言った通り以下でも以上でも未満でもありません。この方は魔王。銀河の歴史に――」

「あ~。もうわかったわかった! もうやめてくれ!」


 もはや、聞きたくないといった様子のリベル。本気で嫌そうにしているのは明らかだった。しかし――魔王って。


 思い出すのは魔王の日と呼ばれる、悪魔的パイロットが歴史に姿を顕し、そしてそのまま消えた日だ。貴重な記録映像には、敵対する同型キャバリーや航空戦力をなんなく叩き潰す人型兵器の姿が映っていた。


 まさか、リベルがそうだったとは――。あれほどの戦闘技術を見せつけられては、俺も素直に信じるしかなかった。いや、心酔するしかなかった。


「なるほど」

「な~にがなるほどなんだ! いいか、ランド。こんな与太話を……?」

「――へえ」


 急に跪いた俺に怪訝な顔をする親友に、薄いながらも面白そうな表情を見せるメイド。


 ――この退屈な日々に風穴を開けてくれる存在が、こんなにも近くにいたとは。


「わかった。じゃあ、俺も忠誠を誓うぜ、魔王。一緒につまらない日常を叩き潰して、新時代とやらを作ろう!」


 俺はランド・クルーザー。わりかし青春を謳歌している17歳の絶賛モラトリアムを堪能していたが、今日から魔王の配下となった男子学生である。


「俺はそのつまらない日常が大事なんだよ~~~!」

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