第7話 歓迎パーティー

その日、医務室のババアに身体のあちこちを見られて問題無しと言われたあと、自室へ戻りシャワーを浴びてふかふかのベッドでごろごろして本日のディナーは何だろうかと考えていた。

時刻は十八時を過ぎた頃だった。専属メイドのソフィアが慌てて部屋へ飛び込んできてこう言った。


「ふぇぇん、ごめんなさいぃぃ!!」


またか、と反射的に思う。


「ソフィア、部屋に入る時はノックをしてくれ」

「あ、ごめんなさい。いつもの癖で」

「いつもなのかよ……」

「そ、それより、雨宮様ごめんなさい!私、お伝えしなければいけないことを忘れていました……!実はこれから勇者様方を歓迎するためのパーティーがあるんですぅ!」

「え、何時から?」

「十八時ですぅ……!」


現在の時刻は十八時二十三分、完全に遅刻だ。全くこの使えないメイドときたら、運んでくる料理を十中八九で間違える、滑って花瓶を破壊したり、朝はバケツの水を引っ掛けて起こしてくれたこともあった。

そしてまたドジを踏んだらしい。


「今すぐこちらのお召し物に着替えてくださいぃ〜」


涙目で彼女が手渡してきたのは黒のタキシード。多分ドレスコードがあるのだろう。王族主催のパーティーで学校の制服や戦闘服で行く訳にもいかない。


「わかった今着替えるから」


そう言って俺が服のボタンに手をかけると、


「ひぁっ、まま待ってください!今出ま――きゃあっ」


ソフィアは足をもつれさせ盛大にすっ転んだ。

騒々しさの頂点みたいな奴だ。



会場に着くと既に多くの人間が集まっていた。ざっと見立てで五、六十人はいそうだ。皆一様にドレスやタキシード等を身にまとっている。恐らく全員が貴族か何かだろう。

ラウンドテーブルがあちこちに設置され、人々がワイン片手に立ち囲んでは談笑している。食事はビュッフェ式のようだ。

正直少し緊張しないでもない。こんなタキシードなんて着たこともなければ、格式の高そうなパーティーにお呼ばれしたことも無い。礼儀作法も知らないので恥をかく可能性もある。

だがまあ、それでも別に構わないとも思っている。誰になんと言われようが、所詮赤の他人。気にするだけ無駄だと割り切ることが出来る。

そんなことよりも食事を楽しもう。ここの料理も美味しそうだ。俺が料理を頂こうと歩いていると、周囲からヒソヒソと話し声が聞こえてきた。皆が俺を見て何か話している。これでも俺は異世界人。多少有名なのは仕方が無いと思うが、それにしてもあまり良い表情をして俺の話はしていないように見える。どちらかと言えば少し小馬鹿にしたような、嘲笑うような視線が見受けられた。

もしかしてタキシードの着方が間違っていたのだろうかと一瞬心配したが、特に間違ってはいなさそうだ。


「ゆう……優じゃないか!」


声が聞こえて振り返ると、多くの女性に取り囲まれたタキシード姿の一神がこちらに手を振っていた。流石イケメン勇者、こちらの世界でもおモテになるようだ。しかしいくら何でもモテすぎだろうと思う。

一神はとんでもない人数を引き連れてこちらへ迫ってくる。


「探したんだぞ!そんなところで一人で居ないで一緒に話そう!」


彼の言葉を意訳すると『探したんだぞ!お願いだから助けてくれ!』だろうか。

俺と合流すると、一神にまとわりついていた奴らは散り散りに離れていった。


「すまない、助かったよ優」

「モテモテだったね」


一神は心底疲れた表情で溜息を吐いた。


「はは……嬉しい反面、正直ちょっと疲れるかな。女性の相手より魔王の相手の方が向いてるかも」


戦ったことも無いのによく言う。面白い冗談だ。


「まぁ、魔王を倒せばお金も女性も好き放題だしね」

「ははっ、優でも冗談を言うんだな。でも僕はそんなものより、この世界が平和になって皆で笑って過ごせる方がいいよ」


――は?冗談を言ってるのはお前だろ。


俺は鼻では笑った。


「それ、本気で言ってる?」

「あぁ、もちろん」

「…………。」


一神は真直な瞳で、笑って答えて見せた。その表情がまた俺の心を苛立たせる。

ああ、なんだその顔は。何でお前までそんな顔が出来るんだ。気づけ、お前のそれは偽善だ。自分の心に嘘をついていることにさえ気が付けてないんだ。だからそんな顔ができるんだ。自分さえ良ければそれでいい、それがお前達の本性だろ……。


「……………………嘘ついてんじゃねぇよ」


誰にも聞こえない声で呟いた。


「ん?何か言った?」

「ううん、何でもない」


あっけらかんと、俺は再び偽の笑顔に戻った。


「光汰――!」


突然声が飛び込んできて振り返ると、大勢の男を引き連れたドレス姿の星野が大変そうに手を振っていた。


「あ、あっちで一緒に食べよう!」

「愛風……うん、もちろん」


おそらく彼女も一神と同じように肉壁に取り囲まれていたのだろう。

しかし星野が来たのなら一神の女避けに使われていた俺はお役御免というわけだ。別の場所へ行こう。もう一緒に行動する理由はないのだから、そう思ってその場を離れようとすると、


「どこ行くの?雨宮くんも一緒に行こうよ、友達なんだから!」


そう言って星野が俺のタキシードをちょいと引っ張って笑った。

一瞬星野の笑顔に自分が怖気付いた気がして、必死に平静を保とうと作り笑いを浮かべる。


「…………う、うん」


たった今の自分の顔が酷く気持ち悪いものに思えて不快感が増す。

俺はこいつらと友達になったことを少し後悔している。このままじゃ俺は、さらに嫌いになってしまう。


「ま、愛風ちゃん!」


俺達が移動すると、男達から逃げるようにドレスを着た成村が駆けてきた。


「千代!」

「こ、怖かった……」


成村は酷く脅えた様子で、涙目になっている。男が苦手という人間があれだけ男に取り囲まれたらそりゃ怖いだろう。

しかし丁度いい。今日の昼のことを謝っておこう。急に逃げ出して変に思われていることだろうし。そう考えた矢先、


「あ、優……くん。今日はごめんなさい。私なにか変なことしちゃったかな?それで怒って行っちゃったんだよね……」


意外だった。彼女から声をかけてくるどころか、逆に謝ってくるなど。悪いことをしたのは俺なのに。


「いや、俺こそごめんね。急にお腹が痛くなっちゃって……はは」

「そ、そっか、そうだったんだ……私てっきり怒らせちゃったのかと……良かったぁ」


良かった、それはつまり俺と険悪な関係になりたくなかったということだろうか。

何だよそれ。俺なんて信用してんのかよ。俺はお前達のこと、一度も信用したことなんてないのに。


「ち、千代に男子の友達が出来てる……!しかも、名前呼び……!」

「え、いや、これはちがっ」

「俺と友達なんてやっぱり嫌だよね……」

「っいぃや、じゃ、ない、です……」


成村は顔を赤くして俯いて、必死に振り絞ったような声で言う。

ほら、簡単だ。こう言えば断れないし、俺がちょっと表情を作るだけで俺の生きやすい世界になる。これでいいんだ。これが俺のやり方だ。おめでとう成村、俺がお前の男友達第一号だ。せいぜい俺を守ってくれ。


「そう言えば、桐山くんはどこに行ったの?」


星野が唐突に疑問を投げる。確かにどこにも姿が見当たらない。

すると成村が、


「あ、あの人なら女の人達に囲まれたあと嫌そうな顔して会場を出て行っちゃったよ」


まあ桐山の性格上そうなるだろう。しかしなぜあんな目つきの悪い男がモテて、俺がモテない。俺なんて誰も寄り付かなかったのに。別にモテたいわけではないが。この差はどこにあるのだ。



「――キャッ!?」


突然、近くで誰かの悲鳴が聞こえた。

視線を向ければ、そこに赤いドレスの女性とアリスが立っていた。しかしアリスの着る純白のドレスにはワイン色の赤いシミが出来ている。これだけで何となく状況は理解出来た。


「あらあらごめんなさい?ついつい手が滑ってしまいましたわ」


赤いドレスの女はこれでもかと嫌味ったらしい態度だ。多分わざとだろう。王主催のパーティーで王女に対してワインをひっかけるなんて、随分と肝の据わった奴だ。


「アリス、大丈夫?」


俺はすぐさま駆け寄ると、ハンカチを取り出してアリスに差し出す。


「あ、雨宮さん……ありがとうございます」

「別にかまわないよ」


まあアリスは王族だし、お金持ちだし、これくらいしやってもいいと思う。


「あら、あなたもしかしてあの異世界人のアマミヤさん?」

「そうですけど……」


俺が答えると女は何がおかしいのか、急に大声で笑い始めた。


「くく、ごめんなさい……つい可笑しくって。でも類は友を呼ぶって本当なのね。どうアリス?落ちこぼれ同士で慰め合う気分は」

「…………っ」


アリスは俯いたまま何も言わないが、今ので大体状況が掴めた気がする。恐らく俺が雑魚の役たたずだと言うことは、ここにいる奴らほぼ全員に知れ渡っているのだろう。それが俺がモテなかった理由。

そしてどういう訳かアリスも落ちこぼれ扱いされていて、この女はアリスの名前を呼び捨てに出来るほどの権力を持っていると、そんなところだろう。しかしこの女、絵に書いたような悪役令嬢だ。


「ねぇアリス、聞いているのよ?」

「わ、私のことは……なんと言っても構いません。ですが、雨宮さんのことは……」


アリスは振り絞ったような声を出す。感情を押し殺しているのか、はたまた怯えて声が上ずっているのか。

しかしアリスよ、俺なんか庇う必要は無いのだ。何を言われたって俺はなんとも思わないし、他人のために怒るなんてバカのすることだ。だからやめろ、迷惑だ。


「あら、汚い下民の娘が私に口答えするのかしら。よくそんな真似が出来たものね。気に入らないわ」


嫌いだな。


「あなたの母親もそう、下女の分際で父上に取り入って末席を汚しておきながら、よくもまぁのうのうと生きていられるものね。あら?もう死んでいたのだったかしら?あっははは――っ!」


嫌いだ。

俺は人間が嫌いなのだ。

だから、


「あなた達って本当にそっくりね。親子揃って王家に住まう寄生虫。この薄汚い――」


それを言い終える前に、女の頭に真赤なワインが流れ落ちた。


「わるい、手が滑った」


女は一瞬呆けた面をして固まっていたが、顎先から赤い液体が滴り落ちるとようやく状況を理解したのかプルプルと身を震わせ始めた。


「あ、あなた……自分が何をしたのか分かっているのかしら…………」

「だから、手が滑ったんだよ。ごめん」

「あ、あなた……!この私が、フェルマニア王国第一王女エルデナ・エルーナ・フェルマニアと知っての狼藉かしら!?」

「いや、知るわけないだろ。あんたそんなに有名じゃないよ?」

「――なっ」


エルデナは顔を真っ赤にして狂ったように睨みつけてくる。そんな彼女に俺は追い討ちとばかりに言う。


「なあ、お前悔しいんだろ?アリスが聖女の力を持っているからか、勇者たちとよろしくやってるからか、それとも国王陛下に娘として差を付けられているのか。いずれにしても、下女の娘で第三王女の妹アリスに劣等感を抱いている。だから悔しくて悔しくてたまらない……」

「――っ」

「図星か?」

「――とっ……捕らえなさい!!」


その瞬間、周囲にいた数人の男達が一斉に飛びかかってきた。男達は強靭な肉体で俺の体を地面に押さえつける。

抵抗しようと腕に力を入れてみるがビクともひない。

これはまずいことになったと、内心で焦っていた。エルデナを挑発すればこうなる未来は容易に想像できた筈なのに、何故俺はあんなことをしたのか。馬鹿みたいな話だが理由を覚えていない。ただ何となく気が付いたらワインを引っ掛けていて、つい挑発的な態度をとってしまった。そこに深い意図はなかった。

何やってんだ俺。今までませっかく上手くやって来てたのに、何やって……。

しかしこんなことで図星を突かれたエルデナの怒りは収まらないらしく、


「今すぐこの者の首を刎ねなさい!」


大きな声で処刑命令を下す。


――う、嘘だろ……いくら使えない異世界人でも一応勇者パーティーの一員だぞ!?正気じゃない……。


「ま、待ってくださいお姉様!!」

「黙りなさい!さぁ早く殺すのよ!」


エルデナはアリスの言葉などこれっぽっちも聞く耳を持たない。

しかし、


「ま、待って――――っ!!」


大声を上げて俺の目の前に割って入ってきたのは、成村だった。

目の前で両手を広げる成村の身体は、小さく震えている。


――何、やってる……。怖くないのかよ。男と話すのも苦手なくせに……何やってる。何かメリットがあるのか?いや、どう考えてもデメリットしかない。何で出てきた……。


「こ、殺さないで……!ください……。こ、この人……優くんは友達なんです!だから……」


――は……?それが理由かよ、バカかこいつ。さっきなったばかりの友達だろ。お前の嫌いな男だろう。俺はお前を利用するために上っ面だけで友達になったのに、俺なんか信用して……バカだ。


「優――!すみません、優を離してください!」


今度は一神か。まったく何考えてんだ。


「あ、あなた達……」


突然の勇者達の加勢にエルデナはたじろぐ。


「一体何事だ!?そこで何をしておる!?」

「お、お父様……」


大声で駆け寄ってきたのは国王だ。当然彼もこのパーティーに参加していたようだ。

この時点で、俺は自分の生存を確信した。いくら使えない異世界人だとしても、勇者たちの友人を殺すわけがない。それで勇者が協力しないと言い始めたらそれこそ問題だからだ。国王だってそれくらい分かっているはずだ。やはり一神達を味方に付けておいて良かった。


「今すぐ無礼をやめよ!エルデナ、勇者様方に謝るのだ!」

「…………っく、も、申し訳ございません……」


国王が命令するとエルデナはあっさりとその頭を下げた。だがプライドの高そうな女だ。これはかなり悔しいだろうな。


「いってぇ〜腕折れたかも」


俺を押さえつけていた男達が離れたので冗談交じりにそんなことを言ってみると、それを聞くなり泣きそうな面のアリスが飛びついてきて、


「だ、大丈夫ですか!?」

「雨宮くん大丈夫?治癒魔法かけてあげるね」


星野も心配そうに治癒魔法をかけてきた。しかし特に怪我もしていないし、そもそも俺には〈超回復〉があるから問題ないのだが。まぁ放っておこう。


「我が娘がとんだご無礼を……誠に申し訳ございません……」


国王は相変わらず丁寧に謝る。


「いえ別に、俺もわざとじゃないとは言えワインをかけてしまいましたから……」


勿論わざとなのだが、澄まし顔でそうではないと主張しておく。


「皆の者もすまない。このままパーティーを続けてくれ」


国王がそう言うと、何事も無かったかのように中断されたパーティーは再開されたのだった。




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