第21話 最下層最深部にて
――地下二十層。
カインは苔の生えた遺跡の壁に手を着いて屈み、息を潜めている。背後から微かに乱れた吐息が二つ聞こえる。
カインは横目に後ろの二人に視線をやった。
同じパーティーのマキナとオルドラゴだ。二人ともかなり疲弊した顔で、同じように気配を抑えている。
参ったな、とカインは思った。
彼らは第七層まで順調に進んできていたのだが、迂闊にも落とし穴にハマり十五層まで落下してしまった。当の本人達はそこが何層なのかも分からず彷徨い歩いた末に、あの怪物ミノタウロスに遭遇したのだった。
迷宮には迷宮攻略の難易度を示す等級が存在し、C→B→A→Sランクの順番で難易度が上がる。この迷宮に指定された推定難度はCランクだと聞いていたが、そのCランク迷宮にミノタウロスが出没するなんて絶対にありえない。
ミノタウロスはAランク以上の迷宮で出没する強敵だ。しかしその個体数の少なさから近年では中々お目にかかれないレアな魔物としても有名だった。
しかしどうだ。十五層でカイン達は既に三体のミノタウロスと交戦した。流石はAランクパーティー、その内二体は何とか撃破に成功したが、しかし三体目ともなると流石に体力も魔力も底を尽きかけ、交戦途中で敵の目を眩ませ逃走を測った。
ただ厄介だったのはミノタウロスだけでは無い。それ以外にもミノタウロスに匹敵する怪物がごろごろと迷宮内を徘徊していたため、堪らずカイン達は魔物との交戦を避け現在は隠密行動で迷宮内を移動している状況だった。
この迷宮の恐ろしいところは、上層階には弱い魔物しかいないという点だ。トラップも大したものは無く、ある程度レベルのある冒険者なら危なげなく突破出来てしまう。
恐らく推定難易度を調査しに来た調査隊も、上層部のみでこの迷宮をCランクと指定したに違いない。
しかし一定の層を超えた段階でこの迷宮の難易度は劇的に変化する。更にタチの悪いことに下層への落とし穴型のトラップが至る所に仕掛けられている。
弱い魔物を狩って余裕をこいていたら突然超級の怪物が蔓延るエリアへ落とされるのだから、冒険者達からしたらたまったものでは無い。恐らくだが、この迷宮内では既にかなりの冒険者達が命を落としているであろう。特にこんな迷宮内に一人で居ようものなら、
気がかりがある。
馬車で一緒だった黒髪の少年だ。
『お願いしますっ!』と言っていた受付嬢マレの声が、今カインの脳内で再生されている。
カインはマレに頼み事をされていた。それはユウという名の駆け出し冒険者を迷宮内で守って欲しい、というものだった。今回の迷宮は大した事はなさそうだったし、何よりあのべっぴん受付嬢マレの頼み事だ。特に女好きのカインはデレデレと二つ返事でそれを了承した。したはずだ。
しかしカイン達と彼は迷宮内で完全な別行動。その原因は言うまでもなく馬車での一件のこと。
これでもカインはAランク冒険者である自分に少なからずプライドを持っている。そうでなくとも自分やその仲間が彼のことを思ってせっかくパーティーに誘っていると言うのに、彼と来たらあの態度だ。自分たちが彼を囮にするだって、舐められたものだとその時は本気で腹が立った。マレちゃんに心配してもらってるのが羨ましいという気持ちも無くはない。
だが多分一番の理由は、彼の目だ。駆け出しの冒険者がレベル50だなんてどう考えたって嘘だと分かるが、そこはさして問題ではない。ユウのあの目が、カインの知るとある人物とどこか似通ったものを感じたのだ。あの何者も寄せ付けない冷たい、人として大事なものが欠けたような、そんな目に酷く嫌悪感を抱いてしまった。
しかし彼はどう考えてもレベル10前後の駆け出しで、一人で迷宮をましてやこんな鬼畜難易度の迷宮を探索なんて無理にも程がある。それにマレとの約束もあるし。あの時無理にでも一緒に行くべきだったと、カインは後悔していた。
「彼のこと気にしてるの?」
後ろから小さな声でマキナが問いかけてきた。
カインの表情から心を読まれたようだ。女の勘とは恐ろしい。
「今気にしてもしょうがないわ。それより、まずは先にいる人たちを助けなきゃ」
現在カイン達はこの迷宮攻略を諦めていた。ならば何故迷宮の奥へと進んでいるのかと言えば、ここより先に進んでしまった他の冒険者達を救い出すためであった。
依頼主であるデムリン伯爵は、少しでも攻略の可能性を上げようと参加条件に冒険者ランクの制限を設けなかった。おかげで金に困った低ランクの冒険者達がわんさか集まってしまった。
下層へ落ちてきた冒険者達は大勢いるが、その殆どがBランク以下。当然この迷宮の魔物達を相手に出来るほどの実力は無い。彼らが殺されてしまう前に助け出そうと言う魂胆だ。
他の冒険者達がこの辺りを彷徨いていた痕跡は既に発見している。まだ生きている可能性は十分にある。手遅れになる前に何とか助けた出したい思いだった。
とはいえ、この階層の魔物達は最早カイン達でさえも倒すことは困難な奴らばかりなのだから困ったものだ。逃げ続け隠れ続けて進むのにも限界がある。
「もういい、どうせこの先に行った奴らはみんな死んでる。引き返した方がいい」
疲労困憊と言った顔でオルドラゴが口を開いた。
「何言ってるの!?真新しいマーキング跡があるってことは、この先に人がいるってことよ。彼らを見捨てるつもり……?!」
「そうは言ったって、これ以上は俺たちの方が危ねぇだろ!」
オルドラゴはマキナに対して強い口調で反論する。いくら彼らがAランク冒険者だと言えど、三人の力では限界がある。ミイラ取りがミイラになっては目も当てられないし、冷静に考えればここで引き返すのが妥当だ。
しかしカインがオルドラゴの肩をガシッと掴んで、
「なぁオルド、俺たちは何のために力を持ってる?」
「なに……?」
「それはよ……可愛いレディ達を守るためだと、俺は思うんだよ」
「な、何言ってんだお前……?」
「この先で麗しの姫がその身を震わせながら待っている。そう考えただけで俺はその子のナイトになりたくて仕方なくなっちまう」
「いや、だから何言ってんだお前……」
カインは根っからの女好きである。恵まれた顔立ちと強さとそして女に甘い性格。これまでに泣かせた女性は数しれずだ。
「そんなことはどうでもいいのよ!とにかく急がないと、本当にみんな死んじゃうわ」
「おいおい、俺が他の子のこと考えてるのが気に入らないのか?安心しな、マキナには後でたっぷぐぇ――っ!」
カインの鳩尾にマキナの渾身の肘打ちが突き刺さる。
「くだらないこと言ってないで早く進め」
「は、はい……」
カインはどうもマキナに逆らえない。
「だがこの辺の魔物は冗談じゃく強え。どうすんだ、このままじゃもたねぇぞ」
「確かにまずいわね、でも生き残ってる冒険者を見つけないことには……」
オルドラゴとマキナは焦りを見せる。ここまで十時間以上戦いながら歩き続けてきた彼らの体力や魔力も限界に近づいていた。長引けば全滅は必至。
すると、暗闇の奥にあるものをカインの眼が捉えた。
「おい、あれ見てみろ……!」
指さを差した先にあったのは、異様な雰囲気を放つ真黒な扉だ。石で造られた禍々しい扉には悪趣味な謎の紋様がびっちりと刻まれていた。
しかも扉は半開き。
「あれって、最深部の扉!?まさか中に入ったの!?」
迷宮には最下層最深部に部屋がある。その部屋には宝や宝具が置かれていることが多いが、それと一緒に宝を守る凶悪なガーディアンが必ず存在する。
この迷宮の難易度はかなり高い。カインの経験から確実にAランク以上、Sランクに到達していてもおかしくない。その辺にいる魔物でさえ手に負えないのに、迷宮のボスなんか相手に出来るはずが無い。挑むにしてもSランク冒険者とAランクパーティーがあと二組は欲しいところだ。
しかしカインは決断した。
「行くぞお前ら!」
「ええ!」
「はぁ?!正気かよ!?」
迷っている暇など一刻もない。
カインとマキナは先に扉の向こうへと飛び込んだ。
「…………だぁくそっ!」
その背中に続き、オルドラゴもまた最深部の部屋へと足を踏み入れた。
<hr>
あれから数時間かけて四層下に降りた。魔物の数は多く、他の冒険者達が生き残っている想像がつかない。カイン達ももしかしたら死んでいるかもしれない。
そう思っていた矢先のことだった。
「扉だ……」
目の前には半開きになっている巨大な扉があった。これまではフロアのどこかに階段があるだけだったが、これは初めてのパターンだ。明らかに中に何かある。宝か、もしくは罠だろう。
しかし中から物凄い音が響いてくる。中で一体何が起きているのだろうと思い俺は半開きの扉から少しだけ顔を覗かせて中を確認する。
「くそっ、早く逃げろ!」
「逃げるってどこへ!?」
「誰か手を貸してっ!オルドラゴがっ!」
「ひぃっ……来るなぁ!」
「だ、だれか……」
うわぁ……。
修羅場に遭遇してしまった。
広い空間。人の数は六人。カインとマキナ、それに負傷したオルドラゴと知らない男二人と女が一人いる。
そして奥には一際目立つ、全長二十メートル以上ありそうな怪物が見えた。全身が白骨化している筈なのに、まるで当たり前のように巨大な骨腕を暴れ振るっている人型の魔物。スケルトンという奴だろうか。凄まじい迫力だ。
しかし厄介なのは巨大スケルトンばかりでは無く、ボロっちい剣を持った普通の人間サイズのスケルトンや、犬型スケルトンまでいる。
カイン達は完全に取り囲まれ、正に絶体絶命な状況だ。放っておけば確実に死ぬだろう。
どうする、助けようか。
メリットはあった。彼らにに貸しを作れる上に、助けたことを理由に彼らの集めた宝を貰うことも出来る。
俺なら多少怪我をしても死にはしないし、広範囲魔法で吹き飛ばせばあの骨達も流石に死ぬかどうにかなるだろう。最悪の場合カイン達を見捨てればいい話だ。
決断した。
俺は全身に魔力を込め、身体強化で全身を強化する。一時的にステータス数値が上昇し、身体能力が向上する。
「――ッ!」
地面を砕く踏み込みで一気に距離が詰まる。
そのまま背後から無防備な通常スケルトンの背骨部分を真横に斬りつけた。
ガキンッと鋼のぶつかるような音と共に火花が飛び、しかしスケルトンの強靭な骨は斬れると言うより砕ける形で破壊された。
背後からの強襲に周囲の骸骨達の視線が一斉に俺に集まる。そのなかで、困惑した表情のカインと目が合った。
「後ろだっ!!」
そのカインが睨み叫んだ。
それを聞いて咄嗟に身体を捻り、背後から振り下ろされたスケルトンの剣を目先数センチで躱す。
そのまま身体の回転に合わせスケルトンの頭蓋に剣を叩きつけ、その頭を砕き飛ばした。
その隙を狙おうと二体のスケルトンが俺に剣を振り下ろし、一匹の犬型が鋭い牙を突き立てようと飛び掛る。
振り翳された錆剣も飛び上がった犬型の動きも、まるでスローモーションの如く感じられる。ステータスの感覚数値が高ければ高いほど身体の様々な感覚器官が強化される。集中極まった俺の動体視力と反応速度は最早超速の領域へと達している。
前方から迫り来た犬型の顎を右脚で蹴りつけ砕き割ると同時、瞬く間に金属音が二回鳴り、スケルトンの手に握られた錆剣が俺の剣撃によって弾け飛んだ。
体勢を崩した二体のスケルトンのガラ空きとなった胴体へ再び連撃を浴びせ、確実に砕き伏せる。
ほんの一秒足らずの出来事だった。
カイン達は呆けた顔で俺を見ていた。
何をぼけっとしてるんだと大声を上げた。
「退路を開いた!早く行け!」
彼らがいては大規模な魔法が使えない。
俺の声にハッとした様にカイン達が小さく頷き、マキナが負傷したオルドラゴを抱えたまま空いた包囲網の隙間を駆け抜けていく。それに続くように他の冒険者達も走り始めた。
しかしカインは俺の元へと来ると、
「助かった!あんたも一緒に」
「俺は時間を稼ぐから、お前も逃げろ!」
「で、でもよ……」
「いいからっ!早く行け!」
「わ、分かった……死ぬなよ!!」
早く消えろ魔法が使えないだろう。
そうこうしている内に遂に巨体スケルトンが動き始めた。
巨大な骨腕が予想の数倍の速度で振りかざされた。
「――おっと」
バックステップでそれを躱すと、骨腕が叩き付けられた地面が粉々に砕け散る。当たっていたら流石にまずかったんじゃないかと、一瞬冷や汗が滲む。
しかし間髪入れず通常型と犬型が波状攻撃を仕掛けてくる。四方から飛んでくる攻撃を躱しつつ、ガンガン奴らの骨を砕いていく。奴らの骨の強度が高いせいか刃が通らない。最早剣と言うよりバットと同じような感覚で剣を振るっている。
しかし何だろうか、気持ちが高ぶっていた。この乱戦の中で命を懸けた戦いの中で感じる高揚感が少し心地いい。
突然巨大スケルトンが歪な咆哮を上げ、その巨腕で味方のスケルトンごと巻き込み地面を薙ぎ払った。
瞬時に真上に飛び上がりそれを躱した後、巨大スケルトンの額部を蹴り飛ばす。
奴の額が砕け、勢い良く背中から倒れ込んだ。
しかし巨大スケルトンは未だに身体を起こそうと動いていた。
俺は後方に目をやる。
ようやくカインたち全員が扉の外へと出たようだ。
これで思う存分魔法を打てる。
右手を翳し魔力を練る。
風魔法で生成した空気を集束圧縮。
「――死ね、バケモノ共」
前方に放たれた凄まじい爆炎が轟音と共に強烈な熱と光を周囲に放出し、残った全ての魔物を焼きつくし破壊していく。
やがて爆炎が消え、熱を帯びた強風が部屋中にチリを舞わせ少しだけ焦げ臭い匂いが鼻についた。粉々になった骨カスが至る所に散らばっている。
「ちょっとずつコントロール出来るようになってきたな……」
何度か魔法を使う度に魔力の込める具合やガスや酸素の生成具合が分かってきた。もっと制度を上げれば周囲への被害を抑えて攻撃出来るようになるかもしれない。
そんなことを考えながらふと正面を見た。
「……なんだ?」
部屋の正面奥、魔法による衝撃で壁が崩れていた。薄暗くて良く見えないが、その先に確かに空洞がある。
「まだ先に部屋があるのか?」
てっきりこの部屋が最後の部屋で、今倒したのが迷宮のボスか何かだとばかり思っていた。
今いるこの部屋には特に宝らしきものは見当たらない。見るからにボスっぽい敵を倒したのに、宝のひとつも無いなんておかしな話だ。きっとこの先の部屋に隠されているに違いない。
カイン達と合流しようかと一瞬考えたが、既に壊れた壁が修復を始めているのを見て
慌てて中へと飛び込んだ。
「何だここ?」
壁が完全に修復された後、明かりで照らしてみたその部屋は四畳くらいのほろ汚い部屋で、特別中に何かある訳でもなかった。
期待外れもいいとこ、と思ったその時だった。
「…………」
目の前、部屋の中心部分の空間が揺らいでいるのに気がついた。
「まさか……
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