第15話 英雄にも魔王にもなれる力

 俺はランド・クルーザー。自らお調子者と認める、根っからの遊び人だ。いつものように放課後、友人のリベル・リヴァイ・バントラインを誘って何処かに繰り出そうとしたら、連邦が攻めてきて、街は火の海、空はキャバリーが飛び交い、スラスターバイクは動かなくなる、降下した先の廃工場ではメイドくノ一と連邦とおぼしい兵士が戦っているなど、できの悪い冗談を見せられている気分である。しかも、この廃工場、見たことのない新型キャバリーと死体が転がっているという、世も末法な有様だったのだ。


 はたして、俺たちの明日はどっちだ?


 メイドくノ一――リベルからは唯桜いおと呼ばれていた――は、リベルと昵懇の仲であるようで、会話は気安さがあった。だが、見たところ、リベルは二度と唯桜さんと出会うはずがないと思っていたらしく、終始驚いた顔を見せている。対して、唯桜さんは澄まし顔だ。何故か、キャバリー――ではなく、リミテッド・マヌーバーというらしい――をリベルのために用意したと発言していたが、何故彼にそんな代物が必要と考えるのかはわからない。


 っていうか、オイ! 無人多脚戦車ジョロー二台が俺たちを狙っているじゃあ~りませんか!


「おい、リベル。逃げたほうがよくないか?」

「そうしよう今しよう。さっさと逃げよう。ほら、唯桜も逃げるんだよ」


 そうこうしている内に、レーダーの輝点が俺たちの額に収まる。間違いなく生体情報から処分すべき人間であると認識しているはず――。


「ララララララ……ランド。先に逃げろぉぉぉ」


 可哀想なほど震えているリベル。こいつ、めちゃくちゃ臆病なんだよな。


「お前は?」

「腰抜けた!」


 おそらくだが、こいつらは逃げる奴を最優先するはず。だったら、俺が逃げている内にリベルは助かるかもしれない。


 よし、こっちだ!


 駆け出した瞬間、俺のふくらはぎが熱を感じ、力を失った。当然、走り出す直前だった俺の身体は対応できず、床面に転がる。激痛。痛みの正体を見極めようと、右脚を見れば、ふくらはぎに穴が空いていた。ブスブスと白煙が立ち昇っているのは、皮膚はおろか筋肉に到るまで貫通させうる高熱で刺された証左だ。


「足、足が」

「蜘蛛ども、こっちだ!」


 臆病なリベルが傍らに転がっていた瓦礫を投げつけたが、どうやらジョローの高熱の糸は相当なものらしく、宙空で瓦礫は赤く融けてしまった。駄目だ、完全にジョローはリベルを標的にした。腰が抜けているリベルは、這って逃げているが、即座に追いつかれてしまった。


「あわわわわわわわ」

「リベル!」


 唯桜さんは、いつの間にかもう一台のジョローと戦っている。施設内制圧用の小型とはいえ、多脚戦車を相手取るとか人間には不可能と思えるのだが、メイドくノ一は恐ろしいことに一進一退の攻防を繰り広げている。だが、忍刀と苦無を駆使しているが、ジョローの装甲を抜くことはできないらしい。

 足りない攻撃力ながら、一台を釘付けにしてくれているのだ。しかし、逆を言えばもう一台は手つかずフリー。迫る透明な敵意を押し止める方法が、ない。


「唯桜さん! リベルが!」

「心配いりません! それより、ご自身の身の安全を優先してください」


 リベルに護衛は必要ないと断言する従者。そんな馬鹿な。


 まずい。ジョローが持ち上げた脚をリベルへと振り下ろす。その決定的な瞬間。うなだれたリベルは、己の人生の最期の瞬間さえも目に収めることなく――。


 断頭台の刃のように、それは人体には致命的な質量をもって落下した。骨を容易く砕き、肉を簡単に裂き、息をくびり根絶やすに足るに充分な質量だ。人ひとりを肉塊にするに余りある鉄槌は床面に陥没と無数の裂罅、そして轟音を生み出したものの――狙った獲物に触れはしなかった。


「!」


 腰が抜けて歩くことさえままならなかったはずの友人は、絶妙のタイミングで身を翻し、更には間髪入れずにジョローの車体をよじ登っていた。凹凸があるとはいえ、飛び石を渡るに似た身のこなしは、とても人間業には見えない。非現実的な、動きでジョローの車体の頂上まで登り詰めると、勢いのまま跳躍。着地点は、唯桜さんがリミテッド・マヌーバーと呼んでいた機体の腰だ。


 リベルを追いかけるジョローの熱光線だが、範囲を絞って貫通力を求めた設計が仇となった。素早いリベルの動きに追従できていない。レーザー光線は着弾点のリミテッド・マヌーバーの表面を赤く染め、そのまま獲物の後を追いかけたものの、結局はリベルが頭部コクピットに座ることを許してしまった。


「うっそだろ……」


 アスリートもかくやかといった動きに、ただただ俺は感嘆していた。


 キャノピーへと注がれる熱光線だが分厚く、耐熱処理も行われているだけあって、赤化はしても、焼けただれはしない。大気圏突入突破の際の断熱圧縮に耐えるキャバリーが参考とされているだけあって、リミテッド・マヌーバーとやらも、相当な頑強さが確保されているのだろう。。


「ほら、問題なかったじゃありませんか」


 唯桜さんは当然といった声音だが、俺には到底理解できなかった。


 * * *


 リベルは、コクピットに身を躍らせていた。数瞬遅れて、彼を灼き縫おうとするレーザー光線が降り注ぐも、閉められたキャノピーの一部を灼く程度でしかなかった。


 ヴァステンタインに教わっていた頃の操縦法は未だ身体に染みついている。ほとんど無意識でリベルはコンソールを叩く。操縦者の生体情報が起動鍵となっていたようだが、これは唯桜がリベルの生体情報を解錠鍵に設定していたらしく、読み取られた情報から正規の操縦者と認識したリミテッド・マヌーバーが起動する。


 リミテッド・マヌーバー、夜水景よみかげ。キャバリーを惑星空中及び地上運用に限定させた、次世代人型戦闘機は、待ちわびた主との邂逅に武者震いに似た震動を伴って目を覚ました。


 紫色の双眸が光り、同色の翼が広がる。黒と金に彩られた拳がまず、己に熱光線を浴びせていた無人多脚戦車を殴り飛ばす。いくら人体に対して致命的な質量を有していようが、キャバリーやリミテッド・マヌーバーに比べれば小動物程度の存在に過ぎない。圧潰したジョローは機械部品と生体部品を撒き散らしながら、壁面まで吹っ飛び、四散した。乾いた音と湿った音が、無機物と有機物の違いを物語っていた。


 続けざまに、唯桜と丁々発止を演じていたジョローにも同じく、一撃を見舞う。唯桜が退いた瞬間、その際を狙った拳打は正確に無人戦車へと吸い込まれたが、機の見極めと捉えが甘かったならば、機械人形オートマタのメイドを打ちのめしていたことは言うまでもない。


「おっと、乱暴ですね」


 もっとも、メイドでありながらくノ一でもある機械人形は、主の攻撃が精密に敵だけを殴打するであろうと理解していたのだが。


 瞬く間に無人戦車を鎮圧した夜水景よみかげ。翼を広げた姿は、その羽の色も相まって機械仕掛けの堕天使に似ていた。一〇メートルを超える堕天使の頭部に、唯桜が張り付く。


「この子には、セキュリティ面から照準捕捉能力が搭載されていません。従って、外付けのロックオンシステムが必要となります。これを――」


 装飾された仮面。リベルが尋常な判断力がある状態ならば、この意味を悟っていただろうが、今の彼にはかなわぬ話だ。


「参りましょう。あなたは皇帝を目指す英雄になりますか? それとも、帝国を破滅させる魔王になりますか?」


 英雄カミにも魔王アクマにもなれる力――。


「…………」


 仮面を受け取ったリベルは、躊躇なくそれをかぶった。着用を感知した瞬間、リミテッド・マヌーバーとリンクし、照準機能を立ち上げる。


「夜水景、立ちます」


 機械仕掛けの堕天使が立つ。はたして、それは自らの堕天を雪ぐためか、自らを堕とした天への復讐か。


「おい、リベル!」


 翼から赤紫の炎を迸らせて、堕天使は友の声も聞かずに天へと帰還する。忠臣たる機械人形を乗せて――。

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