第14話 リミテッド・マヌーバー

 死人との再会。唯桜いおは記憶にあるままの顔で、天からのスポットライトを浴びていた。


「な、なんで……」


 あの時、首を残してキャバリーに握りつぶされた機械人形オートマタの少女は、苦無をくるくると回して、西部劇のガンマンのようにスカートの内へと収めた。


「私の中枢は頭にありますので。義体からださえあれば、再起動は可能です」


 淡々と告げる唯桜。相変わらず感情の起伏に乏しいが――。


「ウァァァァァァン! 唯桜ぉぉぉぉ! 良かったよぉぉぉぉぉぉっ」

「おっと」


 幼少期の頃を思い出し、思わず彼女へとダイブしたが、メイドくノ一は俺の身体をすげなく躱した。勢い余って、俺は黒いキャバリーの足元へと転がる。


「あてっ」


 まさに漆黒、磨かれて艶のあるボディは兵器に似つかわしいものとは思えないが、象徴としてのきらびやかさは充分備えていた。


「なんなんだよ、こいつ。いってぇな」

「…………この子は、夜水景よみかげ。汎用性に富んだキャバリーを用途を限定することで、一部性能の向上とコストを抑えたリミテッド・マヌーバーの一機です」


 リミテッド・マヌーバー。確か『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』劇中では後半に出てきた、大気圏内飛行と防衛戦に主眼を置いたキャバリーの派生種だった記憶がある。ただ、劇中では違いが全然わからなかったが。


 問題はこれがなんで、廃工場なんかにあるのかだが――なんとなく、俺の勘が聞くべきではないと警鐘を鳴らしている。


「キャバリーじゃないんだ、こいつ! へ~。お姉さん、めちゃくちゃ強いね!」


 この状況下でこんなリアクションを取っているんだから、ランドは大物である。俺は違う。俺は、こんな悪夢見たくない。早くベッドで今日という日を忘れ去りたい。


「――誰ですか、あなた」

「ランド・クルーザー。リベルの親友!」


 友人には違いないが、自分で親友とか言うか?


「……本当ですか?」


 やたら馴れ馴れしい男に疑いを抱いたらしく、俺に確認を取る唯桜。


「ま、まあ、親友はともかく友達ではあるかな」

「ひどっ」


 ランドがもともと女好きなのは承知の上だが、こんな空から侵略兵器が降ってきて、機械人形のくノ一と兵士が何故か廃工場に乗り込んで銃撃戦を演じていた状況で、よくも口説こうという発想になるものだ。こいつの心臓は毛むくじゃらで根を張ったような状態に違いない。むしろ、そうあってくれ。


「リベル様、夜水景このこはあなたのために用意しました。ようやく雌伏の時が終わります」

「いやな予感的中したーーー! あの、サラッと爆弾発言しないでくれる? 雌伏の時ってなに? 俺はなんにもする気はないし、あんなのに乗る気もありませんっ!」


 謹んでお断りすると、珍しく目を見開いて、私驚いていますといった表情を見せる唯桜。


「そうなのですか?」

「むしろ、なんでそう思ったのかがわかりませんっ!」

「なになに? 何の話?」


 唯桜が無事だったのはめでたい話だが、なんの勘違いをしているのだろうか。平和に第二の人生を歩みたい俺が危険なことなんかするわけないじゃないか。


「困りました……。せっかく、帝国軍のラボから極秘のリミテッド・マヌーバーを奪取したのに」

「ななななななななななななにやってるんですか、アンタッ!」

「どうですか? リベル様の好きな色で塗装したんですよ。これなら箔が付きます」

「どうかしてる。どうかしてる。どうかしてる。どうかしてる~!」


 唯桜ってこんな残念というか、もはや無念な感じだっただろうか。記憶の中にある彼女は無表情でとっつきにくいところもあるが、完璧なメイドだったはずだ。握りつぶされた時に大事な回路がやられてしまったに違いない。


「頼む、頼むから夢であって! これが夢だったら、俺神様信じるから! 明日から欠かさずお祈りしますから~~!」


 ――はっ!


「そうだ、さっきの電磁誘導EMP! あれが原因かも」

「そういえば、さきほど有効と思っていたのか、そんな無駄な攻撃していましたね、彼ら。現代の科学力でも完全な再現ができない私が、その程度の対策がされていないと思っていたとは心外ですね」


 違っていたか。


「お、おい……リベル。あれ、見ろよ」

「え?」


 ランドがなにか見つけたらしく、彼の指差す方へと首を巡らせる。唯桜が突き抜けた壁面の穴の向こう――そこには。


「何アレ何アレ何アレ何アレ!」


 人も絶えたはずの廃工場とは思えぬ人体が折り重なっている。その全てが血みどろで、生命感がまったくない。動きのない――否、闇の中で赤く妖しく光る人魂が、動きのままに尾を引いて揺れている。


「ピャッ」


 蜘蛛めいた四足の機械兵器。効率よく人を殺害するための、小型多脚戦闘車両――。人魂から糸が伸び、それが人感センサーであることが察せられる。暗い空間で蜘蛛の視線が赤く糸を引いて、その着弾点に生物がいたのなら……。


「俺、あの子嫌い!」

「私だって嫌いです」


 打てば響くような返事をする唯桜だが、おそらく彼女が嫌っているのは同類と思われたくないという意味だろう。


「おい、リベル。逃げたほうがよくないか?」


 ランドのもっともな意見に賛同する。流石に、ここまで生命の危険を感じたら、唯桜を口説くのも後回しにすべきと考えたに違いない。俺からしたら、もっと早い段階で考えてほしかったものだ。


「そうしよう今しよう。さっさと逃げよう。ほら、唯桜も逃げるんだよ」


 メイドくノ一の腕を取るも、彼女は頑として動かず、むしろ俺のほうが引き戻される格好となった。


「ちょっと~!」

「逃げたとしても間に合いません」

「ふぇ?」


 俺とランドの額に赤い光点が当たる。バ、バ、バ、バ、バレたァァァァ!


 ぬたぬたと不愉快な足音を響かせながら、俺たちの方へと近づいてくる蜘蛛型戦車。後で知ったことだが、脚部には何処かの惑星の生物の細胞を培養したものを採用しているらしい。湿った足音は血溜まりとその生物の皮膚に滲み出るぬめりが原因だろう。


「ララララララ……ランド。先に逃げろぉぉぉ」

「お前は?」

「腰抜けた!」


 俺の意思は逃げたいと叫んでいるのだが、足が完全にすくんでいる。立てない。


「ギャッ!」


 ジュッ、と瞬間的に肉が灼ける音と臭い。ランドが崩れ倒れる。


「ランドォ?」

「足、足が」


 見れば、ランドの足からは煙が立ち上っていた。見事なトンネルが通過しており、蜘蛛から放たれたレーザーがランドを撃ったことが理解できた。生存者を残さないために、確実に逃げる足を撃つ。このアルゴリズムを組んだ嗜虐趣味あふれるプログラマの底意地の悪さが感じられる。


「蜘蛛ども、こっちだ!」


 叫びながら、瓦礫を投げ込む。宙空を泳いだ壁面の欠片は、床面に着地することなく蒸発してしまった。


「ピィエ!」


 あわわあわわと四つん這いで逃げるも、そもそも腰の抜けた人間と、無感情かつ効率的に処理をする機械装置の追いかけっこなど、結果は知れている。あっという間に追いつかれ――


「あわわわわわわわ」


 赤い捜査光が獲物の恐怖を味わうように、迫る。そして、俺は――。

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