第4話 地獄の沙汰は秋の空
翌日、イデ教官に連れられて、俺は珍しく屋敷の外に出ていた。屋敷とは言え、ヴァステンタイン辺境伯の屋敷の面積は小都市くらいの大きさがある。これでも、無限の広がりを見せる銀河帝国の貴族としては随分と慎ましいものらしい。前世は地球という惑星を切り取って、国同士の土地の奪い合いをしていたのだが、惑星まるごとを屋敷にするなど当たり前の星間国家の貴族様はスケールが違う。
さて、寝ている間にエアカーで連れ出された俺が目を覚ますと、そこには恐ろしくだだっ広い沙漠が銀河の縮図とでも言わんばかりに横たわっていた。馬鹿に眩しい太陽のせいで空はもはや白く、地平線を埋め尽くす砂礫の白さが黒く映る程だ。沙漠といえばカンカン照りで乾ききったイメージがあったが、意外にも湿気はあるようだ。
そして、広がる大砂漠にはエアカーと二つの人影がある。俺を遥か上から睥睨する影は、人間のものではなかった。
「良いか。こいつこそがコクピット・インファントリだ。インファントリは総ての基礎。これに習熟すればするほど、他の機動兵器の扱いもまた然り!」
やたらと暑苦しい感じのイデだが、なにか眼をキラキラさせながら興奮している。期待なんてされたくないし、そもそも嬉々として戦いになんて出向きたくない。俺は平凡な庶民の生活さえできれば、それで満足なのだ。
戦闘機のコクピットに申し訳程度の腰から手足が伸びたようなコクピット・インファントリはそれほど格好のいいものではない。大きさは三~四メートルほどか。アニメに出てくるようなロボットから比べれば随分と小型だが、実際に眼にすればかなり大きい。しかも、子どもの視点からではひとしおだ。妙に現実感のあるサイズは、こいつが襲いかかってきたのなら原始的な恐怖にかられるのは間違いないと思わせた。
「さあ、乗れ!」
説明もなしに促すイデ。こいつ、取扱説明書とか読まないタイプの脳筋だ。間違いない。絶対に朝にバナナ三本食べてる。(後に聞いたことだが、本当に食べていた)
なんとなく、アニメのお約束ではどこかに乗り込むためのスイッチみたいなのがあるはずと見てみると――あった。ピクトグラムで昇降の様子が描かれた横ん、それらしいスイッチ。
「一応言っておくが、練習機だから親切に描いているが、ホンモノにはこんなものはない! 今のうちに各部の役割を覚えるんだ!」
勝手なことを。そりゃ、俺も元とはいえオトコノコ。ちょっと不格好でもロボットなんて見て、興奮しないわけがない。――が、所詮は「元」である。それよりも、こんな代物に乗らされるということが示す未来を、冷静に考えてしまう。
絶対に、イデの奴は俺を軍人にさせようとか考えている。どうせ、軍で立身出世でもさせて、あわよくば皇帝の座を狙えるように育て上げるつもりだろ。だが、悪かったな。俺は軍人なんてなるつもりなんてないし、なったとしても出世できないぜ。俺は庶民になるんだ。軍人なんか初陣で死ぬか、運良く生き延びても俺は勇猛果敢な猪侍からは程遠いぜ、まいったか!
と心中で息巻いてはいるが、実際言えばゲンコツの痛みに耐えながら同じことが繰り返される説教という修行が貸されるため、黙って操縦席に座った。当然ながら、子どもには大きすぎるシートだ。ペダルも操縦桿も遠すぎて、触れることもできやしない。
「シートベルトをしめろ。そうすれば、適切な状態に自動調整してくれる」
言われるがままにシートベルトをセットすると、シートの荷重かなにかで俺の体型を認識したのか、シート位置が高く前に出るようになり、ペダルもせり上がってきた。
「おお、おおっ!」
思わず感嘆の声が上がる。ちょうどいい位置へと速やかに操縦席は調節され、眼前のモニタには同タイプのコクピット・インファントリに乗り込むイデの姿が映っていた。
「はい?」
何故に、あの無駄に大きな男はコクピット・インファントリに乗り込んでいうるのでしょうか?
「さあ、模擬格闘戦だ! 胸を貸してやるから思いっきりぶつかってこい!」
「はい?」
この脳筋は何を言っているのだろう。
「いやいやいや! 普通、こういういのは慣れてからやるもんでしょ! いきなり乗らせてハイどうぞって何考えてるんですか大体俺は最初からこんなの乗りたくないし子どもの内にロボット乗せてむち打ちとかしたらどうする気ですか当たりどころが悪けりゃ死にますよいや死ぬ今すぐ死ぬ今にも死ぬ」
「情けないことを言うな! もし、敵が目の前にいたらどうする気だ! 座して死ぬ気か! これはお前の選択肢を増やすためにやっているのだ」
「今まさに俺の平穏を破る敵が目の前にいるんですけどね! 選択肢を増やすって言っても、できる手段のせいで思考が偏ることだってあるでしょうが!」
そう、イデ教官という脳筋のように! イデ教官という脳筋のように! イデ教官という脳筋のように!
「一理あるが、今この場を凌げなければ、その選択肢そのものも消えるぞ」
「それは一体どういう……」
メッセージウィンドウにいで教官野底意地の悪い笑顔が映った。正直、いい気分にはなれない笑みだ。
「つまり、だ。お前が言うようにこの場で死ぬ!」
「ビエエエエエエエエエエエエエ!」
いきなり突っ込んでくるイデ。忖度という言葉を知らんのか、このおっさん。こっちは操縦方法もわかっていないというのに!
衝撃。曲がりなりにも動きだけはなんとか捉えていたので、舌を噛むことはなかったが、強すぎる振動に頭が揺れる。首が痛い。見上げれば、拳を叩きつけようと振りかぶる』コクピット・インファントリ。顔を思わせる造形のない巨人には操縦者の感情が一切見えず、それだけに不気味で――。
絶対的な恐怖、自分が
「ピャアアアアアアアアアアアア」
絶望感に押しつぶされた悲鳴を上げるしかなかった。
* * *
拳を操縦席に叩きつける――などするわけがない。あくまでも模擬戦のトドメという意味で、勝敗の帰趨するところを明確にする演出に過ぎなかった。軽く当てる程度に手加減したゆるやかな動き。だが――。
「ッ!」
仰向けになっていたリベルのインファントリが
――まずい。
インファントリによる関節技。無論使い手がいないわけではない。しかし、機体ごとに異なる性質を持つ機動兵器では有効となる例は少ない。あくまで最後の手段として、打撃も不可能な倒れ伏した体勢――そう、今のリベルのように。
即座に捻りながら腕を引く。幸いにも腕の獲りは甘かったらしく、術中からは逃げおおせた。しかし、ヴァステンタインは背中に流れる衝撃で吹き出た汗を強く意識させられていた。
信じられぬ。
確かに、本人の知らぬところで睡眠学習を行っていたのは事実であるが、それでも操縦法など身体に関わる部分は、実際との整合性を合わせる必要がある。操縦法を知ると得るとでは隔たりがあるように。
しかし、現実はどうだ。リベルは操縦法を完全に習得していると断言していい。やおら立ち上がるコクピット・インファントリには、今や強者の風格さえ感じられる。武門の家系に産まれただけあって、ヴァステンタインはリベルよりも幼少から様々な武器・兵器に触れてきたが、
「なら、確かめてやる」
姿かたちとは打って変わった、インファントリの踊るような動きは本来、中上級者向けのテクニックだ。緩急を織り交ぜた拳法に通ずる川の流れが如き体捌きは、決して今日初めて機動兵器に乗った小僧っ子では見切れぬ。況してや、変幻自在から繰り出される拳の一打は、わかっていたとて躱しきれるものではなかったはずだった。
脊髄をひた走った冷たい電撃。それの命じるままに、ヴァステンタインは身を引いた。拳打が無為に終わることへの躊躇などなかった。半ば無意識域。鍛えてきた勘に従った直後、装甲を擦過する耳障りな音と震動に苛まれる。
「やはり、な」
当然のように、リベルは躱し難い一打を躱し、あろうことかカウンターを合わせてきたのだ。一瞬でも身を翻すのが間に合わなければ生命すら危うかったかもしれない。
またも、リベルが無我の境地へと達したのだ。その証拠に、平素の臆病さは鳴りを潜め、完全に眼前の敵を倒すというベクトルに総てが注がれている。これでは、終了の声も届くまい。
――久しぶりに本身で行くしかない。
「皇子、もし結果がどうあろうと、お恨みなさるな」
* * *
俺が眼を覚ますと、イデ教官が見下ろしていた。横を見ると、地面に拳を突き立てた鉄騎兵と、仰向けに倒れた鉄騎兵が彫像と化していた。既に日が傾き始めていたことから、相当な時間、気を失っていたとみえる。
だが、まだ帰れそうな時間ではない。これから、さらなる鬼のシゴキが待っているのだ。気絶したままの方が幸せだった確信できるほどのシゴキを、だ。
自分で思うのも何だが、幽鬼のように立ち上がる。死刑執行を待つ罪人の気分とはこんなものだろうか。
しかしながら、俺の死刑執行人は意外なことを言った。
「よぉし、今日はここまで! 返って、ゆっくり休むとするか!」
そういうと、さっさとエアカーに乗り込む。しかも、何故か上機嫌のようでやたらと浮足立った足取りなのだ。
「ほら、帰るぞ。なに、インファントリは後で回収させる」
「はぁ」
まあ、今日のところは地獄の沙汰は秋の空とでも言おうか、せっかく訓練が終わりというんだから、素直に従っておこう。
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