第13話 Automata 1/0の帰還
「てて……」
何処かの廃工場らしき場所に俺はいた。窓もほとんどない工場は暗く、俺の頭上に口を開けた青空以外に光源らしい光源はない。あれ? どうしてここにいるんだっけな?
その時、空に打ち上がった黒く赤い爆裂の華が咲き乱れ、地面までも震動する。そうだ。キャバリーが攻めてきたのだ。だが、おかしい。確か、連邦が再侵攻を始めるのはリベルが18歳――魔王として行動を開始した後だったはずだ。今の俺は17歳。一年ばかり早い。
空中に放り出された俺だったが、どうやら落下位置は運良くクッションとなる物が多かったらしい。あちこち痛むものの、骨が折れたりしている様子はなかった。
「おい、リベル! 大丈夫か?」
ランドが天井の大穴から降りてくる。トタンに似た素材の屋根だったのも幸いだった。もし、衝撃に非常に強い構造であれば、落下の衝撃がそのまま俺の身体を打ちのめしていたことは間違いない。
「なんとか、だな」
相変わらず上空では、青い空を連邦のキャバリーが汚そうと躍起になっている。
「とにかく、逃げよう。乗れ」
こんなところにいては、生命がいくつあっても足りやしない。俺は一も二もなく、スラストバイクの後部座席に座った。
「天井から出たら、後は低空飛行だ。あんまり高く飛ぶとキャバリーに当たるぞ」
「わかってる」
浮き上がるスラストバイクが屋根を抜ける。屋上には工場が稼働していた在りし日の生産物とおぼしい布団が積み重ねられていた。よくも脆い構造の屋根の上に乗せたものだと感心するが、そのおかげで助かった身としては杜撰なやり方に感謝しないでもない。
「――ッ」
爆炎。もうもうたる黒煙が立ち上っている。そして――ミサイルが一基、見知った建物へと吸い込まれるように飛んでいく姿が見えた。着弾。丸く燃え爆ぜる炎が、やけに_
「え? え? なんだこれ!」
スラストバイクが次第に出力を失い、高度を下げていく。空間投影モニタはノイズに塗れて、速度計や燃料計はおろか意味のある表記を放棄していた。この時の俺は気づきもしなかったが、この辺り一帯が
「オイオイオイオイオイ、学校が爆発したぞ! 嘘だろ嘘だと言ってよランド! どうしようこれから!」
「落ち着けって! チェ、なんか自分よりも驚いている奴がいるから、少し冷静になってしまったぞ」
当然、俺は震えていた。逢いたくない運命が迫り寄ってきたのだ。震えても仕方なし。
「落ち落ち落ち着いてられるかよ! あれだ、魔王の日だ! あの日みたいに何もかもが壊れちまうんだよォォォ!」
そう、魔王の日ーー。当時、俺の庇護者の全てを奪った日。あの頃もそうだった。遠く離れているのに身を炙る勢いの花火が上がり、黒煙が眼に沁み入る。決して歓迎できかねる懐かしさ。
「アダッ」
ゆるやかとはいえ落下には違いなく、バイクは床面にうまく降り立つことがかなわなかった。衝撃で俺の身体が浮き上がり、そして床面に倒れ込む。
「ん?」
その時、工場の暗がりの淵で、こちらを見つめている気配を感じた。生物的なものではない、無機質な――。
「ピャアッ!」
怖くて反射的に叫んでしまった俺を責められる者はいないだろう。鬼のように鋭い目つきは、自然物ではあり得ないものだったのだから。
「キャバリーじゃないか!」
ランドの驚愕に満ちた声もむべなるかな。あるべき場所とは到底思えぬ廃工場で鎮座している。上空で覇を叫んでいる人型兵器と同質の存在を目の当たりにしては。
「キャ、キャッ、キャッ、キャバリー?」
なんとなくだが、意匠から連邦製ではなさそうだ。連邦製はアニメの世界では――そして、今攻めてきているキャバリーのように質実剛健といった趣があり、全体的に角張っている印象を受ける。だが、眼前のキャバリーは艶のある黒と滑らかな描線も麗しい、儀礼用と見紛う外見だ。
黒と金と紫――高貴な色に彩られたキャバリーは、主を待っているかのように佇んでいる。その紫の両眼が俺を見ている、そんな気がした。
「すげえぞ、これ。こんな機種、見たことない。軍の機密かもしれないな」
妙に食いつきのいいランド。どうやら、大多数のオトコノコと同じく、こいつも戦車とかに憧れを抱くタイプとみえる。俺? 俺はない。そんなのに憧れなど抱かないし、一生縁のない存在であって欲しいと願うばかりだ。
爆発音。粉塵。壁面が砕ける。壁に空いた穴から踊る影あり。
「うぉう! またなんか出たァァァァァァァァァァァァァァァ!」
発破と共に踊る影が素早く腕を振るうたび、宙に火花が散る。彼岸花のように尾を引く火の粉。硬い、金属のような物が衝突し、欠片が熱を帯びて赤い雫を飛ばしているのだ。
「ヒイヒイヒイヒイ……」
複数の影が壁面に合いた口の向こうに現れる。その人影の体勢は、完全に連射可能な銃を構えている姿だった。あれが火を拭いた瞬間、辺りは穴だらけのチーズのようになるだろう。無論、俺を含めて。
「ファァァァァアアアアアアアアッッッ」
俺の絶叫が銃爪になったのか、
当然ながら腰が引けてしまった俺は、なんとかこの異常事態から逃れようと、這って逃げる。最悪だ。俺の人生設計に、こんな事態は全く想定されていない。なんだってこんなことになってしまったのか。断じて、俺のせいではない。俺はひたすら平穏な日常で惰眠を貪りたいだけなんだ。
影が奔り、銃撃を行っていた影を一掃する。軽やかという言葉さえ重たく感じるほどの動き。素早く、そして華麗。ひとたび攻手に回れば、反撃を許さず、影は複数の敵を制圧していた。そして、舞踏の最後を締めくくったのは、聞き覚えのある――涼やかな鈴鳴る声。
「相変わらずですね、リベル様」
「え?」
天井に切り取られた空から降り注ぐスポットライトは全てを綺羅綺羅しく飾る。塵や埃も淡く光る粉雪のように。そう、懐かしい面影を持つ少女も、また照らし出している。メイド服とお色気格闘くノ一の服装を足して二で割ったような服装は艶やかで、磨かれた肌の美しさをさらけ出した彼女を俺は知っていた。首だけになり、そして――駄目だ、これ以上は思い出せない。だが、彼女の顔と名前は今でも覚えている。
「
「ええ、長い間お暇を頂戴しておりました」
メイド服めいたスカートをつまんで礼をする少女は、魔王の日に俺の前から消えた先進文明の遺産である模造少女だった。
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