第48話 フェルマニス防衛戦――②

「タンク隊、構え!」


凛々しい女性の声が響くと、鎧を身に纏った屈強な男達がバカみたいに大きな壁盾を構えて教会前に陣取った。

彼らの身につける鎧には炎の印が記されている。


「待たせてすまない。ここは我々第三騎士団、ラウラ隊が引き受ける!」


女性騎士が剣を掲げた。

その瞬間、周囲から歓声が響いた。


「紅蓮の騎士、第三騎士団だ!」

「助かったぞ!」

「よかった、よかった……!」


民衆は随分と彼女達を信用しているみたいだ。それほどの手練なのだろうか。

女性騎士は目前に迫るオーガの群れに剣先を向けた。


「フェルマニア王国第三騎士団団長ラウラの名のもとに、ここから先は一匹たりとも通しはせんっ!剣士隊、左右に展開!術士A隊、後方支援開始!術士B隊、法撃準備開始!」


ラウラと名乗った女騎士の指示通り、騎士達が揃って素早い動きを見せる。


「タンク隊進め!剣士隊攻撃開始!」


騎士団の猛攻撃が始まった。

手前にいたオーガ達の攻撃を巨大な盾を持ったタンク隊が引き受ける。その隙をついた剣士隊が火炎強化を施した剣撃で側面から攻撃を開始。次々に目の前のオーガ達を殺害していく。


「前線総隊下がれ!」


前線の部隊が瞬時に後方まで下がる。


「法撃、撃てぇ――!!」


後方で魔力を溜めていた術士隊が熱魔法による火炎を一斉に撃ち放った。

残っていたオーガの群れが瞬時に焼き払われる。

周囲の歓声はより強まっていく。


「すげぇ!!」

「これが紅蓮の騎士団の力だー!」


教会内の澱んでいた空気が一気に吹っ切れた気がする。

団長ラウラが凛々しい顔でこちらへ振り返った。

まずい、と思って俺はすぐに顔を隠し、ボックスから先日シャルに貰った認識阻害の魔法のかかったフードを取り出して頭に被った。

被りながら本当に効果あるんだろうな、と思いつつ大人しくしていると、


「あ、あれ?ユウ様?あれ?」


隣にいたソフィアがキョロキョロとし始めた。まさかと思って彼女の正面に立ってみるが、どうも俺を俺だと認識出来ていない様子だ。しかし俺の服装を目にすると、「あれ?ユウ様、あれ?」と再び混乱した表情を浮かべていた。


「ソフィア、俺だ」

「ひゃあっ!?」


俺が頭のフードを外すとソフィアが素っ頓狂な声で叫んだ。


「あんまり大きな声を出すなよ」

「え、え?あ、す、すみません……」


未だ状況が飲み込めてない顔をしている。このフードの力はどうやら本物だったらしい。

後ろから声が響いた。


「私は王国第三騎士団団長、ラウラだ!待たせてすまない、我々が来たからにはもう安心だ!南区全域の守護は我々第三騎士団が請け負うことになる!我々第三騎士団の別働隊、オーリック隊とゼファルス隊が既に他の教会や逃げ遅れた住民の避難誘導を行っている!家族や友人と離れてしまった者も安心してくれ!」


団長ラウラが大声で民衆に説明すると、皆ほっとした表情を浮かべ始めた。まずは彼らの不安を少しでも減らそうと考えているのだろう。

しかし南区全域を第三騎士団だけで守護するのは、少し厳しい気がする。騎士団は第一から第五まで存在するらしいが、順当に考えれば上流階級の人間が多く住み、かつ城に近い中央区は最強戦力である第一騎士団が守護するに違いない。残りの四団は東西南北の区域をそれぞれ守護することになるのだろう。だが、はたしてたった一団で一区域全部を防衛できるだろうか。


「ただ、ここからが重要なことだ。みな聞いくれ。我々騎士団も懸命に戦ってはいるが、何分被害が広範囲に及んでいることもあり全てを守り切るのは難しいかもしれない。そこで皆に頼みがある。この街を守る為に、我々に力を貸して頂きたい。無理を承知の上で頼んでいる。ただこの街を守りたい、その思いだけは我々騎士と君たち民間人との間にも相違はないとそう思っている。だからどうか、戦える者は我々と共に剣を握ってくれ!共にこの街を守ってくれ!」


ラウラが頭を下げた。

誇り高き騎士が民間人に頭を下げる。普通では有り得ない状況だ。そんな彼女を見た民衆達は先程までの恐怖心など忘れて、拳を掲げながら叫び始めた。


「もちろん協力するぜ!」

「俺は冒険者だ!是非俺も使ってくれ!」

「私達でこの街を守るのよ!」


かつてないほどの団結感と熱量が生まれている。


「みんな……ありがとう!」


ラウラが感極まった表情を浮かべている。その横から、


「団長!再び魔物の群れが接近、やはり人の密集した場所へ集まってきている様です!」

「さっきより多い……どんどん魔物の数が増えています!」

「よし、全隊戦闘準備!何がなんでも守り抜け!」


ラウラ隊に冒険者が加わり、迫り来る魔物の群れへと攻撃を開始した。

まったく、勝手にやっててくれと思う。盛り上がっているところ悪いが、騎士団も到着した事だし、これ以上の加勢はするつもりは無い。これ以上目立ってたまるか。


「さて、今の内に俺たちは中へ――」


俺がノアとソフィアを連れて建物内へ入ろうとした、その時だった。

ここより遥遠くの方から地鳴りにも似た爆発音が聞こえてきた。音の方向へと視線が集まり、釣られて俺も目を向けるその先に、


「まさか……」


この街の中心、高台に聳え立つ巨城、フェルマニア城から黒い煙が昇っていた。


「バカな!街の中央にはまだ魔物は出現していなかったはず……それに城には強力な結界が……」


それを見たラウラの顔色が変わった。

城にはフェルマニスを囲む壁よりも強力な魔避けの結界が張られている。こうもあっさり破られるものだろうか。

しかし城の周辺はベルザム団長率いる第一騎士団が守護しているはずだし、どうにかなりそうな気はするが。


「まずいぞ……中央区には魔物が出現していなかったから今は守備が薄い……。それに兵力を街に裂いているため城の中も手薄……。くそ、第一騎士団が遠征の時に限ってこれか……」


ラウラが深刻な表情で言う。どうやら第一騎士団は不在らしい。


「くそっ!せめて私だけでも戻らねば」


しかし騎士の一人が、


「なりません!今団長がここを離れれば指揮を取れる者が……ただでさえ魔物が増えているのに、このままでは押し切られます!」

「しかし、」


なるほど、これが魔人族たちの作戦だったのだろう。主力の第一部隊が遠征中の襲撃。中央区を除いた東西南北を魔物に襲わせ、城の警備を弱らせる。戦力は分散し、騎士団達はその場の防衛に手一杯。城に兵を戻せた頃には全てが後の祭りって寸法だろう。考えたものだ。


「あぁ……お、お城が……」


隣で真っ青な顔をしたソフィアが震えていた。

彼女は元々城で生活しながら働いていたのだ。知り合いも多いことだろう。


「今他人の心配をしたって無駄だ。それより俺達は中へ入ってよう。後のことは騎士団に任せとけばいい」


俺はノアとソフィアの背中を押しながらそう言った。しかしソフィアが何とも言い難い目で俺の顔を見つめながら、


「ユウ様は……!?心配ではないのですか!?王女様や勇者様達のことが……!」

「ばっ、声が大きいって――」


ソフィアが大声を出すもんだからギョッとした。こんな場所で勇者だの王女だの、騎士達に聞かれでもしたら怪しまれてしまう。

しかしソフィアはお構い無しに俺の手を掴み取り、顔を覗き込むように詰め寄ってきた。

彼女の大きな瞳は今にも涙が溢れてしまいそうなほど潤んでいる。


「ユウ様……お願いですっ、皆様の所へ、王女様達を助けに……」

「は、はあ……?何でそうなる……」

「きっと後悔なさいます……っだから、だからっ」


彼女の勢いに押され、尻込みして、少しだけ足が下がっている。

そしてついに、彼女の瞳から涙が溢れ始めた。


「お願いです……お願いですっ。ユウ様、どうか……お願いします……っ」


ついに泣き出してしまった彼女を呆然と見つめる。

何故そこまで、涙を流すほどどうして。分からない。彼女の気持ちが理解できない。今どんな気持ちで涙を零しながら、俺に城へ向かうよう懇願しているのだろう。

どうして彼女はそこまで。


「あいつらは、勇者だぞ……俺の力なんかなくたって切り抜けられる……」

「……、」


ソフィアの涙に濡れた瞼が、ほんの少し何かを諦めたように下がった。そんな彼女の視線から、俺は逃げるみたいに視線を逸らす。

恐ろしいことに、ソフィアの涙を見て一瞬俺はまた愚かな考えが浮かびそうになっていた。

あいつらは俺を裏切った奴らだ。助けてやる義理も無い。どうだっていい。どうだって。


「さあ、二人とも中に入るんだ」


俯き陰ったソフィアの背を押す。

そして先程まで隣で心配そうに俺の顔を見つめていたノアの肩に俺は手を置いて、彼女と向き合った。


「ノア、大事な話があるんだ」

「うん」

「少しの間だけ、俺が戻るまで、それまでソフィアのこと頼んでもいいか?」

「……うん」

「お前だけが頼りなんだ。彼女のことを、守ってやって欲しい」

「うん、わかった」


ノアが少しだけ、どこか残念そうに笑って頷いた。


「ユウ様……?」


ソフィアが困惑した表情で俺を見つめる。


「悪い二人とも。ちょっとだけ、野暮用を思い出した」

「ユウ様……っ」


ソフィアの曇った瞳が晴れる。

別に、あいつらを助けに行くわけじゃない。ほんの少し様子見をに行くだけ。あとはそう、魔人族達に報復するためだ。それ以外の理由などない。


「頼んだぞ、ノア」


そう言い残して振り返り、俺は力強く一歩を踏みしめた。



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