第28話 情報屋
人の顔を見るなりバケモノとは、失礼しちゃう。確かに今の俺はドラゴンすら相手どれるようなので、バケモノと言えばそうかもしれないが。
「シャルさん、どうしましたか?」
尻もちを着いた猫耳少女に困惑した表情でマレが問いかける。
「マ、ママママレ!こ、こいつは一体、一体何者だぁ!?」
「ああ、ご紹介しますね。この方は私の友……知り……ギルドでお世話になってる」
「マレの友達のユウです」
まどろっこしいのでマレの言葉を遮って自己紹介をした。
その言葉を聞いて、マレは少し照れくさそうにしている。この短い関係で友人と呼んでいいのか気にしていたみたいだ。俺としては彼女を利用すると決めたので、今は仮にも友人としておく方が都合がいい。
しかし何だろう。挨拶をしてみたものの、猫耳少女は尻もちを着いたままガクガク震えている。まるで本当にバケモノでも見えているみたいだ。
まさかとは思う。
しかし少しすると猫耳少女は「なるほどそういうことか」と呟いては立ち上がり、
「いや〜悪かった悪かった!久々の客が来て驚いちまった。あたしはシャル、よろしくな兄ちゃん」
先程の様子が嘘のようにあっけらかんと笑い始めた。
「それで、わざわざ鑑定に持ってくるってことはさぞ上等な魔力石を持ってきたんだろ?見してみ、本職じゃねえけど、鑑定書くらいは付けてやるからさ。上質のものなら知り合いの石売りに掛け合ってやってもいいぞ」
「良かったですねユウさん!」
何だか分からないが、取り敢えず良くしてくれるみたいだ。
俺はボックスリングから漆黒の鎧の核を取り出した。縦十センチ横五センチくらいの青紫色の石だ。
それをまじまじと見つめ、「こ、これは……」とシャルは突然目の色を変えた。
「に、兄ちゃん、これをどこで手に入れた……」
「迷宮で拾って」
「こいつはすげえぞ、魔力耐久度も蓄積量も一級品の超レア物だ」
「本当ですか。それでどれくらいの値になりそうですか?」
「そうだな、こんな代物となると競売にかかるレベルだ。いくらになるか予想もつかないが、100万メリルは下らないんじゃないか」
「ひゃく!?」
驚いた。日本円にして1000万円くらいだろうか。この石ころにそんな価値があったとは。俺にも運が向いたきたようだ。
「凄い!お金持ちですよユウさん!」
「う、うん」
「それよりよ、そこの銀髪のお嬢ちゃんは兄ちゃんの連れか?」
シャルは親指でクイッと隣にいたノアを指した。
「そうですけど」と俺が答えると、シャルは「ふ〜ん、へ〜、ほ〜」と何やら奇怪な目でノアを舐め回すように観察し始める。
しかしノアはそんなシャルに見向きもしないで「ふぁ〜」と欠伸をひとつ。
「ふんふん、なるほどなるほど」
「あの、シャルさん?」
「ああ悪い悪い、あんまり可愛らしい嬢ちゃんだったからついな」
「そんなことより、オークションにはどうやって出品すればいいんですか?」
「そうだなー、でかいオークションだと四半期に一度くらいのペースで開かれるやつがあるんだが、その時に審査を通過すれば出品出来るはずだ。羽振りのいい貴族なんかがこぞって参加するから、かなり値段は競り上がると思うぜ。今からだと開催されるのは約二ヶ月後だな」
それはあまり良くない。
直接的だろうと間接的だろうと、貴族と接触するのは危険すぎる。俺は仮にも元勇者パーティーの一員だ。ほとんどの貴族に顔が割れてる。
それに二ヶ月なんて待ってられない。今すぐにでも生活資金が欲しいと言うのに。大食らいのノアだっているのだ。Fランク冒険者のままで二ヶ月凌ぐのはかなり厳しい気がする。
「出来れば早い内に金に変えたいんですけど、オークション以外でどうにかなりませんか」
「うーんそうだなー。知り合いの商人に話せばある程度高額で買い取ってはくれると思うが、オークションで売るより値段は下がっちまう可能性が高いと思うぞ」
値段は下がるが危険が伴うよりマシだ。背に腹はかえられない。
「じゃあ、その商人に一度掛け合ってもらえたりしますか?」
「おういいぜー。その代わり、仲介料はきっちり頂くぜ」
シャルはニッと笑った。抜け目のない奴だ。世話になる分、それくらいは覚悟しなければいけなそうだ。
「わかりました」
話はついた。シャル曰く明日以降にまた来てくれれば、商人の所へ案内してくれるそうだ。
「じゃあ僕らはこの辺で」
用も済んだので、手早く店を後にしようとすると、
「ちょいちょい兄ちゃん、なんか忘れてないか?」
シャルが空中で手をひらひらさせている。
俺が首を傾げると、
「お代だよオ、ダ、イ。鑑定してやったろ」
「え、金とんのかよっ」
思わずタメ口が漏れた。
「たりめえだろ!誰がタダで鑑定してやるっつった!」
マレの紹介だし、てっきりタダで見てくれるのだとばかり思っていた。ここへ来てまた出費が嵩む。
俺は渋々指定された銀貨三枚、300メリルをシャルの手に乗っけた。そこで思い出した。
「あそうだ、この際だからもう一個鑑定してもらってもいいですか?」
「何をだ?」
「これなんですけど」
そう言って俺はボックスリングから漆黒の剣を取り出した。
するとシャルは数秒固まった後、
「に……兄ちゃんこれ、どこで手に入れた……」
「え?えと、迷宮で」
「ラ、ララランク9のま、まま魔剣――!?」
シャルはバカみたいに大声を上げて、ちょっと良く見せろと漆黒の剣を俺の手から奪い取った。
しかし奪い取ったはいいがその剣の重みに耐えきれず、
「うごぉぉ!?」
アホみたいな声で剣ごと地面に引っ張られて膝を着いた。
何やってんだこの女は。
「大丈夫ですか?」と言いつつ俺が剣をひょいと拾い上げると、シャルは目を丸くし口をぽかんと開けてこっちを見あげた後、いきなり立ち上がって、
「すげぇぞ兄ちゃん!ランク9の魔剣なんて一体どうやって見つけてきたんだよおい!」
大興奮していた。
「そ、そんなに凄いんですか?」
「すげぇなんてもんじゃねえ!国宝級だぜこりゃあ!」
シャルがあまりに騒ぐもんだから、何だか俺までドキドキしてきた。まるで宝くじに高額当選した気分だ。
「ところで、さっきから言ってるランクってなんですか?」
「あーそっかそっか、兄ちゃん田舎出身だったな。兄ちゃんにも分かるように説明してやる。いいか、この世の全ての武器にはランクってのが1から10まで存在していて、10に近づくほど強力ってわけだ。市販で売ってるそこそこ値の張る剣でもせいぜいランク3とか4とか、どんなに腕のいい鍛冶師がドラゴンの素材を使ったとしてもランク7が限界だろう。でも兄ちゃんのそれはランク9、この世に二本と無い超名剣だ」
猫目の少女が真剣な眼差しで言い切った。
「名は『魔剣グリムキャベル』。特殊効果やスキルが有るわけじゃないが、圧倒的斬れ味と強度、それに魔力耐久度もかなり高い。その辺の魔力石なんかより遥かにな。特に斬れ味に関しちゃ、ランク10の伝説剣に匹敵する代物だ」
「魔剣……グリムキャベル」
魔剣だなんて、なんて男心を擽る響きなのだろうか。
確かにこの剣はあのドラゴンの鱗さえ斬り裂いた。シャルの言っていることは事実なのだろう。
「いや〜しかしたまげたぜ。こんな代物中々拝めないからな」
「てことは、見たことはあるんですか?」
「まーな、ランク10の剣を持ってるやつを知ってる。それを見るまでランク10の武器なんておとぎ話だと思ってたけどな」
俺の剣より強い剣を持ってる奴がいるのか。一度見てみたいものだ。
「一体どんな人が」
「おっと、これ以上喋るつもりは無いぜ。聞きたいなら金を払いな」
「えぇ」
「言っただろ?鑑定は本職じゃないんだ」
「え、じゃあ」
「あたしの本職は情報屋だよ。鑑定はおまけ。冒険者の間じゃ割と有名な方さ」
マレが有名だと言っていたのはこの事か。しかしこんな少女が情報屋とは、にわかには信じがたい話だ。
「兄ちゃん、今こんな超可愛い美少女が情報屋だなんて信じられねーって思ったろ」
「いや、別に」
「こう見えてあたしは目がいいもんでね。今みたいに見るだけで色んな情報を得られちまう。それを知りたい奴らがウチに来んのさ。そこでまた色んな情報があたしんとこに入ってくる。兄ちゃんがレアな魔力石と魔剣を持ってるってのも大事な情報さ」
つくづく抜け目のない奴だと思う。
「さあ、魔剣鑑定してやったんだから銀貨寄越しな。チップを乗せてくれてもいいんだぜ?」
バカ言うな。
俺は銀貨三枚を手渡した。
「毎度あり、また来てくれよなー」
これでようやく店を出られる。
と、その前に。
「マレ、ノアと一緒に店の外で待っててくれないかな。ちょっとシャルと話したいことがあって」
「はーい、わかりました!じゃあ行きましょうノアさん!」
「ん」
マレがノアを連れて店の外に出て行ったのをしっかりと確認する。
「何だい兄ちゃん。もしかしてマレっちに恋人がいるかどうか知りたいのか?金払ってくれるんなら勿論情報提供するぜ〜」
頭の後ろで腕を組んで、シャルは呑気に笑っている。
そんな彼女に俺は、静かに刃を向けた。
「……えっと、あ、あれ?おいおい兄ちゃんどうしたよ急に」
突然の出来事にシャルは笑いながらも焦りを隠せていない。
「お前、俺のステータス見えてるだろ」
沈黙。
「な、ななななんのこだか、え、えぇ?ステータス?ほ、本当に何のことだかさっぱり」
「とぼけんな。鑑定の最中言ってたよな、俺が田舎出身だって。ありゃどういう事だ、俺は田舎出身とか一言も言ってないぞ」
「ぎくっ」
「だいたい最初から怪しかったんだよ。人の顔見るなりバケモノとかぬかしやがって、ノアのこともジロジロ見てたな。鑑定スキルは目で見た相手のステータスも知ることが出来る、そうだろ?」
「ぎくぎくっ」
反応を見る限り間違いない。
まずいことになった。ステータスを見られただけじゃなく、俺が異世界人であることもバレている。それにこいつは情報屋だ。金を積まれれば誰にでもこのことを話すだろう。
「殺すしかない……」
「は、はあ!?正気かよ兄ちゃん!?冗談はやめてくれ!」
「俺の本名、そして異世界人であることを知られたからには殺すしかない……」
そうしなければまた第一王女達に狙われかねない。
剣を振り上げた。
「ひ、ひぃっ!?そ、それでも勇者かよあんた――!?」
剣を振るう手を止めた。
「俺が勇者?どういう事だ」
「は、はあ?勇者じゃないのかよ」
「質問に答えろ」
「わわかったって!言ったろ、あたしは情報屋だ。既に勇者が召喚されたって情報は入ってきてたんだ。そこへバケモンみたいに強い異世界人が現れたんだ。誰だって勇者だと思うだろ」
まさか勇者召喚の情報が漏れていたとは。確かに何も知らないシャルが見たら、俺を勇者と勘違いしてもおかしくない。
「それに種族も分からねえ女の子を連れ回してるんだ。勇者様も何か訳ありなのかなって思って何も突っ込まなかったんだよ」
ノアはステータスの種族欄がバグのように文字化けしていて読めなかった。その事を言っているのだろう。
「事情はわかった。だがお前を活かしておく理由にはならない」
「待て待て待て!頼むから見逃してくれ!絶対誰にも言わねえからよ!」
シャルは必死に懇願するが、
「すまないが俺は、お前を信用出来ない」
再び剣を振り上げた。
「まま待ってくれ!そうだっ、今後は兄ちゃんに協力する!アンタの知りたい情報ならいくらでも教えるよっ!に、二割引で……」
再び剣を振り上げた。
「まま待ってくれぇ!!教える教えるっ!全部タダでいいっ!!」
「鑑定料と商人仲介の手数料もだ……」
「悪魔かてめぇ!!」
ようやく話はついた。
シャルはシクシク泣きながら小声で愚痴をこぼしている。
しかしそんなことよりも、かなり重要で気掛かりなことがあった。
「それにしても鑑定スキル……、厄介だな。今後街を気軽に歩けねえぞ」
呑気に街なんて歩いていて、もし鑑定スキルを持っているやつに見られでもしたら大変なことになる。
「その辺は大丈夫だと思うぞー」
「どういうことだ?」
「あたしの目は特別製なんだ。普通の鑑定スキルじゃ他人のステータスなんて覗き見出切っこないよ。そしてあたしの情報じゃ、このレベルの鑑定スキルを持ってる人間はこの街には居ないね」
そうならありがたいのだが、彼女の言うことが絶対とも限らない。今後は気にかけておいた方がいいだろう。
「そうだ。早速で悪いけど、勇者に関する情報を教えてくれないか」
別に、アイツらのことが気になるわけではない。今後の為にも一応知っておいて損は無いと思っただけだ。
「んー情報って言っても、勇者が召喚されたって言う噂が流れてただけで、あくまで噂の域を出ないしそれ以外にはなーんも」
「んじゃあ、第一王女について何か知らないか?最近の動向とか」
「第一王女ぉ?王族の情報なんて滅多に入ってこねえよ。アイツらそもそも活動範囲がほとんど城の中だからな」
せっかくいい情報源を手に入れたと思ったのに、思いのほか使えないな。やっぱり活かしておくメリットは薄いんじゃないかと思えてきた。
「はあ、まあいいや。また情報が入ったら教えてくれ」
「ちぇ、しゃーねーな」
シャルは顔を渋らせた。
一応、念には念を入れておこう。
「シャル、お前も知ってると思うが俺は強いぞ。もし俺に関する情報を誰かに口外したらその時は」
「はいはいわーてるっての。あたしも兄ちゃんみたいな怪物敵に回すほどバカじゃねえよ。それに、今この街を出る訳にもいかないもんでね」
シャルはため息混じりにそう言った。
信用したわけじゃないが、これでひとまずは大丈夫だろう。
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