第12話 連邦の襲撃

「おい、リベル。早く行こうぜ~」

「ああ、今行く」


 退屈な講座も終わり、悪友のランドが 浮遊推力二輪車スラストバイクで迎えに来る。前世のオートバイと同じく、地上では二輪駆動で自走するのだが、浮遊とつくだけあって、低空ならば飛行も可能なバイクだ。風防がないので、大気圏離脱は不可能だが、それでも前世の科学力を鑑みれば、これが当然のように利用され、法整備もされているという事実は驚きを禁じ得なかった。


「あ、コラ、リベル! まだホームルーム終わってないでしょ」


 根が真面目なエレアの声が、教室を出ようとする背中に浴びせられるも、俺は聞こえなかった振りをして走り去る。遠吠えのようにエレアの叫びが聞こえるが、あえて黙殺した。


「もう! また無視したぁ!」


 実のところ、必要以上に親密になるのを避けているのは彼女のためでもあるのだが、そんなことはエレア本人が知るはずもない。何故か、やたらと俺の世話を焼きたがる彼女を躱すのは、なかなかに骨が折れる。そういえばシルヴァリオ・エイジ本編でも、魔王であることを隠していたリベルに積極的に接していた。


 リベル・リヴァイ・バントライン、17歳。年月が『銀光の勇者シルヴァリオ・エイジ』の時代へと突入する、僅か一年前。リベルが魔王となるには、少なくとも軍での地盤固めを行っていなければいけない時期であるのだが、平穏な生活と軍生活は真っ向から反発し合う概念だ。当然、俺は軍に進まず、モラトリアムを享受している毎日を過ごしていた。


 昇降口に出ると、待っていたランドのスラストバイクに飛び乗る。


「さ、行くぞ」

「いいのかよ。シチジョウさん、怒ってるぞ?」


 ランドの視線の先には、窓から真っ赤に染まった顔を出したエレアの姿があった。オレンジがかった茶髪の長さはそのままに、すっかり俺の見知った姿へと成長した彼女が、だ。


「いい、いい。早く行こう」

「あ~あ、もったいないねぇ」


 小声でつぶやくランドだが、何がもったいないのかが理解できない。俺と特別親密になって生命を落とす方が、遥かにもったいない。だから、彼女はリベル以外の相手と幸せになるべきなのだ。彼女を喪った魔王が復讐心から、より苛烈な道を歩むことも知っている。そう、俺と彼女の道が交わるのは不幸な結果を招くだけだ。生涯を幾度も経験した主人公がそれに気づき、あえて別の道を歩んだ映画を昔に見た。当時は微妙に納得ができなかったが、今ではわかる。


 ヘルメットをかぶると、ランドは乱暴な加速でスラストバイクを走らせた。鉄の獣の疾駆は心地よく、平穏な日常に決して過度ではない刺激を与えてくれる。都市部へ向かう道路は自走式だ。だから、車輪が伝える道路の凹凸で時折身体が揺れる。


「それにしてもよ、この間、結構スッてしまったんじゃないか?」

「言うなよ。やっぱりギャンブルは苦手だ」


 ヘルメット内に仕込まれた通信機が、暴れる風の中でも、俺達の会話を成立させている。この間はランドに賭場に連れられたのだが、前世で賭け事の経験もなく、またそこまで頭がよくない俺では全く勝てない。そもそも、賭博が本当に勝てる仕組みになっているのなら、カジノなんてこの世に存在しないのではないか。


「じゃあ、今日はおとなしい遊びでもしますか」

「そうしよう。あんまり散財できないしな」


 ファインベルグバウ侯爵から与えられた生活費は、うまくやりくりしなければたちまち底をつく金額だ。いただけるだけ充分なのだが、金銭感覚は貴族学校生ではしっかりしている方といえる。有り余る親の資産を気の向くままに浪費する学生も珍しくない。それはそれで否定はしないが、意味があるのかはわからない。


「ところで――ッ!」


 唐突な制動で、俺の身体はつんのめるように前へと押し出された。垣間見えたのは瞬間的に燃え上がった火柱、そして後を追う轟音。爆発?


 何故と問える相手もいない。続けざまに、道路脇の建物の中腹でも爆発が起き、ガラスのシャワーが降り注いでくる。決して思い出したくない懐かしさを感じたのは、あの忌まわしい魔王の日にそっくりなシチュエーションだったからだ。


「あぶな!」


 ランドが反射的にスラストバイクを空中へと逃がす。本来、都市部での浮遊走行は禁じられているが、流石に緊急避難が認められるだろう。一つだけなら事故かもしれないが、二つ続けば事件だ。浮き上がったスラストバイクを舐めるように、突風が脇を通過した。


「キャバリー?」


 ランドの戸惑いの声。そうだ、キャバリーだ。軌道上から大気圏突入し、一挙に拠点を制圧するよう開発された新鋭兵器。人型兵器の姿が憎々しく見えるのは、あの魔王の日の焼き増しが目の前に展開されているからだろうか。


 飛んでいくキャバリーの向こうには星庁が見える。この惑星は、前世で言うところの地方都市的な惑星だ。当然、いわゆる田舎と違って、星庁が存在し、そこでまつりごとが執り行われている。地方都市的とはいえども、周辺星系にとっては中心となる惑星には違いない。翻って言えば、この惑星の星庁を抑えることは、即ち周辺星系の総てを手にするに等しい。


「嘘だろ、なんなんだよ」


 馬鹿な。この展開を俺は知らない。魔王が歴史に姿を顕すまで、一年間の猶予があるはずだ。当然、俺は銀河帝国に覇を叫ぶつもりはない。だというのに、魔王とは関係のないところで歴史が動いている。

 またもキャバリーが星庁へと飛翔する。その肩に描かれた紋章の意味――。


「連邦か!」


 銀河連邦国家。あの忌まわしい日、ヴァステンタイン辺境伯領星域に攻め込んできた、銀河帝国と鎬を削る星間国家だ。これまで小競り合い程度だった銀河境に攻め入ってきた魔王の日。正体不明の魔王によって局地的に痛手は被ったものの、結局はヴァステンタイン領は連邦の手に落ちた。それからは、また睨み合いが続けられたのだが、凪の時は終わり、またも嵐を吹かそうとするのか。


「ここは危ない」

「なに?」

「おろせと言っている!」


 キャバリーが通過しているということは、この場が戦闘空域になり得る。いや、そうでなくとも、キャバリーに衝突どころかかすめただけでも、人間の肉体程度簡単に四散する。ランドがスラストバイクを地上付近へと下ろそうとした瞬間――。


「ビェェェェエエエエエエエ!」


 絶望的な浮遊感。キャバリーが付近――といっても、数百メートル離れていただろうが――をかすめた衝撃で、俺はスラストバイクから転げ落ちていた。風の手荒い歓迎に、鼓膜が塗りつぶされる。風圧と絶望が俺の意識を遠のかせていくのが、自覚できた。高所からの落下死の際、人間は地上に達するまでに気絶しているとか聞いたことがある。きっとそれだろう――。


「ァァァァァァァァァァァァァァァ‼」


 諦念に気を失えれば或いは格好もついたものだが、俺は無様な悲鳴を上げ続けながら意識を手放してしまった。クソ――せっかく転生したってのに、こんなところで………………

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