第34話 パーティー/魔術講師

ギルド内にある依頼ボードを眺める。ここはFランク依頼が掲示されているエリアだ。木製でできた大きな板に様々な依頼書がピンで貼り付けられていた。

依頼内容は様々で、薬草採取の手伝いや鉱石発掘の手伝い、中にはペット探しなんてのまである。

ハッキリ言って、燃えない。

どれもこれも埃っぽい雑用や地味な体力仕事ばかり。おまけに報酬額も相当低い。前回の迷宮攻略とまではいかなくとも、魔物退治とか秘境の探索とかそんなのがやりたいのだ。誰が好き好んで草引きなんてやりたがるか。

とは言え熟練の冒険者達はみんなこの道を通ってるみたいだし、俺もやるしかないのだろうか。

俺が唸り声を上げていると、俺の服がちょいちょいと引っ張られた。


「ノア、どうした?」

「これやろう」


ノアは顔の前で依頼書の紙を広げた。

何故か彼女の瞳が輝いている。相変わらずカタコト見たいな喋り方で無口で表情も乏しいが、最近はノアのその表情から感情が読み取れるようになってきた気がする。と言うか、少し表情豊かになって来たようにも感じる。


「どれどれ」


依頼書を見ると、


――――――――――――――――――――


【緊急依頼】森林に出現したエヴィルボア六体の討伐。


必要冒険者ランク:B以上

地域:リーゼン地方

依頼主:リーゼン村村長

報酬:62,800メリル、魔物の素材自由


〈備考・詳細〉

先日森に入った村人がエヴィルボアの群れに遭遇し怪我を負った。本来エヴィルボアは森林の奥深くに生息していたはずだが、村の近くに住処を移したのかもしれない。他の被害者が出る前に早急に討伐願いたい。遭遇した村人の証言では数は全部で六体だった。六体以上いた場合、可能であればそちらの討伐もお願いしたい。その分の報酬は追加で支払うと約束する。尚、討伐した魔物の素材は自由とする。討伐に日時を要する場合、食事と宿を提供する。ボアの肉を持ってきてくれれば、村で料理を提供する。


――――――――――――――――――――


俺の求めていた魔物の討伐以来で報酬もいいが、必要冒険者ランクがB以上なのでそもそも受注することが出来ない。

彼女がこれを持ってきた理由はここ、『ボアの肉を持ってきてくれれば、村で料理を提供する』この一文に違いない。

と言うかこいつ、字は読めたんだな。


「期待してるとこ悪いけど、この依頼ランクが足りなくて受けれないぞ。無理だ」


ノアの手からハラりと依頼書が落下した。

顔を見ると何とも悲しげな表情をしている。そんな顔をされても無理なものは無理なんだけど、と思っていると、


「なんだお前ら、この依頼を受けたいのか?」


横を通りがかった金髪エルフの男が依頼書を拾い上げた。


「カイン……」

「ん〜なになに、お、緊急依頼か。報酬もかなり良いじゃねぇか」


カインは顎に手を当ててそう言うと、


「なあ、良かったらこの依頼俺達と一緒にやらないか」


思ってもみない提案をされた。


「いや一緒にって、俺のランクはFランクだぞ。そもそも依頼を受けることが出来ないって話なんだけど」

「何だ知らないのか。冒険者は自分のランクより上位のランクの依頼を受けることは出来ないが、例外的に受ける依頼に見合うだけの戦力があると認められれば、下位ランクの冒険者でも上位ランクの依頼を受けることが可能なんだ。今回で言えば、ユウが俺達Aランカーとパーティーを組むとかな」


それは初耳だ。まさかそんな抜け道があったとは。だがやはり、他人とパーティーを組むのは御免だ。それにカインと組むということはあのオルドラゴともパーティーメンバーになると言うことだろう。


「悪いけど俺たちは……」

「まあそう言うなよ。悪い話じゃないぜ?Bランクの依頼をこなせばユウのランクも一気に上がると思うし、何よりFランクの依頼をチマチマこなすよりよっぽど報酬もいい。組むんなら俺とマキナとユウの三人だから、報酬は三等分だな」


唾を飲んだ。

たった一度の依頼をこなすだけで2万メリル以上。それにカイン達はこういう依頼には慣れてるはずだし、三人がかりならきっとすぐに終わる。依頼を達成すれば報酬だけじゃなくて冒険者ランクまで飛び級できる。それに俺はコイツらの命の恩人だ。そんな奴を背後から襲うような真似はしないだろうし、仮に裏切られてもこいつらを倒すくらい訳無いはず。おまけにオルドラゴがいない。


「よ、よし乗った。俺をパーティーに入れてくれ」

「おっし決まりだ!」


隣でノアの表情が輝きを取り戻した。やはり少し表情豊かになった気がする。


「いや〜良かったぜ。実は最近オルドの奴が顔見せなくてよ。メンバーが一人減って困ってたんだ。ユウみたいな手練がパーティーに入ってくれれば安心だぜ」


あの一件以来オルドラゴはギルドに顔を出さなくなったらしい。あれだけ皆にズタボロに言われたのだから、立ち直るのに少々時間がいるのだろう。



部屋の中でコツコツと靴が鳴る。自らが鳴らすその音を聞く度にイライラは募り、また更に貧乏ゆすりは加速してコツコツと音も速くなっていく。

遂に彼女の我慢は限界点に到達し、破裂した。


「ちょっと!一体いつまで待たせるつもり!?」


少女は座っていたふかふかのソファーから勢い良く立ち上がり、大声を撒き散らす。

立ち上がったことで、長く艶のある燃えるような赤髪が靡いた。

彼女はすぐ側にいた使用人の男の顔を真下から睨みつける。しかし少女の背丈が思った以上に低いので、使用人の男は意図せず少女を見下ろす形になってしまっていた。


「も、申し訳ありません。ただいま他の者がお呼び出ししておりますので、もう少々お待ちを」

「もういいわ!帰る!」


引き止める使用人を押しのけて、少女は乱暴に扉を開け出た。

少女の名はナギ。この国に三人と言われるS級冒険者の1人だった。S級冒険者である彼女は、その実力から王国の要請でこの城に呼び出されることがしばしばある。もちろん、依頼という形でギルドを通してはいるが、事実上の強制召集に他ならない。この国にいる以上、例えS級冒険者であろうと王国の命令は絶対遵守だった。

しかしそんな彼女も、今回ばかりは国命を無視して帰宅することを選んだ。当然だっだ。あの退屈な部屋で二時間も待たされていたのだから。

今回の国からの依頼は「とある少女に魔法を教えてやってほしい」とのことだった。が、肝心の少女がいくら待っても出てこない。何でもその少女は異世界からきた『賢者』の称号をもつ女の子らしく、魔法の適正だけなら国中トップクラスだと言うのだ。

――この私を差し置いて。

ナギは幼少の頃から魔法の天才であった。全ての属性に適性があり、センスも抜群、魔法の技量だけなら師匠すらも凌駕する。いつからか、大賢者の生まれ変わりなんて称される程だった。そんな彼女にとって真の賢者が現れたという話は、決して只事では済まされぬ事態だったのだ。

しかしその一方で、微かな期待もあった。今この時代に再び現れた真の賢者、もしかすれば自分さえも超えかねない魔法使い、そんな存在がもしいるのだとしたら。

だが当の本人は自分に興味すら無かったのだ。S級冒険者で、魔法の天才で、大賢者と謳われるこの自分が、たかだかレベル2、3の少女に足蹴にされたのだ。プライドの高い彼女にとって、これ以上の屈辱はない。


「――ただいまっ!」


苛立つ気持ちを自宅の扉に叩きつけた。


「あら、おかえりナギ」


家に入ると直ぐに、椅子に腰かけ分厚い本を片手に持ったエルティナが声を掛けてくれた。

エルティナはこの家の家主であり、ナギの師匠でもある。白のローブで身を包む彼女の髪は、妖精族エルフでは珍しい長い黒髪。その容姿は誰から見ても見目麗しい。だがその実、彼女のよわいは327歳である。おそらくこの国で最も長寿なエルフである。ただこのことはエルティナとナギとの秘密で、この国でも知っている者は極わずかに限られる。

しかしどうにも部屋の中が薬品臭い。それだけじゃなく、部屋中に何かの本や空になった薬瓶が散乱していた。おまけに床にはかなり古い型の魔法陣が描かれていた。

どうせまた師匠が何かしらの実験でもしていたのだろう、とナギはため息混じりに思う。


「師匠、この部屋で実験するのは辞めてって言ってるのに。臭いんだけど……」

「あらごめんなさい。術式を用いた実験に薬品を使ったの。換気が必要ね」


そう言ってエルティナが指をパチンと弾くと、部屋中の窓と扉が音を立てて開き、室内の空気が瞬く間に外へと吹き出していく。同時に散らばっていた本やゴミなんかがあっと言う間に片付けられた。

正直な話、魔力量もそのコントロールもナギの方がエルティナを遥かに上回っていると言える。しかし師匠の魔術的な発想には到底敵わない、とナギは常々思っていた。何せエルティナの考え出す発明の数々と言ったら、正に天才という他ない代物ばかりなのだ。

例えば今は世界中にありふれた魔道具の数々、その基盤を作ったのは他でもないエルティナだ。魔道具の仕組みとは、魔力石に魔力を蓄積し術式を組み込むことで簡易的に、かつ誰にでも魔法を発動させられるというものだ。今じゃ皆当たり前のように活用しているが、開発した当初はそれは画期的なものだったそうだ。

まだまだある。現在では一般的な魔法学理論とは、大昔のエルティナが提唱したものだ。現在の魔法学理論とは、魔力にイメージを与え現象化すると言うもの。属性は大きくわけて熱・水・風・土・雷・光・闇の七属性に分類されている。しかし大昔の魔法は術式と詠唱を用いたものが一般的であった。今床に書いてある様な小難しい魔法陣を書き、長ったらしい呪文を唱えてようやく発動させていたそうな。彼女の残した功績はまだ数え切れない程残っている。

とは言え、全てエルティナ自身が自分が開発したと言っていただけなので、事実かどうかは本当のところ分からない。けれどこれまでエルティナと過ごしその実力をこの目で見てきたナギには、それらの話が嘘かもしれないだなんてこれっぽっちも思っていない。

よく師匠はナギのことを自分よりも天才だと褒めてくれるが、自分が魔法の天才ならばエルティナは魔法学という分野において紛うことなき天才であるとナギは思っている。


「ところでナギ、あなた今日は王城に行ってきたんでしょ?どうだった?」

「ぁう、それは……」


この家に国からの依頼書が届いた時、師匠もそれに目を通していた。そしてこう言っていた。


『賢者ナリムラに魔法を教えなさい』


そんな面倒なことやりたくないとごねたナギに対して、まるで凍りついたように恐ろしく真剣な目をしてエルティナは言っていた。あの時の師匠の顔をナギは今でも覚えている。師匠がたまに見せるやつだ。あの顔の師匠を怒らせるのはまずいのだと、ナギはこれまでの経験から知っていた。


「まさかとは思うけど、逃げ出してきた……とか?」


背筋が凍りつく気がした。


「い、いやぁ……」

「まだ時間があるわ、王城に戻りなさい」


きっと本気を出せば、例え師匠相手にでも勝てるだろう。しかしナギはどうしてもこの目をしたエルティナに昔から逆らえない。

冷や汗を流しながら、ナギは渋々頷くことしか出来なかった。



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