第27話 果たされた約束

げっ、泣いてる。

マレの顔を見た瞬間、思わずぎょっとした。

見覚えのあるウサ耳頭だと思って声をかけたが、どうやら最悪のタイミングだったらしい。全くもって俺は悪くないと思うのだが、泣いてる女の子を前に何故か罪悪感を抱いてしまった。


「こ、こんな所で何してんの?」


困惑しながら何故か慎重に尋ねた。

彼女の涙の理由は分からないが、恐らく食あたりか財布を


「ユウさぁん――っ!」

「っお!?」


突然飛びついてきた。マレは俺の胸元に顔を埋めてしゃくり泣きながら、何度も俺の名前を呼んでいる。

反射的に突き飛ばしそうになった手を必死に抑える。危なかった。


「よ、よかっだぁっ……ぶじでぇぇ」


泣きじゃくる様は子供みたいで、とても演技で出来るものでは無いと思う。本気で俺のことを心配していたみたいだ。本当に一神達みたいなタイプらしい。

俺は少し息を吐いたあと、数秒迷った末に彼女の頭をそっと撫でた。


「ごめん、少し遅くなった……もう大丈夫だからさ」


なるべく優しい声で言った。そうでもしないと、彼女はずっとこうして泣いていそうだったから。

俺の声を聞くと彼女はちょっと安心したのか、涙と鼻水でぐずぐずの顔を上げた。


「ほ、本当に……?」

「うん本当。だからさ、そろそろ」


離れてくれないか、と俺がそう言う前に、


「離れて」


真横でジトっとこちらを見つめる白いフリルワンピースの少女がいた。ノアだ。相変わらずの無表情が不機嫌にすら見えてくる。


「………………。ひぁっ!?ご、ごめんなさいっ!」


ノアに言われて我に帰ったのか、あんなに泣きじゃくっていたマレは顔を真っ赤にして飛び跳ねるように俺から距離をとった。自分から抱きついてきてそんな反応されると割と傷つくのだが。


「ユウ、お腹減った」

「……ちょっとまってろ。後で美味いもん食わせてやるから」

「さっきもそう言った」


くそ、マイペースな奴め。

俺は再び干し肉を投げつけてやろうかと思ったが、生憎ここに来るまでにポムの残量は底をついていた。全て彼女の餌付けに使ったためだ。


「あ、あのユウさん、この子は……?」


マレが尋ねてきた。まあ知らない間にこんな美少女を仲間にこさえて来たら、誰だって気になるだろう。マレは見惚れたようにノアの顔をぼーっと見つめている。

しかしなんと答えるべきか悩みどころだ。迷宮内で助けた、もしくは拾ったと言うのが正しいのだろうが、一から説明するのも面倒だとも思うし。そもそも信じてもらえるだろうか。


「こいつはノア。ここに来る途中で偶然出会ったんだ。実はさ……両親がいなくて行く宛もないみたいでさ、一旦俺が預かることにしたんだ」

「へ、へぇ……そうなんですか」


こう言っておけば深く突っ込まれることも無いと踏んだが、やはり突っ込まれなかった。

するとノアが俺の服の袖を引っ張った。


「ねぇユウ」

「あ〜もう分かったから。ごめんマレ、俺このあと行くとこあるんだ」


そう言って俺がノアを連れていこうとすると、


「ま、待ってください!わ、私も着いて行っていいですか!?」

「え、」

 

何でだろう、と率直にそう思った。彼女が着いてきて何の意味があるのだろう。


「だめ……ですか?」


しかし彼女がシュンと眉を下げるもんだから咄嗟に、


「そんなことないよ、一緒にいこうか」


こう答えてしまった。

そしてその言葉一つで、彼女の暗かった表情は見事に打ち消されたのだった。



机の上にはみっともないほど大量の食べ終わった料理皿が積み置かれている。店員が慌てた様子で皿を片し、矢継ぎ早に次の料理を運んでくる。

しかしノアは彼らの苦労など気にも留めないで、テーブル上の料理に片っ端から手を付けていた。


「お前……ちょっとは遠慮とかないの」

「かんひゃひてる、ありやとう」


しかしノアの手は止まらない。長年結晶漬けにされ、食事出来なかった反動が来ているのだろうか。それにしたって食いすぎだ。

俺は懐の銭袋を確認して冷や汗をかく。

ノアの豪快な食べっぷりに、マレも驚いて食事の手が止まっている。


何故、俺がこの少女ノアを連れ帰ったのか、ことの経緯を話そう。

あの時、俺は確かにノアを置き去りにダンジョンゲートをくぐった。そのはずだった。が、ダンジョンゲートをくぐった先にあったのは、もはや見慣れた大木の群れと金色の粒と、そしてさっき置き去りにしたはずのノアだった。

何度繰り返しゲートを潜れど、先程いた場所に戻るだけ。てっきり、ノアに騙されたのだと思った。しかし彼女を問いただしても「知らない。分からない」の一点張り。

こうなったら仕方がないので、「は〜わかったよ。連れてってやるから俺に協力しろ」と言うと、「ほんと?」彼女の顔がほんの少し明るくなった。

しかし本意は、フェルマニスに帰還出来たら今度こそ彼女を置き去りに逃げてやろうと考えていたのだ。

さらに、「ただし、その前にお前のステータスを見せろ。それが出来なきゃ連れて行かねえ」と、連れて行く気なんてサラサラないのに条件は付けるという卑劣な悪事を行った。その結果、少女ノアのステータスが明らかとなったのだ。


――――――――――――――――――――


【ノア】Lv.1


性別:女

種族:*****


体力:10/10

魔力:10/10

筋力:5

防御:6

敏捷:6

感覚:6


〈AS〉


〈PS〉

・神の祝福


〈称号〉

・*****

・神に愛されし者


――――――――――――――――――――


結論から言うと、この少女は誠に恐ろしい存在だった。この雑魚ステータスの何処がと思うかもしれないが、問題はスキルにある。この〈神の祝福〉と言うスキル、これは神からの祝福、つまりは彼女に常に幸運が訪れるいうスキルらしいのだが、ただその幸運の度合いが異次元極まりない。

極端な話、彼女が一度欲すれば全てのものが彼女のものになるし、彼女に危険が迫っても幸運の力で全てどうにかなってしまう。

例えば彼女にとある巨大ムカデが襲いかかったとするなら、その攻撃が彼女に命中することは絶対に無い。例えそれが絶対不可避の攻撃であったとしても、世界が彼女が傷つくことを嫌い、空間を捻じ曲げてでもそれを阻止するのだ。

加えて彼女が道を知りたがれば、彼女が選ぶ道は必然的に正解の道となるし、彼女が一瞬でも宝の在り処を求めれば、目の前に金塊の山が現れることだってあるだろう。

端的に言えば、彼女は絶対に不幸にならない。それどころかどんな億万長者よりも充実した、幸運につきる生活が生涯約束されているのだ。

ちょっと金貨を一枚拾うだとか、ちょっと男にモテるだとか、ちょっと何かの才能に恵まれてるだとか、そんなちょっとした幸せなら少しは可愛げもあったろうに。だが彼女は誰からも愛されるその美貌だけでは飽き足らず、あろうことかこの世の全てを手にしてしまった。もはや彼女がこの世界のルールそのものと言っても過言ではない気さえする。

そしてそんな彼女に、どうやら俺は目を付けられてしまったらしい。

俺がダンジョンゲートを潜っても彼女の元に帰ってきてしまうのは、現状彼女が俺と離れたくないと思っているから。少なくともそう思われている以上は離れられない。かと言って彼女をどうにかしてやろうだなんて思ってはいけない。

例えば彼女を脅かす存在がその首に剣先を向けたらどうだ。例えば彼女に死んでほしいとでも願われればどうだ。世界は総出でその者を殺しにかかるだろう。だからこそ恐ろしい存在だと言うのだ。


結局俺はノアを連れ帰ることにした。

彼女が一緒ならゲートは問題なく機能し、二人揃ってホルディム森林に移動することが出来た。更に運がいいことに、森林を抜けた先で通りかかった馬車に乗せてもらい、馬車の荷物に偶然にもあった女性服まで頂いた。そうしてつい先程フェルマニスの南門前に着いたばかりだったのだ。


「それでユウさん、先程言っていた用事ってなんだったんですか?」


暴食するノアを他所に、マレが尋ねてきた。そう言えばこの後の予定を伝えていなかった。ひょっとするとこういった話はマレに聞いてみた方が早いかもしれない、とそう思って、


「鉱石類を鑑定できるお店、ですか?」

「うん。多分魔力石だと思うんだけど、見たことないやつで。出来れば売却出来る所も知りたいんだけど」


俺が鑑定依頼をしたい魔力石とは、結晶漬けにされたノアを守護していた漆黒の鎧の核となっていた石だ。あの迷宮から入手できた値になりそうなアイテムといえばそれくらいだったので、依頼の報酬が貰えなかった分せめてそれだけでも金に変えたかった。とは言え、何せ石ころ一つだしそこまで期待はしていないが。


「そうですねー、それだったら、シャルさんのお店がいいと思います!」

「シャルさん?」

「はい!私の知り合いのお店なんですけど、冒険者の間ではちょっと有名なんですよ。確か鑑定系のスキルも持っていたはずです」


それは耳寄りな情報だ。やはりマレに聞いて正解だった。話が早くて助かる。


「ありがとう。じゃあこの後その店に行ってみよう」


そして辿り着いたその先にあったのは、


「え、ここ……?」

「はい!」


飲食店を出て、元気よくマレに案内された場所には見るからにオンボロな、店と呼ぶには些か厳しい風貌の家屋があった。

見た瞬間に不安が募る。こんなボロい店に任せて本当に大丈夫だろうか。マレは冒険者の間では名の知れた店だと言っていたが、とても信じられない。

しかし俺を案内した当の本人は、自信満々な顔で「さ、入りましょう!」と笑顔で言う。何だか断りずらい雰囲気があった。

俺は半信半疑のままだが、マレは勝手に店の扉をコンコンとノックして扉を開けた。


「ごめんくださーい!」


開かれた扉の正面奥のカウンター、椅子に座ったそいつがひょっこりこちらを見た。真っ先に目に入ったのは紺色のフードから飛び出した大きな猫耳だった。顔は想像していたより随分端正で、目元がちょっと猫っぽい。

獣人、だよな。


「なーんだマレっちか、どうした?今めちゃくちゃ忙しいだけどな」


妙に男っぽい仕草口調で猫耳少女が冗談を言う。店内に客は見当たらない。


「シャルさん、お仕事中すみません。実は私の友……し、知り合いの方が鑑定の依頼をしたいみたいで」

「おお、客を連れてきてくれたのか!そいつはありがたいな!」


マレの話を聞くなり猫耳少女は飛びつくように目の前にまで来た。

そして彼女は猫のような尻尾をくねくね動かしながら、


「それで、依頼主ってのは――」


そう言いかけた彼女の視線が俺を捉えた瞬間、一瞬沈黙が起こった。

そして直ぐに猫耳少女の顔色が青くなり、ゆっくり後ろに三歩後ずさってドサリ。尻もちを着いてこう言った。


「ば、ばばばけもんだ…………」




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