第31話 宴

「「「かんぱ――――――い!」」」


男女計十三名の声が重なった。俺、ノア、マレ、カイン、マキナ、ついでに引っ付いてきた冒険者の男八名はビールジョッキを片手に大テーブルを囲っている。

テーブル上には出来たてホヤホヤの料理達が、湯気と一緒に食欲を誘う香りを撒き散らしていた。

礼儀作法なんて知らない奴らだ。知ってても気にしない奴らだ。男達は「ガハハ」と笑いながら手当たり次第に料理に食らいつく。

そこに負けず劣らず料理に手を付けるノアは、口を膨らませたまま「美味しい……」と呟いている。

そんな彼女に俺は耳打ちする。


「せっかくだし沢山食っとけ。どうせカインの奢りだし」


カインの奢りをいいことに、ここでノアに腹一杯食わせて食費を浮かせる魂胆だ。根底に染み付いた貧乏性だった。


「こんなに客を引っ張って来てくれるとはありがたい」


腕組みをして近づいてきたのはこの店の店主、ブランだった。カインが良い店を知っているというので来てみれば、まさか宿酒場ブランだった。カインは最近よくこの酒場で飲んでいたらしい。


「なんか成り行きで来ることになってな」

「何でも構わねぇが、今後誰かと飲む時はこの酒場を利用してくれ。そん時は安くしとくからよ」

「ありがとう」


ブランはいつものようにニカッと笑うと、「んじゃ、俺は仕事があるからよ」と去っていった。客入りの多いこの時間、店主は割と忙しいらしい。

ブランの背中を見送ったあと、俺は木製ジョッキに注がれているジュースをまた一口飲んだ。中身はオルラの実のジュースで、もちろんノンアルコール。

まさか異世界に来てまで日本の法律を遵守している訳では無い。俺はスキル〈超回復〉の効果で酒に酔えない。それは既に実験済みだ。

酒をいくら飲んでも酔えないのなら、このジュースだけで十分だ。わざわざアルコール臭いものを飲むより、こんなジュースの方が100倍美味く感じられる。エールが美味いと評判の店では場違いだが仕方がない。

しかしよりにもよって、こんな大人数で食事する羽目になろうとは。

魚料理をフォークでつついた。

他人と関わりたくないと願っているのに、真逆に進んでいる気がする。早く金を貯めて人の居ない田舎にでも引っ越したい。そうすれば極力人と関わらず悠々自適なスローライフを送ることが出来るのに。


「よぉよぉユウ〜!一緒に飲もうぜ〜?」


俺がひとりぼーっとしていると、ウザイ程明るいカインが、またしても馴れ馴れしく肩を組んできた。飲み始めてからそんなに時間もたっていないというのに、顔を赤くして完全に酒に飲まれていた。

正直邪魔くさいが、今後のことを考えると足蹴にもできない。


「カイン……酔ってるのか?」

「あ?酔ってねえよ〜?酔ってるわけねぇだろぉ?」


ウザイ。

今すぐにでも腹に一撃を入れたあと背負い投げてやりたい気分だ。薄々気がついてはいたが、こいつはチャラい上に軽薄で馴れ馴れしくて、おまけにバカだ。つまり嫌いだ。


「おいカインそろそろ離れ」

「――おおっ!?」


離れろと言ってやろうとした矢先、カインは大声で立ち上がり、


「やぁ、いい食べっぷりだねノアちゃん。食欲旺盛な女の子、俺は好きだぜ?」


俺の隣で料理をほうばるノアに盛大に話しかけた。


「…………もぐ」


ノアはピクリとも反応せず、ひたすらもぐもぐと口を動かしている。

だがそんなことでカインはめげない。


「いやあ、無口なところも可愛いなあ。さては照れてるのかな?」


自分の髪をサラリと掻き上げて、カインは無視されたという現実をねじ曲げた。尊敬に値するほどのポジティブシンキングだ。

しかし再アタックの結果は、


「………………もぐ」


一向に反応を示さない彼女にカインは歩み寄ると、


「おいおい、そんなに照れなくてもいいんだぜ?可愛い子猫ちゃん」


ノアの耳元で吐息混じりに囁いた。

つくづく思う。

こんな奴がAランク冒険者だなんて、冒険者ギルドは大丈夫なのだろうかと。

Aランク冒険者はこの街にせいぜい十数人と聞く。そんなレアな人材の一角がこれとオルドラゴだ。冒険者に憧れる少年少女たちが知ったら大層悲しむことだろう。

しかしそんなAランクの彼は遂に、


「仕方ない……そんなに恥ずかしいなら、俺が君に料理を食べさせてあげるさ」


カインがノアの手に持つフォークに手を掛けようとしたその瞬間、


「オ゙ラァア――ッ!!」

「ぐべらッ――!?」


乱入してきたマキナがカインの腹部に強烈な膝蹴りをぶち込んだ。

カインの体がふわりと宙に浮き、数秒後死んだように地に伏した。


「こんのクソ男っ!いい加減女見る度に擦り寄るのやめろやぁ!」


意識を失っているであろうカインに、もはやキャラ崩壊したマキナが怒鳴り散らす。どうやら酒が入ると攻撃力が上がるらしい。


「……悪かったわね、こいつがあなたの連れに迷惑かけて」

「ああいや、別に大丈夫だけど……」


こうなるんじゃないかと予測していた。ノア本人が食事を邪魔されることを嫌がったのなら、俺がどうこうせずとも運命がそれを阻止するに違いない。彼女は世界一幸運なのだ。

今そこで倒れて気を失っているカインは生きているだけまだマシだったと思うべきだ。今回はマキナの膝蹴りという形で収まったが、もし下手を打てば運命に殺されることだってあるかもしれない。俺だって、もしもノアに嫌われるようなことがあれば最悪死ぬ。ありえない話では無い。

しかしノアに『嫌い』とまで言われたオルドラゴは、あの後果たしてどうなっただろうか。酷い目にでもあってるか、あるいはひょっとすると死んでいるのではなかろうか。

カインにはまだ使い道がありそうだし、ここで無意味に死なすのは惜しい気がする。忠告のひとつでも入れておいた方がいいかも知れない。


「マキナさん……ノアにはなるべく近づくなってカインに言っといて」

「ええ、そうさせてもらうわ」


マキナは呆れた顔で頷くと、カインの首根っこを掴んで元の座席へと引きずり戻った。その逞しい背中を見て、バカな男が多いと苦労するもんだと少しマキナを不憫に思う。


「「「おお〜!!」」」


その時、男達の驚嘆の声が揃って聞こえてきて、俺は思わず声の方を一瞥した。


「ぷはぁーっ!」

「も、もうむり……」


見るとそこには、片手を腰に当てて大きなジョッキの酒を豪快に飲み干すマレと、その隣で屈強な男が真っ赤な顔で倒れ込む姿があった。


「すげぇ、これで5人抜きだぁ!」

「めちゃくちゃ強えなマレちゃん!」


周囲の男達はマレを褒め称えている。

おそらく飲み比べをしていたのだろう。倒れ込む男に対し、マレは風呂上がりみたいな赤い顔で「まだまだいけます!」と言わんばかり。


「えっへへ!こう見えてお酒には強いんですよー!」


そう言って自慢げに笑う彼女を見ていると、不意に目が合った。


「あ〜ユウさん!ユウさんもやりませんか〜!?」

「いいよ俺は……これで十分」


そう言って俺はオルラのジュースが入ったジョッキをクイッと掲げて見せた。やれば確実に勝てるんだろうけど、そんな面倒なことをするつもりはない。下手に対抗心を燃やされて、アルコール中毒で倒れられても困るし。

けれど俺が断るとマレはちょこちょこと歩いてきて、俺の隣に腰掛けて座った。


「えぇ〜ユウさんやりましょうよー。もしかして、自信ないんですかー?」


こいつ酔っている。

赤く昇った顔にとろんとした瞳、滑舌も怪しくなってきている。今なら何かしら都合のいい約束でも取り付けられそうだ。

しかしどいつもこいつも面倒くさい。


「そうそう、自信ないんだよ」


軽くあしらうが、


「ええ〜つまんないですぅ〜」


彼女は本当に少しつまらなそうな顔をして、頭を下げて自慢の耳をひょこひょこ動かした。

オルドラゴ然り、カイン然りマレ然り、酔っ払いとは心底面倒な生物だと思う。そもそもこっちはシラフなのでテンションが合わない。酔っ払い相手に何を喋ればいいのかも分からないし、何を話そうかと考えると「俺そろそろ帰っていいかな?」しか思い浮かばない。

取り敢えず、目先のモノでも褒めておこうと思って口を開いた。


「やっぱり似合ってるね、そのリボン」


その言葉にマレは即座に反応した。


「ほ、本当……ですか?」


顔をガバッと上げ、赤い顔に潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。感情なく言ったこんな言葉が単純に嬉しかったのだろうと思い、調子に乗った俺は更に持ち上げる。


「もちろん。やっぱりマレはウサ耳が世界一似合うと思うよ」


鮮やかに笑顔で言ってのけた。こうでも言えば大概の女子は火を噴くように顔を赤くして、勝手に俺の好感度が上がって、そうして俺に都合のいい状況が作り出される。

そのはずだ。


「…………っ」


しかしマレの大きな瞳からは、静かに涙が流れた。それは期待していたものとは全く違う反応だった。

驚いて声も出ない。一体なぜ今の発言で涙に繋がるのだろう。とにかく早く彼女の機嫌を直さねば。


「ご、ごめん!俺何か悪いこと言っちゃった?」

「ち、違うんです……っ、私う、嬉しくて……ごめんなさいっ」


彼女は涙を拭いながらそう言った。

まさか俺の言葉が嬉しくて涙を流したと言うらしい。俺はてっきり地雷を踏んだかと思っていた。


「そ、そうだったんだ。でも何もそこまで」

「いいえっ、私本当に、凄く凄く嬉しかったんですっ。ユウさんにこのリボンをプレゼントして頂いて、本当に……っ」


マレは両手で勢い良く俺の手を掴みとる。


「ユウさん、ありがとうございますっ……ずっとずっと、大事にしますっ」


桜色の瞳が潤んでいた。

この真直ぐすぎる瞳が苦手だ。いつも俺の醜さを照らし出して、貫いくるようだ。

適当に言った俺の言葉を真に受けて、バカみたいに喜んで、本当に哀れな女の子だ。




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