第37話 依頼達成報告

リーゼン村での一件後、俺達は村で一晩を過ごした。

エヴィルボア六体に加えてワイバーン四体を討伐した俺達は村人達から英雄扱いをされ、その晩は丁重なもてなしを受けた。ノアが期待していたエヴィルボアの肉を使った料理も中々に美味かったし、その中でも特に巨大ボアの丸焼きは衝撃的な見た目でとても印象に残っている。

とは言え少々問題もあった。

就寝時のことだ。大きな村では無いので旅人が来る訳でもない。リーゼン村には宿屋が無かった。その為宿泊先は村長の邸宅となったのだが、ノアはいつもの様に俺から離れようとしなかった。カインとマキナの手前、まさかノアと一緒に寝る訳にはいかない。カイン達にはお前らいつも一緒に寝ているのか、とあらぬ勘繰りもされてしまった。否定はしたがどう思われているか分からない。

とにかくその晩俺は何度も「今日こそは俺から離れて一人で寝ろ」とノアに言い聞かせたのだが、彼女は一向にYesと答えないので、仕方なく最終手段である『寝ない』という選択をとったのだった。

こんなのがこの先も続くのはごめんだし、そろそろノアを俺から引き離す方法でも考えなければならないと改めて感じた日だった。


そんなこんなで一晩明け、早朝馬車に乗って俺達は王都へと帰還した。帰還の途中、昨夜俺の真似をして眠らなかったノアは馬車の中で眠りこけ、王都に着いた今も俺に背負われたままぐっすりと寝息を立てていた。

キルド本部に入ると正面奥のカウンターにいたマレと目が合った。こちらへ手を振っている。


「ユウさん、カインさん、マキナさん!お帰りなさい!」

「ただいまマレさん」

「やあマレちゃん、君の笑顔が見たくて舞い戻ってきたぜ」


カインの奴、昨日はもう無理だ限界だと疲労困憊の様子だったのに、調子の良い男だ。尤も、カイン達は俺と違って体力が無制限じゃないし無理もないとは思う。筋力や敏捷値が高ければ高いほど、消費される体力値は増加する。怪我をしたり、あるいは身体強化スキルを使用すれば更に疲れは増すみたいだ。その点俺は超回復のおかげで疲れ知らずなので、息切れするのも一瞬だ。疲れて動けなくなることは今後一生無いのかもしれない。しかしそんな俺の超回復も消費された魔力だけは回復してくれないので、その点に関しては気をつけて戦闘を行う必要がある。

――やっぱり雷魔法は一番魔力効率が悪いな。ワイバーンも殺しきれてなかったし、考えて使う必要がありそうだな。


「ユウさん」


考え事をしていた俺の意識が引っ張り戻された。


「あ、マレ……」

「お帰りなさいです、ユウさん」

「あ、た、ただいま」


マレがニッコリ笑った。

どうやら俺が挨拶を返すのを待っていたらしい。そんな彼女の頭には今日も、俺がプレゼントした青いリボンが兎の耳の様な形で結ばれている。あれから毎日使ってくれているみたいだ。


「んぅ……」


背中でノアが寝息と一緒に小さく声を漏らした。マレが俺に背負われたノアの顔をじっと見て、


「ノアさん、眠っちゃったんですか?」

「ああ、馬車で寝ちゃってね」


眠ったままのノアの手が、俺の服をキュッと強く握った。マレはそれを見つめたあと、俺の顔を見て、もう一度ノアを見たあと何か物凄く言いずらそうな表情をして、


「お、お二人はその……凄く仲がよろしいんですね」

「え、いや別にそんなことは……」


心の中でそんなわけないだろう、と思う。俺はノアのことをただの厄介者としか思っていない。今だって、何で俺がお守りみたいなことをしてやらなければならないのかと思っている。


「ですがその……お二人って一緒の宿に住んでいらっしゃるん、ですよね」

「は、はあ!?そ、そんなわけないだろ!」


焦った。

そう言えばノアは身寄りがない設定で、暫く俺が預かるという話をマレにしていたんだった。


「えっ、そうなんですか?」

「そ、そうそう。宿屋が同じなだけで、部屋は別々だし……」

「な、何だ……私てっきり、ごめんなさい。お二人が同じ部屋に住んでて、それも普段一緒に寝てるだなんて噂を聞いたものですからつい……」


ゾッと汗が滲み出た。

隣でカインとマキナが怪しいものを見る目で俺を見ている。


「ちょ、ちょっと待て、一体誰がそんな噂を……」

「あ、だ、ダメです!守秘義務があるので話せません!」


やられた。あのクソ猫め。


「とにかくそれは真っ赤な嘘だから。カインとマキナもそんな目で見ないでくれ」

「わ、私は別に疑ってないけど」


カインが荒んだ目でこちらを見ている。


「おうおうおう、羨ましいじゃないですか。おモテになりますなあユウ殿……」

「あの話聞いてた?誤解だっての」


シャルの奴、タダじゃおかないからな。


「それより、依頼の報告した方が良いんじゃないのか?」

「そうだったわね。マレさん、お願い出来る?」

「はい!」


マキナが今回の依頼達成の報告を行っている後ろで、カインが俺の耳元にひそひそ話しかけてきた。


「それで、どっちが本命なんだ?」

「はあ?どっちって」

「何寝ぼけたこといってんだ。ノアちゃんとマレちゃんのことだよ。言っとくけど、レディを泣かせたら承知しないぞ」


お前が言うな。

しかしどうやらカインはおかしな勘違いをしてるみたいだ。これだから女の尻ばかり見てる好色漢は困る。


「どっちもそう言うんじゃないよ。ノアはただの居候だし、マレはただの友達だ。何でそんな話になんのか、意味がわからない」

「はあ……ユウお前奥手だな」

「助平エルフよりマシだろ」


くだらない会話の途中で、マキナの依頼達成報告が終わったみたいだ。


「はい、確かに確認しました。ではこちらが依頼達成分の報酬です。今回は依頼者様のご意向で報酬が10パーセント上乗せされております」


報酬は白金貨六枚、金貨九枚、銅貨八枚、計69,080メリルだった。追加の報酬は恐らくワイバーン討伐の功績だろう。だが依頼内容外とは言えワイバーン四体を倒したのに10パーセントか、と思わなくもない。まあ、あまり栄えた村ではないし仕方が無いことではあるが。

報酬は俺とカインとマキナの三等分で、一人あたり大体23,000メリルか。悪くない報酬だ。


「ほい、これがお前らの報酬な」


しかしカイン達が手渡してきたのは白金貨六枚、60,000メリルだった。


「ちょっと待て、多すぎないか?お前らの分は」

「なーに言ってんだ。今回のMVPはお前達だろ?」

「そうよ、仮を返すって言ったのに、また助けられちゃったし」

「それに簡単に依頼をこなせたのはノアちゃんの索敵スキルのおかげでもあるからな」


とは言え報酬の八割以上はやり過ぎだ。カイン達がいなければ、そもそも俺はBランクの依頼すら受けられなかったというのに。それに冒険者じゃないノアまでメンバーに数えているとは。


「でも流石にこの配分は……」

「気にすんなっての。それにエヴィルボアどころかワイバーンの素材まで手に入ったんだ。それだけでも相当な儲けだぜ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、ワイバーンの素材なんて滅多に入らねぇし、状態にもよるが一体で10、いや15万メリルくらいするんじゃねえか?」


衝撃的事実が今明かされた。


「へ、へぇ……そ、そうなんだ……」

「おう。更に俺達はAランカーだからな、素材鑑定料は免除、解体料や手数料も割り引かれんのさ」


意識が遠のいていく。

まさか、まさか、まさか。

この間俺が迷宮で倒した魔物たちの素材は、もしかしてとんでもないお宝だったんじゃないのか。そもそも魔物の素材を売却するという思考が無かった。

そう言えば冒険者になったばかりの頃、最初の説明でマレがそんな話をしていたが、完全に忘れていた。

俺のボックスリングでは容量オーバーで魔物の死体を持ち帰ることは出来なかっただろうが、あの時意地を張らずにカイン達とパーティーを組んでいたら。そう考えただけで虚無感が襲ってくる。

高額当選した宝くじを無くした気分だ。


「心配しなくても素材の換金が終わったら、その分も全員で分けようぜ」

「う、うん……ありがと……」


嬉しい話なのに、心に深い傷が出来たみたいだ。

とにかく早い内に容量の大きなボックスを購入しよう。


「あ、ユウさん!今回の依頼達成に伴って、冒険者ランクが上がりますよ!上層部に報告して、審査が終わればランクアップです!」


魔物の素材に気を取られて忘れていた。今回不本意ながらカイン達とパーティーを組んだ一番の目的だ。


「良かったなユウ」

「おめでとう」

「あ、ありがとう」


こいつらに祝われると変な気分だ。


「おめでとうございます、ユウさん」

「ありがとマレ」


マレもまた、ニッコリ笑っている。

本当に変な気分だ。


「そ、それはそうとですね……ユウさんに一つお話が……」


急にマレがモジモジとし始めた。


「……?なに?」


心做しか少し顔も赤い気がする。


「えと、その……明後日なんですけど、私ギルドのお仕事がお休みなんですよ……」

「はあ」

「それで、その、美味しい甘味処がありましてですね……」

「……?」

「ユ、ユウさんにプレゼントして頂いたリボンのお礼……と言いますか、なんと言いますか……」

「お礼?」

「はっ、はい!お礼です!それでその、一緒にい、行けたらな〜なんて……」

「え、何で?」


その瞬間カインに頭をチョップされた。


「痛いな、何すんだよ」

「うるせえバカかお前!『え、何で?』じゃねえだろ!」

「いや、だって……」


お礼をされる様なことはしていない。そもそもプレゼントしたリボンは元々、マレへのお礼のつもりで買ったものだ。お礼へのお礼だなんて、意味がわからない。

そうか分かった。リボンだけじゃ足りないということか。確かにマレは俺に対して沢山金を使っている。たかだか数百メリルのリボン一つじゃ等価とはいかないだろう。

そういうことなら仕方がない。


「分かったよ、行こうか」

「え、ほ、本当ですか!?」

「うん。ノアも来ると思うけどいいでしょ?」


その瞬間カインに頭をチョップされた。


「痛いな、何すんだよ」

「バカかお前!『いいでしょ?』じゃねえだろ!」

「え、何で……」


意味がわからない、それにそんなことを言われたって、ノアが勝手に着いてくるんだからしょうが無いじゃないか。


「ふっ、二人で……!二人で……行きませんか……?」


マレは先程よりも明らかに赤い顔で緊張した面持ちだ。今更何をそんなに緊張しているのだろう。


「う〜ん二人か……」


少し考える。

この際無理矢理にでもノアを俺から引き離してみるのはありかもしれない。これまでノアを甘やかし過ぎた節はある。今回は置き去りにする訳でもないのだし、強めに言ってみればノアも諦めて承諾するかも知れない。それかノアが寝ている隙にこっそり出て行くとか。何れにせよ、今後のことを考えればここいらでノアを俺離れさせる必要ある。


「よし分かった、二人で行こう」

「え、あ、あ、ありがとうごさいますっ!」


マレは大声でヘンテコな礼を言った。

するとカインが俺の肩にポンと手を掛けて、


「ま、精々頑張ってこいよ」


よく分からない奴らだ。



真夜中、街灯の明かりが一部チカチカ消えかかっている。薄暗い夜道を一人の少女が歩いていた。着ているメイド服は薄汚れ、腹の虫がぎゅるると鳴いている。ここ数日、彼女はまともな食事をとっていない。

当然だった。なぜなら彼女は、つい先日仕事をクビになり住む家まで失ったのだから。行く宛もなく、一人孤独に街を歩いていた。しかし、彼女の体力もとうとう限界だった。

走馬灯でも見るように、ひと月ほど前までの楽しかったあの日常を思い出す。初めて自分を褒めてくれた、彼の顔を思い出す。


「ユ、ユウ様……」


彼女は王城に仕えるメイドだった。元々ドジで要領の悪い彼女だったが、専属メイドとして仕えていた主を失ってからというもの、そのドジっぷりはさらに酷いものとなった。

城中の壷を割り、窓ガラスを割り、皿とグラスを割るのなんて朝飯前。庭に植えられた希少な植物に肥料と間違えて除草剤を撒き散らし、挙句の果てには大臣の頭にバケツの水をひっかけた。

当然クビだった。命があっただけマシだったと思うが、元々城の使用人棟の寮で生活していた彼女は、職どころか住処まで失ってしまったのだ。

身寄りの無い彼女にとって、これから先の人生お先真っ暗。それが今の状況だった。


「ユウ様ぁ……」


涙が出てくる。

こんな使えない自分を、いつも笑顔で褒めてくれた彼はもうこの世にはいない。

生きる希望すら、ありはしなかった。

体の力が抜けてゆく。

パタリ、と音を立てて、彼女は冷たい地面に倒れ込んだ。


「お、おい……大丈夫かお嬢ちゃん?」


そこへ偶然居合わせた男の名は、宿酒場の店主ブランであった。




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