第38話 思わぬ再開

まただ。

妙な寝苦しさで目を覚まし、布団をひっぺがした。


「おいコラ」

「すぅ……」


呑気に寝ているノアを乱暴に揺さぶると、ノアが目を擦りながらむくりと起き上がった。


「ん……ユウおはよ」

「おはよじゃねぇよ。なんべん言えば分かんだお前は。入ってくんなって言ってんだろうが」

「ん〜?ごめんなさい」


ノアは寝惚けまなこで謝るが、まるで悪びれない。これで何度目だ。ここはガツンと言ってやらなければ。


「よし分かった。お前が約束守らねぇんだったらこっちにだって考えが」

「それよりユウ、お腹減った。ご飯だべに、いこ?」


ノアが俺の手を引っ張る。


「ん?ああ、その前に服を着ろ。そして歯を磨けよ。飯はその後……て違うっ!俺は怒ってんのっ!お前わかってんのか?隣に居たのが俺じゃなかったらお前今頃とんでもない目に――」


そこから暫く説教を垂れたが、ボーッとした顔のノアの耳に果たしてどれだけ俺の言葉が届いているか分からない。それにこれまでだって、彼女には散々言い聞かせて来たと言うのに改善された試しはない。早急に何か手を打たなければ、安眠の日々は訪れないようだ。


――――――


――――


――


一階の食堂に降りると、朝っぱらから酒を飲むもの、朝食をとるもの達が食堂でたむろしていた。朝から騒がしくて耳が痛い代わりに、ここの飯は美味い。

俺とノアはいつもの様にカウンター席に座ると、カウンター越しにブランが挨拶をくれた。


「おうユウにノアちゃん、おはようさん」

「おはようブラン」

「おはよ」

「早速で悪いけど朝食を二人分頼む。内容は任せるよ」

「あいよ。母さん、二人分追加だ」

「は〜い」


ブランが声を飛ばすと、奥で料理を作っているマテリナが穏やかな笑顔で返事をした。相変わらず美人な人だなと思う。よくブランはこんないい嫁を捕まえられたものだと、いっそ感心すら覚える。


「な~に見てんだよ。マテリナは俺の嫁だ、やらねぇぞ?」


俺がマテリナを見ていると、ブランが目を細めた。


「バカそんなんじゃねえよ。ただ知り合いにちょっと雰囲気が似てるなと思っただけだ」

「雰囲気ねぇ」


俺の言葉にブランはどこか腑に落ちないと言った顔だ。そんな気は毛頭なかったのだが、今後は気をつけよう。

するとそんな時、『パリンッ』とガラスの割れる音が聞こえた。


「なんだ?」

「だぁ~またか、」


見ると奥のテーブル席付近で、何やら人が騒いでいるようだった。

ブランは困ったような顔で頭を搔いている。


「どうしたんだ?」

「はぁ……いやな、実は昨日 真夜中に店を閉めてたら、道端に女の子が倒れててな。助けたはいいが、行く宛がないって泣いちまってよぉ。仕方ねぇから飯食わせて部屋貸してやったら、恩返しに今日一日ここで働くって言い出してよ。体力戻ってねぇんだから無理すんなって言ってんだが聞かなくてな……」

「へぇ」

「しっかしいくら病み上がりだって言っても、今日これで何回目だ?まったく、皿が無くなっちまうぜ」


ブランの口ぶりから察するに、余程使えない奴なんだろう。一体どんなやつか少し気になるが、


「ほいよ、おまち堂!カミさん特性の贅沢サンドだ!」


俺とノアの前に料理が現れた。

皿の上に乗っているのはサンドイッチに見える。中に入っているのは卵や肉、野菜だけではなく、エビなんかの魚介類まで入っている。確かに贅沢だ。


「うまい」

「美味しい……」


俺に続くように、隣でノアが瞳を輝かせながら口いっぱいにほうばっている。


「あったりまえよ、うちのかみさんが作ったんだからな」


ブランは得意げに笑った。


――パリンッ。

そんな中で、またしてもガラスの割れる音が響いた。今度は近くで割ったらしい。


「だぁーったく、嬢ちゃんちょっとこっち来い!」


痺れを切らしたように、ブランは大声を上げた。


「ひぃ、ご、ごごめんなさぃ~」


どこかで聞いたこと事のある声が聞こえた。

まさかそんなはずもないと、どこか高を括ったまま振り返る。その先に、メイド服を着て、青髪を揺らしながら、涙目でこちらに駆け寄ってくるソフィアに似た女性の姿があった。

そんなはずがない、彼女がここにいるはずかない。そんなはずが、


「――ッ」


無意識のまま勢いよく立ち上がったことで椅子がガタンと倒れた。突然の俺の行動に、周囲の雑音が止んだ。



「ユウ…………さま」


そんな静寂を目の前の少女が切った。


「あ、あれ……あれ?ユ、ユウ様……?なんで……なんで、」


そう言った途端、彼女の目から涙が溢れ出した。混乱した顔のまま、わけも分からかい様子で、止めどなく涙は溢れる。

けれど、


「ど……どういうつもりだ!!」


静まった空気に怒気で溢れる声が響く。

真っ先に出たのがその言葉だった。


「何しに気やがった……!何でお前がっ」


目の前の少女の肩がビクッと揺れる。

間違いなくソフィアだ。王城で俺の世話係をしていた女だ。

恐怖は蘇る。手足が震えている。周囲の気配をおぞましい程全身が捉えている。誰が敵か、どこにいるか分からない。


「ユ、ユウ様……わ、わたしは」

「分かってるぞ……!第一王女の差し金だろ!それともルーナスとか言う奴に言われたのかッ!」

「お、王女さま……?ち、違います!私はただ――」

「そこまでだ」


ブランの冷めた声が、会話を中断させた。

その声に我に返り周囲を見渡すと、店中の視線が集まり、ヒソヒソとした話し声が聞こえていた。


「こんな所で王族の名前を叫ぶヤツがあるか、バカタレめ」


ブランに言われて自分の失言に気がついた。感情的になっていた。正気じゃなかった。


「す、すまない」

「まあ、話があるんなら部屋にでも行ってしてこいよ。ここはもういいからよ」


ブランのおかげで少し冷静になれた。いつの間にか震えも治まっている。

一息吐いて、唾を飲み込んだ。


「ノア、部屋に戻ろう」

「ん、わかった」


続いてソフィアを横目で見たあと、


「お前もこい」

「は、はい……」


そうして俺たちは自室へと戻った。



「さて、状況を整理しようか。ソフィア、なんでお前がここにいる?」


自室のベッドの上でふんぞり返り、俺は偉そうに問いかけた。


「わ、私は……先日、王城雇われの仕事を解雇されました。ゆく宛のなくなった私を、ブラン様が助けてくださいまして、それで……」

「なるほどな……」


俺はこの話自体を疑ってはいなかった。先程は頭に血が上って王女の回し者だと彼女を疑ったりしたが、よくよく考えてみればこんなドジな一介のメイドにそんなことを頼むはずが無い。やるならもっと優秀な人間に頼むだろう。もしくはあのルーナスって奴が直接叩きに来るはずだ。


「それで、なんでクビになったんだ?」

「そ、それは……その、実は私、すっごくドジで」

「いや知ってるよ」


流石ソフィアだと思う。あれからひと月ほど経ったが、彼女のドジっぷりはさっきの仕事を見ていればわかる。彼女は変わらずドジなのだ。


「うぅ……ひっく……」


変な声が聞こえて顔を上げてみれば、ソフィアは涙と鼻水を垂らしながら変な顔をしている。


「な、なにやってんの……?」

「ゆ、ユウ様にまたお会い出来て、私嬉しくってぇ……」

「お、おいっ」


そう言ってソフィアは俺の胸に抱きついて、大声で泣き始めてしまった。涙と鼻水が俺の服に染み込んでいく。


「はあ……」


つくづく思う。彼女は相変わらずドジだったが、泣き虫で気が小さいところも、バカだけど優しいところも、何一つ変わってはいないのだと。

そうだ。元々彼女は、あの一件と何の関係もないただのメイドだ。例え勇者たちが俺を裏切ったとしても、彼女だけは関係ない。俺はこいつに、まだ裏切られたことは無い。


「心配、してくれてたのか?」

「と、当然ですよぉ……だって、だってみんなユウ様が死んだって言うしぃぃ……っ」

「わ、分かったから、もう泣くなよ、ほら鼻水拭け」


俺はソフィアの顔にハンカチを押し当てた。


「あ、ありがとうございますぅ……」


まったく、酷い顔だ。せっかくの美少女が台無しだ。


「ユウ、何か変……」


突然横からノアが呟く。


「は?何がだよ」

「なんか、変だよ……」

「はぁ?」


ノアは若干不機嫌そうな顔をしている。最近になってだが、彼女の表情の変化がより一層分かりやすくなった気がする。尤も、そんな表情をする理由は分からないが。


「あ、そうだソフィア、お前に聞きたいことがあるんだ」

「は、はいぃ……なんでしょう?」


ソフィアは涙を拭ってこちらを見た。

一応、念の為に聞いておこうと思う。


「えと、その……勇者は、一神達はどうなってる?」


別にあいつらには興味なんかない。ただ知っておいた方が今後何かの役に立つかも知れない。


「ゆ、勇者様ですか?ん~、私にもよくわかりません。そもそも勇者召喚が成功したことすら、まだ正式には公になっていない事ですし、勇者様方の情報は一部の者にしか知らされていないのだと思います」

「そうなのか」


確かに、勇者が召喚されたという噂話はこの街にも出回ってはいるみたいだが、正式に発表はされていない。勇者達の情報はかなり大事に扱われているみたいだ。


「まあ、メイドのソフィアが知るはずもないよな。ありがとう教えてくれて」

「い、いいえっ!べ、別にこれくらいどうってことありましぇんっ!」


噛んだ。今絶対噛んだよな。

しかし、思わぬ再開だった。だが丁度良かったかも知れない。彼女にノアの世話をさせるのだ。そうしてノアをソフィアに懐かせれば、最終的にノアを俺から引き剥がせるかもしれない。そもそもノアが俺から離れたがらないのは、俺がいないと飯が食えないからだろう。だがソフィアがいれば――。


「なぁソフィア、お前これから行く宛が無いんだよな?」

「え、は、はい……」

「なら、俺に雇われてくれないか?勿論、ちゃんと金はやるから」

「え、よ、よろしいのですか?」

「ああ」

「わ、私ドジですよ?」

「知ってるよ。でも君がいいんだ」


ソフィアの瞳がまた潤んでいる。また泣き付かれるんじゃないかと思ったが、彼女は涙をぐっとこらえて、


「こ、こんな私でよければ、もう一度ユウ様にお仕えさせてください!」

「うん、よろしく」


ソフィアが専属メイドとなった。




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