第22話 光の森

頭の中に葛藤があった。

この先へ進むべきか否か。進めばお宝に出会えるチャンスだろうが、最悪の場合戻れなくなってしまう可能性がある。早くカイン達と合流しなければ助けた意味も無いし、ただここまで来て何の収穫も無しに帰りたくはない。

しばらく悩んだ末に、


「よし、行こう」


決意を固めて踏み出した。

要はトラップに気を付けてマッピングをしっかりしていれば良いだけの話なのだ。それに例え迷宮内で遭難したとしても、幸い俺は食事を取らなくても生きることが出来る。まあそれは本当に最悪の手段ではあるので、そうならないために食料の足りる内に帰還するつもりだ。

とにかく今は先に進んでみたいとそう思う。

このモヤモヤがいけないのだ。この空間のモヤモヤが俺を引き込もうと揺らめいている。

この迷宮に潜って既に十数時間経過しているが、その全てに胸踊らされた自分がいた。この先には何が待ち受けているのだろう。気になって仕方がない。男はいつになっても冒険をする生き物である。


揺らぐ空間を抜けると直ぐに変化を感じた。

あまりの眩しさに目を細めた。さっきまで居た暗闇が嘘のような空間だ。気温にも大きく変化があって、遺跡の中はジメジメとしていて少し肌寒かったが、この場所は穏やかな森林の中に居るような気分で、


「え?」


目の前の光景に思わず間の抜けた声が漏れ出た。

そこは森林だった。

ただの森林じゃない。そこかしこにほんわり金色に輝く光の粒がゆっくりと飛び回っていた。さらに木々は一本一本が巨大に畝り聳え立っている。

一瞬迷宮入口のあったホルディム森林に戻って来たのかとも思ったが、木々はこんなに巨大じゃなかったし何よりこの飛び回っている光の球体なんて見たことも聞いた事も無い。

多分、いやきっとここは俺の知らない世界だ。

風が吹いて木々の揺れる音がして、どこからか野鳥の鳴き声が聞こえてくる。睡眠導入のBGMを聞いているような心地の良い環境音に、少しだけ頭がぼーっとする。

ふと目の前を横切った光の粒子に触れてみると、何の感触も残さずふっと消え失せてしまった。

もしかして殺してしまったのだろうかとちょっと心配した矢先、忘れかけていた自分の目的を思い出した。自分はここに宝を探しに来たのだ。決して光の粒と戯れる為に来たのではない。そう思って辺りを見渡そうと振り返ったところで、ようやく恐ろしい事実に気がついた。


「ゲートが、無い……」


先程通過してきた空間のモヤモヤ、もといダンジョンゲートは完全に姿を消していた。それはこの迷宮からの帰還が絶望的であることを意味しているわけで、


「う、そ、そんな馬鹿な……!?」


慌ててさっきまでゲートがあると思っていたその辺をバタバタ行ったり来たりあれこれ試して確認する。しかしゲートなんて何処にもありはせず、この目に映っているものは現実なのだと再認識して呆然と立ち尽くす。


「どうしよ」


口をついて零れた。

ダンジョンゲートは消えたり移動したりしない、そう教わっていた。現に先程の遺跡の迷宮に入った時はゲートは消えることなくその場にあった。それを潜れば元いたホルディム森林に戻れたはずだ。

今潜ったゲートは通常とは異なる未知のゲートだったと言うことなのだろうか。確かに迷宮の中にさらに別のゲートが存在するなど聞いたこともない。迂闊だった。もっと警戒するべきだったのだ。

しかし今更後悔しても遅い。幸いにも俺は食事を必要としないので、何日だって探索できる。

必ず帰り道を探し出してやる。そう意気込んで踏み出した。

木々を避けて歩くと言うより、巨大なその木の周囲を周るようにして前に進んでいく。

その度々で足元に縦横無尽に張り巡らされた巨大イカの触手みたいな木の根っこが邪魔をしてくる。歩くだけでも一苦労だ。

しかし森の奥へ奥へと進む度、宙に浮いて漂っている光の粒の量が多くなっている気がする。まるで俺を呼んでいるような、そんな気がする。

もしやこの光の粒たちはこの森に住む妖精か何かで、道に迷った俺を憐れんで道案内しようとしてくれているのでは。そんなおとぎチックな思考が何となく浮かんで、その考えが浮かんでしまった自分をちょっとキモイなと思ってその妄想をなかったことにした。

そんなことを考えながら一人森の中を探索していると、突然周囲を飛び回っていた粒達が一斉に、まるで何かから逃げ惑う様に物凄い勢いで霧散した。

突然なんだと立ち止まり、剣を抜いて腰を落とし、五感を集中させて辺りの気配を探った。

正面右奥の方だ。

ずしりと重い足音が近づいてくる。

少しずつ、少しずつ。

そして奴が大木の幹の奥から遂にその姿を現した。

体長5メートルくらいだろうか。赤っぽい毛で全身を覆い、プロレスラーの数十倍はありそうな両腕はその異常な筋肉量に皮膚が今にもはち切れてしまいそうな勢いだ。


「ゴ、ゴリラ……?」


パッと見の見た目はまさにそれだ。通常のゴリラを5メートルサイズにして、全身の毛を赤っぽく染めて、薬か何かで筋肉を異常発達させればそいつの出来上がりだ。

奴の赤い瞳は完全に敵意を持ってこちらへ向けられている。逃がしてくれる気は無さそうだ。

いきなり来た。

魔物の動きなんてどいつも単純で、大体が正面からの直接攻撃。現にこのゴリマッチョも同様に、正面から飛び付く様に右腕の大振り――

俺の予測は外れなかった。しっかりと敵の動きを見極め、少し後ろに跳んで攻撃を躱した。狙い通り奴の大拳は空振り地面にめり込んだ。

ただその次の一手だけは予想外だった。

地面に叩きつけられた奴の右拳を中心に、半径数メートル範囲内に強烈な衝撃波が発生。

衝撃波はいとも容易く辺り一帯の地面を抉り取り、俺の体を空中へと吹き飛ばした。


「うわ――っ!?」


思わぬ攻撃に度肝を抜かれた。

空中で考える暇もなく、眼前に迫り来る猛獣は再びその重い拳を振りかざしていた。

咄嗟に両腕でガードの体勢をとる。が、空気が破裂するような音がして、一気にその場から身体が弾け飛んだ。

ひとつの大木の幹を突き破り、そのすぐ後ろにあったもうひとつの木に腰からめり込んで身体の勢いが止まった。

一瞬だったが久々にまともに痛みを感じたことに驚き、口の中で血の味がすることに少しだけ怒りを覚えた。

恐ろしい咆哮が聞こえて正面を見ると、奴が空に向けて大口をあけ雄叫びを捻り上げていた。その度にやつの周囲に衝撃波が生まれ、周辺の木々を根こそぎへし折ってゆく。

きっとあの衝撃波は奴の魔法やスキルの類だろう。

正直油断していた。魔物がスキルを持っていることは知識としては知っていたのに、全く考えていなかった。それどころか奴をこれまでの魔物と一緒に考えていた。

レベルが違った。

文字通りそうなんだろう。この場所に住み着いている魔物は、これまでのとは比較にならない。

きっともっと、慎重に行くべきなのだろうが、


「このクソ野郎ォ――!!」


怒り任せに飛び込んで今でも雄叫びを上げていた奴の懐に潜り込み、剣を光らせた。

その瞬間再び奴を中心に衝撃波が発生するが、


「二度も同じ手にかかるか、よっ!!」


多量の魔力が込められた風魔法で衝撃波に対抗。二つの衝撃がぶつかり合い、互いに相殺し合う。

その刹那を目掛け、がら空きの胴体に一撃、首元に二撃目の剣撃を叩き込んだ。

ズガンと鈍い音が響き、大猿の身体が後方数メートルぶっ飛んだ先で体勢を立て直した。

金属バットで鉄柱を叩いたような、硬い感触だけが剣を握る手に残っている。

刃が立たない。

剣を見た。

ガタついた刃こぼれが目立っている。

大猿は剣が叩き込まれた脇腹と首元にダメージを受けている様子が伺えるが、刃が通らなかったので致命傷に至っていない。

思えば遺跡の迷宮でスケルトンと戦った時もそうだった。俺の剣はスケルトン達の硬い骨を切断することが出来ず、ただ力のゴリ押しで骨組みを破壊して倒すことが出来た。

しかし俺のパワーを持ってしても、この剣では大猿の硬い皮膚と筋肉を切り裂くことは叶わないらしい。

アバラを折られて怒り狂った大猿が吠える。

今奴を倒す算段を考えていたところなのに、お構い無しに大猿が飛び込んできた。

だったらこれはどうだ。

大猿の顔面付近で熱魔法による爆発を起こす。咄嗟に魔法を構築したので十分な魔力はこもっちゃいないし、イメージも不十分。しかしそれで良かった。ただ奴の視界が一瞬でも遮られればそれで――。


「おっらあっ!」


まるでやり投げ選手の様な持ち方で、一瞬動きの止まった大猿の左目に渾身の力を込めて剣を突き立てた。

エグい音と感触がして、大猿が一瞬叫んで、赤い血飛沫が思った以上に飛び散って頬に掛かった。

剣は突き立てたまま後ろに飛び退いて大猿を見ると、奴はは声も出さずゆたゆたと二三歩よろめき歩いてどかり、うつ伏せに倒れ込んだ。

剣が突立ったままの顔面から止めどなく血が溢れて血溜まりを作っていくが、大猿はピクリともしない。

目から入った剣が奴の脳髄を破壊し、完全に絶命させた様だ。

やはり、防御力が高くとも弱点はあるみたいだ。きっと俺だって、剣であんな勢いよく目を突かれたら同じ目にあう。

想像して少しゾクッとしたその時、全身が熱くなりレベルがアップした。

これで現在レベルが42。ミノタウロスやその他魔物を倒し、スケルトンの群れを倒し、この度の大猿で一気にこのレベルまで到達した。多分だがこのペースでのレベルアップはかなり早いんじゃなかろうか。カイン達のレベルが噂ではあるが60程だと聞いた。レベル60そこらでAランク冒険者を語れるのなら、この辺りで猿狩りでもしていれば一日で到達できる気がする。それくらいこの辺の魔物は経験値をくれるだろう。

とはいえ、俺はレベルというものを然程重要視していない。普通の冒険者達ならばレベルが高い方が強いという当然の認識なのだろうが、レベル1の状態でステータス数値がバグっていた俺はその認識が薄い。レベルなんて今後ステータスを他人に見せることは無いのだから誰に自慢することも出来ないし、レベルが高かろうが低かろうが俺には得に思えることが余り無い。勿論レベルアップする度に実際強くはなっているので、存外に無意味だとも言えない。

そんなことはさておいて、先程霧散したはずの光の粒が大猿を始末した途端に集まってきていた。

そしてまた俺を導くように一定の距離を保ったままぷわぷわ飛行している。

こいつらやっぱり俺を案内してるんじゃ、と思いつつ再び歩き始めた。

深い森はまだ続くようだった。



凄いものを見つけた。

輝く粒子に誘われて、森を突き進んだ先の大きく開けた場所。先程までのでこぼこでガタガタの険しい道とは打って変わり、苔の生えた石ブロックを敷き詰めて造られた平坦な広場。その中心に悠々と佇む大きな祭壇があった。

祭壇は地上から十メートルくらいの高さがあって、そこへ登るための階段が正面にある。

しかしこの祭壇なんてものは取るに足らぬおまけのようなもので、俺の目を一番に引き付けたのは、その祭壇の真上で時が止まったように浮かんだまま静止している金色半透明の巨大なひし形の宝石だった。

宝石と表現したが、その価値に関しては全く分からない。全体から金色の光を放っていて、宙を飛んでいる光の粒達を今もその一身に集め続けている、その神々しき姿を何となく宝と捉えた。

やったぞ。

心が静かにガッツポーズを取っている。

これが何だか分からないが、きっと高く売れる。そうに違いない。

こんな不可思議で美しい石に値がつかない筈がない。然るべきところで査定してもらえば、きっと俺は億万長者だ。


「ははっ」


つい笑いが零れ、胸を高鳴らせながらどうやって持って帰ってやろうか考えつつ祭壇へ近づいて行った。

しかし威厳すら漂う古びた階段を前にして、俺はぴたり足を止めた。

階段の両脇に意味不明な文字が刻まれた、苔まみれの二本の柱がある。その柱のそれぞれに凭れ座る二体の、漆を塗った様な漆黒の鎧は一体何なのだろうか。

右側の鎧は、鎧と同じ漆黒色の剣を地面に突き立てその柄頭に両手を添えたまま眠るように座っている。

左側の鎧は、同じく漆黒の槍を肩に立て掛け眠ったように座っている。

二体とも中身は空っぽだ。ここから見ても兜の中が空洞で、ぽっかりと暗闇だけが覗いている。

でも絶対動くだろこれ、と直感的に思った。

ここが地球だったなら、鎧の中に人が入っていない時点で安心出来たのに。

こういう状況を体験したことがある。勿論ゲームなんかの話だが、重要ポイントに辿り着いた時や宝を見つけた時、その場を守るガーディアンにこんな鎧の敵がいた。奴らは初めはただの飾りみたいに大人しくしているのだが、こちらが何らかのアクションを起こした途端徐に動き始め攻撃を仕掛けてくる。

今目の前で輝いている宝石は明らかに人為的にこの場に設置されたことに違いない訳で、必要があってそうされたわけで、部外者に盗まれたり壊されたりしない為に守護を置くのは当然の処置であるわけで、

ブォン――と音がして突然鎧兜の目元部分に赤い光が点った。

軋む音と共に両側の鎧が全く同じタイミングで立ち上がり、剣と槍をビシリと構えた。

俺がうだうだ考えているせいで、遂に予想した通りの展開になってしまった。いいや、祭壇を上っている最中に背後から奇襲をかけられるよりは幾分かマシだったと考えよう。

俺は剣を引き抜いた。

その動作とほぼ同時、動いたのは槍を持った鎧だった。

弾丸の如き速度で間合いが潰れ、漆黒の槍の先端が既に目先数センチにまで到達して、間一髪で頬を掠めた。

吹っ飛ぶように直ぐさま後退。

頬の傷は塞がったが、生暖かい血が顎先まで垂れ落ちてきて、


「おいおい……」


全身から汗が吹き出した。

手足が痺れるように重い。

怖い。

一太刀で理解した。

これまでで一番強い。全身に重くのしかかる圧に吐き気がしてくる。

一瞬首を傾げるのが遅れたら死んでいた。死んでいた、その事実が今も脳髄に蔓延っていて、手足の震えが止まらなくて、心臓が破裂しそうなほど緊張している。

ルーナスという男にコテンパンにやられ殺されそうになったあの時の感覚が蘇る。

どうする、逃げるか、逃げ切れるのか、戦って勝つ、無理だ、さっきの攻防も紙一重だった、一体だけでもギリギリなのに、もう一体いるなんて、

目の前で黒い槍が回転したのが見えてハッとした。

四連続。咄嗟に正面からの突きを剣で弾き、二回目の突きが左脇腹を貫き、長い柄の部分に顔面を殴られ、四撃目、穂先による回転斬りを何とか剣で防ぎながら後方に吹き飛ばされた。

傷が回復して、直ぐに体勢も立て直し正面を見ると、剣を持った鎧が遠くで剣を振り上げていた。


「おい、冗談じゃねぇぞ……!!」


爆発みたいに斬撃が飛来した。

剣を振り抜いた先の地面が割れる。空間の揺らぎが凄まじい速度で押し寄せてくる。

飛び退く様に転がり避けた。

地震みたいな振動が腹に伝わってきて振り返ると、斬撃の軌道の先で大木が次々と薙ぎ払われて行く。

ぼうっとしてる暇なんて無く、また槍の鎧の連続攻撃が始まった。

槍がグルグルと回転して攻撃の軌道が読みにくい。目で追えない速度じゃない。しかし慣れない長物と言うのもあるが、単純にこの鎧達の武器捌きが達人の領域にある。剣を握って一ヶ月ちょっとの俺とでは、熟練度に計り知れない差があった。

パワーやスピードでは俺に部があるとはいえ、圧倒的技術の差のせいでどうしても一歩遅れをとってしまう。

黒槍の連撃が少しずつ俺の肉を削いでいく。

防戦一方。

背後から殺気と共にもう一体の鎧が斬り込んでくる気配。

絶体絶命。

打開策は――


「風撃ッ!!」


俺を中心に風魔法による強力な風圧が周囲へ解き放たれた。大猿の使っていた技を風魔法で再現したのだ。

地面ごと抉る様な威力に二体の鎧の動きが止まる。

その一瞬を突いた。

身体強化。前方、槍の鎧の土手っ腹を強烈に蹴りつける。足裏に伝わる硬い感触を捻り潰す勢いで力を込めた。

槍鎧が列車に撥ねられたみたいにぶっ飛んで、地面を破壊しながらゴロゴロと転がっていく。

続いて即座に背後の鎧の頭部目掛けて渾身の回転斬り。

ズガンッ――とド派手で耳障りな音が鳴り、鎧の兜が空中に跳ね上がった。

首が取れた鎧を見て勝ったと思ったその矢先、その首無し鎧による高速の剣撃を見舞われた。


「ぐはっ」


肋ごと腹を一文字に切り開かれ、物凄い量の血が腹と口から吹き出し意識が一瞬消えかかる。

しかし更なる追撃の剣が目に映り、慌てて転がり避ける。

その先で真上からもう一撃、振り下ろしが来る。

咄嗟に剣でガード。

剣と剣がぶつかった。

その刹那の一瞬、僅かゼロコンマの世界で感じ取った確かな感触。

――剣が折れるッ!


即座の判断で剣を斜めに、衝撃を受け流す。

そのまま斬り上げ、俺の剣先が鎧の胸元で火花を散らし、鎧が数歩後方によろめいて止まった。


「……、」


どうする。俺の剣じゃあの硬い鎧に傷一つ付けられない。頭を吹っ飛ばしたのに平気な顔で剣を振り回してくるし。バラバラにするしかないのか。そんなことをしても終いにはコイツら片腕一本で攻撃して来そうな気がする。魔法を放とうにも強力なやつを打つ暇がない。

遠く後ろでもう一体の鎧が動き始めた音が聞こえた。

考えろ。どこかに弱点があるはずだ。

しかし考える間もなく目の前の剣鎧はまたしても達人級の剣さばきで襲いかかって来た。

あの漆黒の刃を剣で受けてはいけない。斬れ味に差があり過ぎて、俺の剣がお釈迦になる。既に俺の剣の刀身には二センチ程の切れ目とその部分からヒビ割れが生じていた。次受けたら確実に破壊されてしまう。

全ての攻撃を防ぐのではなく躱す必要がある。

集中しろ。

左下から斬り上げ、斬り下げ、突き、横、そのまま回転斬り。

敵の攻撃を次々と躱していく。

決して目で追えない速度では無い。集中すれば避けられる。

しかし突然バチバチと後方から放電音が飛び込んできた。

視線を移すと、後方にいた鎧が黒槍に電撃を纏わせ、何かを打ち出そうとしている。

しかし余所見をしている暇はなかった。気を取られた一瞬のうちに、黒剣が俺の左手首を跳ね飛ばし、膝を深く切り裂いて、腹を突き刺し、そして首を、


「くそっ、があッ!!」


口から血を吐きながら目の前の鎧にしがみつく。

ジタバタ暴れ回る首無し鎧を押さえ付け、後ろに回って羽交い締めにする。単純な力比べなら俺の方が上だ。

鎧を押さえながら正面を見やると、槍鎧が雷を帯びた槍を投げの体勢でこちらに向けていた。どうやら充電が完了したらしい。


「撃ってみやがれこの野郎――!!」


その瞬間、目の前が青く光った。

まるで対物ライフルのような速度で、勿論威力はその比較にならないほど強烈で、あの頑丈だった漆黒の鎧をものともせず貫き、その鎧の背中に張り付いていた俺の土手っ腹に大穴を開けて一直線上の木々を根こそぎから薙ぎ倒して雷槍はどこかへ消えた。

羽交い締めにしていた鎧と一緒に、俺はその場へ力なく倒れ伏した。

意識が戻るのに時間はかからなかった。

自らの武器を放り投げて仲間ごと俺を倒したと思い込んだ黒鎧は、ガチャガチャと金属音を鳴らして元いた柱の前へ戻って行く。

チャンス到来だった。

背後から飛び付いて地面に押し倒し、力一杯押し付ける。

胴体から兜を無理やり引き剥がし、ぽっかり空いた首元から鎧内部に腕を突っ込む。


「さっきもう一匹押さえ付けてる時に見つけた、お前ら中に何か入ってるだろッ」


鎧の中に突っ込んだ手が何かを掴み取る。

遠慮無しに勢い良く引き抜いた。

その手に握られていたのは、


「石……?」


青紫色の綺麗な石だ。

また石か、と思ったその時には、あんなに元気だった鎧はぐったりと動かなくなっていた。

思った通り、この石を核として動いていたようだ。もう一体の鎧は雷槍の一撃によって核が破壊されたのだろう。狙って羽交い締めにしていた訳では無いが結果オーライであった。

全身の力が一気に抜け落ちる。


「ふはっ、」


俺はその場で大の字に寝転がって、しばし呼吸を続けた。

想像以上の苦戦に点数を付けるとするなら二十五点。しかしよく生き延びたものだと自分に拍手を贈りたい。


「そうだ、宝、宝石……」


この激戦を強いられた最大の理由を思い出した。

直ぐに祭壇まで駆け寄って、再び階段を上る手前で立ち止まって恐る恐る振り返る。

本当に死んでいるよな、と地面に転がる二体の鎧を確認してホッと安堵の息を吐く。

そしていよいよ祭壇へ続く階段に足をかけ、一段また一段と上っていく。その度に光の粒がバカみたいに増えていく。

ようやく頂上まで辿り着いて、そうして俺は目を見開いた。


少女がいた。

巨大な金色半透明のひし形のクリスタル、その中に少女がいた。

長い髪、全裸で、クリスタルの中で身体を折り畳むように膝を抱え、瞳を閉じて、時が止まったみたいにじっとそこで眠っている。ひょっとすると生きていないのかもしれない。


「……、」


予想もしなかったその光景に呆気に取られ、二三歩後ろに下がる。

その時だった。

気配がした。

背後からだ。

それは圧倒的なまでの存在感。

嫌な予感がする。しかし誰も何も、コレを守る存在があの鎧二体だけだとは言っていないのだ。

引き攣ったように首を捻って後ろを見た。


遂に姿を現した。

この世界に存在すると聞いて以来、一度でいいからこの目で見てみたいと常々思っていたそいつが。

全長およそ二十メートル以上、全身が純白に輝く鱗に覆われ、猛々しい角の生えた頭部首元から背中を通って長い尻尾の先まで数え切れない鋭い棘が生えていて、分厚い四足には恐ろしく光る爪、極めつけは鋭い眼光の下に並ぶ凶悪な牙だ。

巨大な二つの翼を大きく広げて、白く神々しきドラゴンが、今目の前に降り立った。

奴が翼を畳んで四足で着陸したその瞬間、大気が震えたのを確かに肌で感じ身震いする。

しかし現実は目の前に、こちらを射抜く鋭過ぎる視線がそこにはあったのだ。




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