二章 小さな客人 三
(取り逃がしたか)
しゃんと手にある
確かに昨日の
寺院の裏だろう。通りに面して生け
(あやかしに
あの娘が人であるのは間違いない。ただ、人でありながらあやかしの
彼女がその一員でないとは言い切れない。そうであれば人間であっても、あやかしと同類と見なし、
(ことに、ここは浅草。
(あの娘が一族の生き残りであれば)
「足が速いなぁ、坊さんよ」
背後から声をかけられた。その男が純有の後を追っているのには気づいていたので、驚きはしなかったし、ふり返ることもしなかった。
鳥打ち
「あんた、あの娘の知り合い? それとも見ず知らずだが、あの娘と話でもしたいのかな?
「あの娘は何者だ」
「
「あなたは、あやかしの下僕か」
「は?」と、男はきょとんとした。
「違うようだな……」
口にしたその
「桂川龍介」
不思議な
(
「これはこれは。忽那先生」
あやかしから、桂川龍介と呼ばれた男は、
「先生を
「礼金は払った。その先の
「先生の
「命が
あやかしがうっすら笑うと、龍介の顔が引きつる。
「
「わたしは、冗談は
それから美しい
「貴君は、見たことのない顔だ。しかしその殺気には
「
「わたしのような者? 言うではないか。わたしが何者かも、わかるまい?」
「二人とも、わたしには
それだけ言うと身を
龍介はぽかんとしていたが、純有も動けなかった。
あやかしの
(あんなものが、まだ、この地に存在するのか)
純有は背後に立つ龍介をふり返った。
「あなたは、あの者が
問われた龍介は
「忽那青紀だよ」
「忽那青紀?」
聞き覚えのある名だが、どこで聞いたかは思い出せない。龍介は驚いたように声の調子を一段上げる。
「知らないのかい。作家の忽那青紀だ」
「ああ。聞いたことがあります」
流行作家の名だ。純有のような
「作家。そうですか」
「あんたがなんのつもりで、あの娘を追っかけてたかは知らないが。あの先生の様子じゃ、手を出さねぇ方が無難だな。俺も、よけいなことをしない方が良いかもな。おっかないぜ」
純有は、あやかしが消えた方向に再び目を向ける。
(強大な妖力のあやかしだ。人の形をしているが、
路面電車が
(忽那青紀、か)
◆◆◆◆◆◆◆
茶釜がお勝手で
使い込まれた
「
と
食事の後、女の子を
見つけ出したのは、おそらく佐名が幼い
風呂上がりにそれを着せ、
「可愛いおべべ。ありがとう」
女の子はくるくると、
「似合うわ」
「うち、ずっと昔から、赤いおべべが欲しかってん」
「喜んでくれて、よかった」
「うん、うん! 生まれ変わったような気分やわ。可愛いわぁ」
安心と心地よさを手に入れた上で、さらに重ねられた喜びを感じて、佐名も嬉しくなる。女の子の仕草も表情も、見違えるように溌剌としていた。
(たかが身なり、されど身なりね。表情まで違うもの)
自分が選んだ着物が女の子に似合っていることに、満足した。
「馬子にも
茶釜が、褒めているのか
「あ、茶釜……。その、この子は」
「この子、喋れるんやね。
「喋れるどころか、料理もお
後ろ足で立ち上がりふんぞり返る茶釜に、女の子は「そら、おおきに」と頭を下げた。
「驚かないの?」
佐名の方が、女の子の反応に驚いた。
「うん、別に。だって狸は化けたり化かしたりするのが
そんな
「この子、この家の子なのよね、茶釜」
「品のない、可愛らしくもなんともない、ぽんこつ狐は、この家に住んでます」
「仲悪いの?」
「狐ですよ!?
「かちかち山ね……気持ちはわかるけど、やっちゃだめだよ」
女の子は畳に正座すると、子狐に向かって深々と三つ指をつく。
「お
◆◆◆◆◆◆◆
なぜか
佐名は子狐を
「ありがとう。この子にもご挨拶してくれて」
「当然やん」
顔をあげた女の子の前に、子狐を
「昔から狸と狐は仲悪いて決まってる、相場通りやな」
女の子は
「あなた、名前はなんていうの?」
「
「それは名前じゃないよね。『
「名前は、ない」
「そうなの? お父さんとお母さんは? 堂島
「お父ちゃんもお母ちゃんも、知らん。ずうっと昔にはいた気もするけど、覚えてへん。堂島屋にはな、昔から住んでたんや。堂島が上方にいた時から一緒にいて、東京にも一緒に来たから」
「上方?」
堂島家の先祖は
この女の子は、上方から堂島と一緒に東京に来たと言う。しかも堂島家の屋号を、今は
さらに喋る子狸に
(まさか)
佐名は目の前の女の子を見つめる。
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