第41話 決意

マレの背を見つめながら、橋の上をゆっくり歩いた。少しだけ距離が遠い。あんなことがあったのだから、今はどんな顔をして彼女の隣を歩いていいのか分からない。何て声をかければいいのかも。

せめて、YESかNOで答えるべきだったと思う。「分からない」って何だ。そんな情けない答えあるか馬鹿野郎。しかし後悔している今でも、その答えを明確に答えられる自信はなかった。

そもそも彼女はどうして俺なんかを好きになったのだろうか、甚だ疑問である。

マレの背中を見つめながら考える。

俺は彼女に何かしただろうか。彼女に好かれるようなことを。確かに彼女を利用しようと作り笑顔でそれなりに優しく接してきたつもりだ。プレゼントも送った。それ以外には、特に思い当たる節はない。それだけで異性から好かれるのだったら、この世に童貞は存在しないよな。

頭の中がグルグルする。この手の問題で悩んだことはないし当然だ。

夕日に照らされたマレの背中は、今も一定の距離にある。

彼女に理由を直接聞いてみようか。しかしそうなると今の距離を潰して、彼女の隣で彼女の顔を見なければいけない。やっぱりやめだ。今はこの距離を保とう。今はこの距離が望ましい――――殺気。


「――なッ!?」


背後の異様な圧迫感に即座に振り返るが、既に果てしない殺気を帯びた一撃が眼前、最早回避不能の距離にまで迫っていた。

俺の視覚が敵のガントレット、右拳による攻撃を捉えている。避けられはしない。

咄嗟に両腕で顔面をガードするが、骨にまでずっしりと響く重たい衝撃に数メートルの距離を弾き飛ばされた。


「ユウさん――ッ!?」


後ろでマレの声が聞こえる。


「来るなマレ!逃げろっ!!」


すぐさま体勢を立て直して、眼前の男を睨みつける。当然今の攻撃が誰によるものなのか、ハッキリと俺の目が捉えている。


「またお前か……オルドラゴッ!!」


流石にここまで執拗いと頭にくる。いよいよ本気で俺の命を狙いに来やがった。そこまで執着する理由は何なのだ。あの時やはり殺しておくべきだったと後悔している。

ただ今回はいつもと違う点があった。

オルドラゴの背後に、フードを深く被り顔を完全に覆い隠した二人組の姿がある。この状況から考えて、オルドラゴの仲間であることは間違いない。

そんなフードの二人組がボソボソと何か喋っている。


「無傷だと……?かなり魔力の籠った一撃だったが。やはり相当なステータスか」

「ほんと、私の魔力も貸してあげてるのに。これは骨が折れそうかしら。半端な攻撃じゃどうにもならなそう。作戦を変更した方がいいわ」


何だ、何の話をしている。

声でカインとマキナじゃないことは分かるが、一体何者だ。どっちにしても仕掛けてきたのは向こうだ。全員まとめて排除してやる。


「今日はお仲間を連れて仕返しに来たのか、このクソ野郎」

「…………」


オルドラゴに反応はない。ただ絶対にここで殺すのだと、その揺るがぬ殺気だけはひしひしと伝わってくる。マレの前で人殺しは避けたい。ここは何とか戦闘不能、あるいは再起不能くらいに留めておく必要がある。

俺はボックス内から一本の剣を取り出した。

ランク4の鋼の直剣。前回使っていた剣がドラゴンとの戦闘で破壊されたため、新しく買い直した。漆黒の魔剣は強力だが、こんな街中で見せびらかす代物じゃない。

俺が剣を抜いたのを見て、周囲にいた民間人は騒ぎ立てながらその場を離れていく。人が多いとやりずらいとこだったのでありがたい。

剣道の中段構えの様に、剣を体の正面に、剣先を相手の目に向けて構え、間合いを見計らう。

銀色の刀身に沈み掛けの夕日が反射する。

対するオルドラゴも腰を落として、金属製のガントレットが装着された両腕を構えている。先程はあの右腕に吹き飛ばされたのだ。以前の酔っ払い状態とは訳が違うらしい。こんな奴に負ける気はしないが、相手は三人。油断していたら足元を救われるかもしれない。

緊張で空気が張り詰めている。

互いにしばし睨み合い、そしてその時が来る。

夕日が完全に沈みきり、街全体が影に呑まれたその刹那――――。


「――ッ!」

「――うぉぉッ!!」


一気に加速、相手との間合いを詰める。

対するオルドラゴは、雄叫びを上げながら突撃。

ぶつかる寸でで、オルドラゴの渾身の右ストレートを剣で弾き上げる。

ガキンッ――と耳を劈く音が響き、オルドラゴの右腕が跳ね上がった。


「はぁッ!」


間髪入れず、がら空きの腹部に蹴りを叩き込んだ。

衝撃で腹部の鎧が捻じ曲がり、オルドラゴの身体が宙に浮く。

奴が吹き飛んだ先で、フードの二人が左右に飛び避けた。


「どうしたオルドラゴ!Aランカーってのはこんなもんか!」


大声で仰向けに倒れ込むオルドラゴを挑発する。

しかし妙な違和感を感じている。オルドラゴは殺気は物凄い割に、大した大技を使ってこない。それどころか後ろの二人は見ているだけ。なぜ戦闘に参加しない。他に目的でもあるのだろうか。

そのとき、


「きゃぁあ――――っ!?」


突然背後から悲鳴が上がった。

まさかと振り返った先には、フードを被った人間がマレを抱えて連れ去る姿が見えた。


「しまっ――マレッ!!」


すぐさま後を追おうと手を伸ばし駆け出すが、


「なっ!?」


突如橋の両サイド、水路から巨大な津波が押し寄せ大量の水が俺を飲み込んだ。

ゴボゴボと水音が煩い。

水流が強すぎて身動きが取れない。


「(くそっ!最初からこれが目的だったのか!)」


水中で体中に魔力をかき集める。

今は魔力を込める時間すら惜しい。

この邪魔な水を干上がらせる程の熱量を、イメージしろ。

次の瞬間、自身の皮膚すら焦がす程の熱が周囲の水を爆発的に蒸発させた。


「ゲホッゲホッ」


霧に包まれた橋の上でむせ返る。

クソやられた。オルドラゴ達は囮かよ。まだ他に仲間がいたとは。あいつらどこに行った。今から追って間に合うだろうか。

今更周囲を見渡してみても、フード達の姿は見当たらない。これじゃあ完全にお手上げだ。と思ったのだが、ひとり橋の上で横たわっている男が視界に映りこんだ。

オルドラゴだ。鎧の腹がベッコリ凹んでいる。それほどダメージを負ったようには見えなかったが、彼はその場から動こうとはしない。

妙な違和感を感じつつも、俺は彼に近づいて、


「おい!マレをどこへ連れていった!答えろ!」


情け無用で彼の首に剣を向けた。

するとオルドラゴは細い目をちらりとこちらに向けると、少しの間の後に、


「…………南区中央第3地区、廃、倉庫……だ」


震える口先でそう言った。


――罠だ。

瞬く間にそう思った。こんなにあっさりと居場所を吐くだなんて、どう考えてもおかしい。彼女を囮に俺をどうにかするつもりに違いないことは分かっている。

そのとき考えてしまった。そもそもマレを助けに行くメリットは何だろうかと。

これは罠だ。行けば確実に厄介なことになる。最悪殺される可能性だってあるんだ。わざわざ自分から突っ込んでいくなんて、どう考えたって馬鹿のすることだ。

別にマレひとり、ギルドの受付ひとり、ただの女の子ひとり、どうなったって構わない。


『――わたしっ、ユウさんが好きですからっ!!』


あの言葉が、まだ頭の中で響いている気がする。

彼女の顔が脳裏にチラついている。


『信じられませんか?わたしのことも』


どうしてまた、こんな感情を抱いてしまうのだろう。本当に勘弁してくれ。


「俺は、信じられるだろうか……」


拳を握り締めた。

横たわるオルドラゴから剣を離し、俺は一歩を踏み出した。とある決意を固めて。




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