第16話 Luciferum ex Machina

 正体不明のキャバリーを発見したのは、連邦のキャバリー乗りだった。キャバリーの黎明を見届けたその兵士は、連邦以外の星間国家を含めても操縦時間はトップクラスだった。この宇宙でももっともキャバリーに習熟している一人。だが、彼は多少の習熟度など物ともしない、真の申し子という存在を自分の生命と引き換えに思い知った。


 戦場に似つかわしくない、艶めいた黒と金、紫の翼を持ったキャバリー。堕天使じみた機体色は所詮は外連に過ぎぬと高をくくっていたのも事実だが、それでも咄嗟の判断は己の侮りを慮らずに肉体を操作する。両肩から吐き出された赤黒い光線。獣の咆吼じみた発射音は少々遅れてやってきた。避けられたのは、己の肉体が脊髄反射的操作を不備なく行ったが故だが、周囲の味方機についてはこの限りではない。


 兇悪な破壊力に炙られたキャバリーは、大気圏の断熱圧縮さえも耐えうる強度を持っているにも関わらず、灼熱地獄の炎で融けて爆発四散した。


 肝が冷えた。背中にひた走る汗もまた冷たい。


 更なる攻撃。手を広げて十字架を描いている堕天使は泰然と天空を支配し、怒りに触れたものを蒸発させる。一度見た攻撃だったことが幸いして――或いは不幸だったかもしれないが――兵士のキャバリーは灼熱のビームから逃れられた。


 今までのキャバリー戦とは明らかに異質な攻撃。キャバリーはもともと、機動性と戦場を選ばぬ汎用性、更に拠点制圧力で歴史の表舞台に現れた兵器だ。つまり、過度な武装など積み込んではいないし、必要さえないとされてきた。だが、堕天使は異なる。元より多数を相手取る一騎当千的兵器運用、大艦巨砲主義的設計思想。


 二発の超高威力の粒子砲を撃ち終えた堕天使の肩は、顎門あぎとを開いた猛獣が気炎を吐くように、劫火の余韻をくゆらせている。


 二連発はさしもの堕天使にも負担があるらしく、開いた間断に味方機が殺到したが、兵士は理解していた。堕天使の翼は二枚ある。片翼がエネルギー砲ならば――。


 聖人の如く広げていたたなごころの底に鎮座した光学砲弾発射レンズから連射された粒子の銃弾が、愚かにも楯突く諸人を釣瓶撃つ。先の粒子砲と比べて、速射性と連射性に優れているらしく、光の雨を浴びた僚機が次々と機体をえぐられて墜落していった。


 ――悪夢か。


 伝え聞く、魔王の日。突然現れたキャバリーが強大な力を振るったとされる日。その再現かと思われた。


「だがっ!」


 折れそうな心を支えたのはエリートとしての強烈な自負だ。そうだ。敵が強大であろうと、自分はキャバリーライダーとして宇宙でもっとも熟達した一人なのだ。加えて、撃墜されたとはいえまだ味方機は多数。いくら強力な対多数兵装を有してようが、それを超える数の暴力にはかなうまい……。


「Cリーダーから各機へ! フォーメーションDを取る!」


 フォーメーションD。性能に優る敵機に対し、複数で囲い込んで撃破する戦闘機動要領だ。盤上の王を気取っているのか、ほとんど動きを見せぬ堕天使。即座に理想的な位置取りを確保し、牽制射撃の間に近距離戦闘デバイスで翼かコクピットを溶断してやれば――。


 銃弾を危なげなく躱した堕天使だが、既にそこには自分がいる。値千金の勝機に躊躇いなどあろうはずもなく、プラズマ溶断カッターが堕天使のコクピットに――。


 その瞬間、兵士は見た。コクピットのある頭部に寄り添うように座った黒髪の少女と、操縦席に座った仮面をかぶったライダーの姿。こちらを向いてさえいない無貌を思わせる金属製の仮面には、右目があるとおぼしい箇所にロックオンサイトの光が灯り、悪魔の王を想起させられた。


 いつまで経っても、二人を断罪する刃は彼らに触れられない。それもそのはず、プラズマ溶断カッターが干渉を起こし、動きを止めていた。祝杯を上げるように掲げられた堕天使の掌から迸る、光刃。相当な高温――おそらくは人体の生存可能な領域を超えている――だというのに、黒髪の少女は全くどうじていない。まさか、魔女の類か。


 そして、兵士は興味なさげに最後まで自分を見ていなかった魔王/堕天使に溶断された。


 * * *


「リベル様、しっかりしてください。リベル様」

「え?」


 あれ? 俺、どうしたんだっけ? え~っと、放課後にランドに誘われて……。見れば、唯桜いおが外からキャノピーを叩いている。キャノピー……?


「もうこの辺のキャバリーは一掃してしまいましたよ」

「え? え?」


 なんか、いつの間にかキャバリーの座席に座っているッ!


「どういうこと? どういうことどういうこと? え? 怖い~!」


 しかも、なんか浮いてるし! 高いところ怖ッ。 落ちたら死んでしまいそうな状況で、唯桜は風で乱れる髪をうっとしそうな仕草で払い除けている。


 その時、雑音混じりでどこからかの通信が入る。


『ど……いう状……だ! 全め……と!』


 次第に周波数が合ってきてるのか、妨害が解かれていっているのか、明瞭さを取り戻しつつあるようだ。


『黒……機体! 貴殿のコール……ームは?』

「怒鳴られても知りませんがな! 一番混乱しているのは俺だってのに~~」


 通信向こうの厳つそうな声に叫ぶと、数倍する声量で怒鳴られる。しかも、雑音のせいで耳障り極まりない。


『貴様~~! それ……も……軍人か!』

「ひぇ! 俺、この人嫌い!」

「いい加減に開けてください。私が話しますので」


 機械人形オートマタのメイドくノ一に言われるがままにキャノピーを開けると、彼女は通信相手に声を張り上げた。


「お前、誰に不遜な口を叩いている!」

『女……?』


 相手が代わったことで、少し戸惑った厳つい声の持ち主に唯桜は畳み掛けた。


「喝采しなさい! お前が口を聞いた相手は、いずれこの世界を手にする高貴たる君――魔王である! 魔王の降臨の儀はここにはたされた! さあ、諸人よ。新時代の幕開けをその目にしなさい!」


 …………………………は?


「あの、唯桜さん? あなたは何をおっしゃっているのでしょうか?」


 言いたいことだけ言い放って、唯桜はいい笑顔で――普段無表情のくせに――ウインクして親指を立てた。


「は~~~~~~~~~!!!!!!??????????」


 せっかく魔王にならない人生を歩もうとしていたのに、この機械人形は無理矢理に俺を魔王に仕立て上げるつもりだ!


 せっかく、安寧の日々を手に入れるべく、極力目立たないように、そして行動しないように努力をしてきたのに、俺は――ッ! 俺は~~~~~~ッ!

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