第47話 フェルマニス防衛戦――①

上空から火炎の放射が降り注ぐ。

ノアとソフィアを両脇に抱え、その場を飛び避ける。

飛び退いた先で二人を下ろし、


「そこを動くなよ!」


目の前の建物の屋根へと飛び乗った。

すぐ近くを飛んでいたワイバーンが俺を睨みつけて、咆哮を上げる。

屋根上の赤い瓦を蹴り壊し、上空に高速で飛び上がって剣を振り抜いた。

一瞬、剣がワイバーンの長い首をすり抜けたかの様に錯覚するほど、素早い剣速の一撃。振り抜いた軌道に沿って血飛沫が円状に広がり、遅れて突風の如き衝撃波が周囲の空間を揺るがした。

首と胴体が切り離された巨体は民家の屋根に落下し、屋根瓦を破壊しながら地面に滑り落ちて転がった。

すぐにノアとソフィアの元へと駆け寄る。


「二人とも、ここは危険だ。早く避難しよう」


屋根に登ったとき、町中の至る所から黒煙が上がっているのが見えた。はたして安全な場所など近くに存在するのかどうか分からないが。


「な、何だこりゃあ――!?」


近くから大声が聞こえてきた。

視線を向けると宿の入口から出てきたエプロン姿のオッサン、店主のブランが近くに転がったオオトカゲの死骸を見て慌てふためいている。


「おいユウ……!こりゃいったい、一体どーいうこった……!?」

「ブラン、非常事態だ!俺にもわからんが、街中に魔物が侵入してる!それもとんでもない数の魔物が!」

「なんだとぉ!?」

「今すぐ店ん中にいる連中連れて避難しろ!」

「ひ、避難ったって、どこに!?」

「知らん!その辺はお前らの方が詳しんじゃないのか!?どっか避難場所みたいなのはないのかよ!?」

「あ、ああ〜ええと、こーゆう場合は確か〜…………」


日本では自然災害などが起きた際に、その地区の住民が避難出来る避難所が予め決まっているが、この国ではこういった事態に陥った時の避難場所が設定されていないのだろうか。だとしたら俺にもどうすればいいのか分からない。

そのとき、


「教会だ――!!」


遠くから男の声が響いた。

振り返ると、カインが物凄い勢いで通路を駆け抜け迫って来ていた。


「カイン!」

「ユウ!無事だったか……!」


カインが俺の元まで駆け寄ってくる。

俺の側まで来るとカインは怖いほど真剣な眼差しで物凄い早口に、


「ユウ、教会に行け!ここから一番近い教会だ。教会には回復や防衛術の使える神官が大勢いる。でかい所だと怪我人を数百人は寝かせられる。いいか、このことを出来るだけ大声で周囲の人間に伝えながら教会に向かうんだ。伝えた連中にも、同じようにこの話を広めるように言ってくれ。こんな状況になったのは初めてだし、教会が非常時の避難場所だって知らない奴はきっと多い。ノアちゃんを教会に連れて行ったら、その後はお前にも魔物を相手するのを手伝って貰いたい」


少し呆気に取られた。


「おい、聞いてるか?」

「あ、ああ、分かった」

「よし、取り敢えずお前はノアちゃんを教会まで連れて行け。その後は教会を守備しつつ、近くの魔物を倒していってくれ。俺は他の冒険者達を何とかかき集めて、あちこちに戦力を回してみる。マキナや他のAランカーも既に動いてる。上にいる騎士団が到着するまで、ここら一体の守備は正直お前が頼りだ、頼んだぞ……!」


そう言い残すとカインは直ぐ様走り出した。流石にAランカーは判断が早い。


「聞いたかブラン?」

「ああ了解した……!」


ブランはエプロンを脱ぎ捨てて宿の中に戻って行った。中にいる客や従業員を連れ出すつもりみたいだ。


「ノア、ソフィア、俺達も早く避難しよう。この辺だと、近くに大きな大聖堂があったはずだ」

「ん」

「は、はい!」


――――――


――――


――


教会前に辿り着くと、そこには恐怖に顔を引き攣らせた民衆でごった返していた。悲鳴や喧騒が飛び交い、人々の恐怖心が空気中に蔓延している。


「押すな、押すなよ!」

「早く進めえ!」

「押さないで!女性と子供が優先だ!」

「もうすぐ満員になる!怪我人は別の教会へ回ってくれ!」


正にパニック状態。何かの映画で見たような非日常的な光景がそこにある。

俺達が呆気に取られていると、教会の中から祭服を纏った男性の神官二人と修道服の女性二人が現れた。


「神聖術を使います!離れて!」


一人がそう叫ぶと、二人の神官が同時に杖を天に掲げ呪文を唱え始めた。詠唱を終えた次の瞬間には、教会の敷地全域を覆うほどの半透明の結界のようなものが展開された。


「魔力石の準備を」

「「はい!」」


術を行使する神官の後ろで、修道女二人は幾つもの魔力石を取り出した。恐らく結界を維持する為の魔力を石から補給する為だろう。そんな使い方があったなんて今知った。


「きゃああああ――ッ!」


どこからか甲高い悲鳴が聞こえた。

結界の外を見ると、赤い鱗を持ったオオトカゲが結界へ体当たりを繰り出していた。


「サ、サラマンダーだ――!」

「なんでこんな所に……」


人々の不安げな声などお構い無しに、オオトカゲが結界に体当たりを繰り返す。その度にぶつかった場所から稲妻が走り、結界が大きく揺らぐ。

どよめき、遂に大声で泣きだす子供まで出始めた。


「結界を守れー!」


武器を持った男たちが大声を上げながらオオトカゲの前に立ちはだかる。見たところ衛兵のようだ。


「行くぞー!」


槍を持った三人の屈強な男がオオトカゲの側面に回り込み注意を引く。

その隙に背後から剣士二人が斬り掛かる。


「死ねぇえ!」


しかしオオトカゲの巨大な尻尾が鞭のように撓り、剣士二人を弾き飛ばす。

更に追い討ちをかけるように、上空に飛来したワイバーンの一匹が結界に火球を吐き捨てた。

火球が結界に直撃し爆発。結界が強烈に歪みを見せる。

人々の悲鳴が最高潮に達する中、俺は結界の外へ走ると左手に溜め込んでいた魔力を炎に変換させ、ワイバーンに向けて打ち出した。

ワイバーンは全身が呑まれる程の強烈な爆発に巻き込まれる。

続けて素早くオオトカゲの間合いに潜り込み、右手に取り出したランク4の直剣で三連撃。オオトカゲの頭が三つに弾け飛んだ。

しかし上空のワイバーンが怒り狂った様子で吠えている。全身の鱗が所々剥がれ傷を負ってはいるが、まだ生きている。先の熱魔法で仕留め切れなかったみたいだ。熱に耐性があるのかも知れない。

ワイバーンの口元に炎が溢れ始めたのを見て、照準を教会から逸らすために結界から距離をとった。

手に魔力を集めながら、上空から降り注ぐ火球を避けつつ駆け抜ける。

魔力が十分に溜まった感触を感じ取り、左手をワイバーンに向けた。

強固に圧縮された空気の塊。刃の形となったそれが、弾丸の如き速度で射出される。ワイバーンの腹部が大きく斬り裂かれ、天高く轟くワイバーンの悲鳴と共に、巨体が地面へと落下した。

その隙を狙って飛び掛り、ワイバーンの目玉に剣を勢い良く突き立てて、その奥にある脳髄を破壊した。

一部始終を見ていた協会敷地内の観衆からどよめきの声が溢れる。それを聞いて、しまったと思う。緊急事態とは言え人前で目立ちすぎてしまった。


「いいぞ!この調子で防衛しろー!戦える者は手を貸してくれ!治癒系のスキルが使える者は中に入って怪我人の手当を!騎士団が到着するまで何とか耐えるんだ!」


中年の衛兵の男が大声で指示を出し、他の冒険者達が威勢よく叫び声を上げて飛び出してきた。

その隙に俺はノアとソフィアの元へ静かに戻る。


「ユウ様!お怪我はありませんか!?」

「ああ、大丈夫だ」


ソフィアが胸を撫で下ろした顔で溜息を吐いた。


「お前達は建物の中に入ってろ。結界が破られたらここも危ない」

「ユウ様はどうなさるんですか?」

「俺はもう少し魔物の相手をしていくよ」


とは言えこれ以上目立たない程度に抑えるつもりでいる。衛兵に冒険者もいるし、少し手を貸せば何とか凌げるはずだ。


「ユウ……」


ノアが心配そうに俺の手を握った。


「心配するな。少しの間離れるだけだ」


そう言ってノアの頭を撫でた、そのとき。

背後からバチバチと弾けるよえな音が聞こえた。

振り返ると、


「あれは……」


筋肉質な青い肌。そこには五メートルサイズの巨人が、鬼の形相でひたすら結界を殴りつけている姿があった。それだけじゃない。巨人の後方から同じ魔物が群れとなって押し寄せてきていた。かなりの数だ。人が集中しすぎたせいかもしれない。


「オ、オーガだぁ!」

「早く奴を止めろ!」


しかし乱暴に殴りつけられた結界は酷く歪み、ついに亀裂が生じ始めた。


「まずい、破られるぞ……!」


そう叫んだ俺が剣を握ったその瞬間――オーガの側面から爆発が三連続、奴を吹き飛ばした。


「何だ!?」


人々が戸惑いを見せる中、そいつらはゾロゾロと教会の前に現れた。





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