第45話 動き出す影

城内にある訓練場広場に少女のキンキンとした声が反響した。


「だ~か~ら、何度言えばわかるの!?一度に魔力を使いすぎなのよ!せっかく適正があるんだから、もっと効率よく魔力を練りなさいよ!」

「ご、ごめんナギ……」


少女に怒られ、一神は困ったように謝った。

彼女の名はナギ。フェルマニア王国一の魔法使いと呼び声高い少女だ。

燃えるような綺麗な赤髪が特徴的だが、それよりも何よりもまず、低い背丈に目がいってしまう。パッと見た目で小学校高学年、よく言って中学生くらいの年齢に見える。一神が初めて彼女と会った時は、まさか彼女が十八歳の女の子だなんて思いもせず「どなたのお子さんですか?可愛い子ですね〜」と言って頭を撫でて鳩尾をぶん殴られた。


「はあもういい、今日はこれで終わりにしましょ」

「う、うん。ありがと」

「ふんっ」


ナギは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

彼女はいつもこんな態度だ。

けれどこればかりは仕方がない、と一神も思っている。ナギはわざわざ自分たちに魔法を教えにこんな所まで足を運んでくれているのだ。それだと言うのに、ナギの授業に参加しているのは自分と星野の二人だけ。それも今日に関して言えば、星野は成村の部屋に行っているので、今は一神ひとりだ。怒って当然だった。


「いつも悪いな、ナギ」

「ふんっ、悪いと思ってるなら少しは上達してよね。あんた本当に勇者なの?」

「あはは……面目無い」


とは言うものの、一神の魔法技術は順調に向上していた。元々全属性の適正がある上に、勇者としてのポテンシャルの高さか覚えもいい。ただナギからすればまだまだ、と言うだけの話なのである。

彼女は本当に優秀だった。勇者の一神でさえ現状彼女には手も足も出ない。魔法に関して言えば、王国最強と言っても差し支えない。


「ねぇあんた」

「な、なに?ナギ」

「あんた勇者なんでしょ?だったら他の連中どうにかしなさいよ。このままじゃいつまで経っても依頼が達成できないじゃない」


ナギはぶっきらぼうに言った。

彼女の依頼は元々、成村に魔法を教えることだったと聞く。一神達に魔法を教えるのはそのついでみたいなものだ。

確かにこのままじゃナギにも悪いし、今後のことを考えるとどうにかしなければならないとは一神も思っていた。しかし、どうにもならないことだってある。

現状、勇者パーティーの士気は最悪だった。アリスは無理に笑顔を作っては影で泣いている。成村は未だ部屋にこもりっきりだし、桐山はいつも一人でどこかへ行ってしまう。ベルザム団長も後ろめたいのか、ほとんど一神達の前に姿を現さなくなった。みんなの心はバラバラ。こんな状態で戦場に立てば、必ず全員死ぬだろう。


「…………僕らにはね、もう一人仲間がいたんだ」

「何よそれ」


突然語り始めた一神に対して、ナギは首を傾げる。


「すごく良い奴だった。彼がいるだけで、みんな笑顔になる。でもある時、彼は千代を庇って……」

「……死んだの?」


一神は答えなかった。しかしそれは最早、肯定しているのと同義である。


「助けられなかった……いや、僕らは彼を見捨てたんだ。彼は命懸けで僕らを守ってくれたのに、そんな彼を置いてその場から逃げ出した。きっと皆、そんな自分のことが許せないんだと思う」

「あんたもそうなの?」

「ああ、こんな不甲斐ない自分が許せない。守るって約束したのに、僕は逃げた。友達を裏切った……」


一神の後悔に歪んだ顔を見つめ、ナギはゆっくり息を吐いた。


「あんたらがどんな世界で生きてきたかなんて知らないけど、そんなのこの世界じゃごろごろ転がってる話よ。私はパーティーとか組んだことないしよく分かんないけど、仲間を救えなかったとか、ダンジョン内に置き去りとか、よく聞く話だわ。これはあんた達にとっての試練なのよ。仲間の死なんて、遅かれ早かれ経験するに決まってる。あんた達が相手にしようとしてるのはそういう敵なの。魔王の城で今の状況に陥らなかっただけマシと思うべきね」


一件酷い言い草に聞こえるが、彼女なりの優しさも垣間見える。確かに敵地のど真ん中でパーティー崩壊が起きていたら、とてもまともに戦えはしなかっただろう。今ここで仲間の死を乗り越えろ、彼女はそう言っているのだ。


「もしかして励ましてくれてる?ありがとう」

「は、はあ!?なななんでそうなるのよ!勘違いしないでよね!」


顔を赤くして慌てるナギを見て、一神はくすりと笑い、そしてまた俯いた。


「みんな、多分きっかけさえあれば、またあの時みたいに笑えるはずなんだ。きっとそうなんだ……」


みんなの笑った顔を、一神は久しく見ていない。


「……別に、あんた達のことなんてどうでもいいけど、精々私に迷惑をかけないようにしてよね」

「はは……そうだね、ごめん」


一神は困ったように笑った。



作戦会議の途中、乱暴に机に拳を打付ける音が響いた。


「どうしてだクォレス!?何故やつを放っておく!あいつはベートを、俺たちの仲間を殺したんだぞ!?」


魔人族の男ハデルが身を乗り出して激高していた。それはこの隊のリーダーであるクォレスが、ベートを殺した人間族の男から手を引くと言い始めたからに他ならない。


「落ち着けハデル」

「落ち着いていられるか!あの人間を放っておくって!?正気かよ!? そもそも何故あの時すぐに奴を殺しに行かなかった!?ベートだって助けられたかも知れないのに……!」


ハデルの言い分は、クォレスにも分からなくはないのだ。出来ることなら自分だってそうしたかった。だがそう単純な問題でもない。


「あの時全員で特攻したとして、果たして奴に勝てたと思うか?」

「あ、当たり前だ……っ、俺とレジーナ、クォレスお前だっている。魔物も使えば」

「どうかな。半端な攻撃は奴に通用しないことはお前が身をもって知っているだろう。実際作戦を変更して奴の虚を衝き、ランク7の剣で心臓まで破壊した。それでも奴は死なないどころか、次の瞬間には無傷で立ち上がった」

「そ、それは……けど俺達なら」

「仮に奴を倒すことが出来たとしても、それは俺達が本気を出し、かつ魔物をあの場に召喚しての話だ。当然奴も抵抗する。そんなことをすれば周囲への被害は免れない。騒ぎになれば俺達の計画は全て水の泡だぞ」

「……っ、」


クォレス達には絶対に成し遂げなければならない任務があった。


「幸いにも奴は、何故か俺達のことを他の仲間に話していない。ベートの遺体も俺達が回収している。証拠は残していない。まだ計画は終わっていないんだハデル。奴からは手を引け、もう関わるな。目的を見失うなよ」

「わ、分かってる……」


ハデルが拳を握り締めている。それを見つめながらクォレスは続けた。


「では話を戻そう。まずはハデルから報告を」

「……、以前ベートと実験し確認済みだが、魔大陸からこの距離でも転移魔法装置は問題なく作動した。装置は既にこの街の四箇所に設置済み。いつでも魔物を呼び出せる」

「そうか」


以前ハデルはベートと共に、転移魔法装置と呼ばれる魔道具の動作実験を街から少し離れた森林の中で行っていた。その時点で装置には何の問題もなく、魔大陸の魔物をこの地に呼び出すことが出来た。


「次は私ね。この国の騎士団の一人をペットにしてみたの。そしたら色んな情報を吐いてくれたわ。今日から一週間後、王国最強と言われる第一騎士団が遠征に向かうそうよ」

「そうか、良くやった」


クォレスは不敵に笑みを浮かべた。

またとない機会が訪れた。


「準備は整った。この機を逃せば次はない。一週間後、作戦を実行に移す」


魔人族達の計画はついに動き始めたのだった。




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