魔将軍編

第194話 大人の余裕?紳士の常識?の件

「あーあ、またリュートのせいで雰囲気が悪くなった」

「……!」


 またしてもけしかけるラミエルをリュウトはきっとにらみつける。


 『リュートと愉快な仲間たち』一行は、壊れた聖鳩琴を直すことができるピュアミスリルを奪った魔将軍オシリスを追いかける北へ向かうルート、そして竜騎士の国によって侵略される帝国に加勢する砂漠の王を追いかける南へ向かうルートのどちらかを選ぶことになり、多数決を遮ってリーダーのリュウトが選んだ南へ向かうルートを進むことになった。


「おいおいお前ら、またか。またなのか。ケンカしかすることがないのか? もっと気を引き締めろよ」


 ゼルドはため息をついて、後ろを歩く成長しない仲間たちを振り返った。険悪なムードが二人から漂っている。ゾナゴンはこうなることをあらかじめ察して、ゼルドの肩の上に避難していた。


「だって、ホントのことじゃない」

「本当のことだろうが、黙ってるってことができる奴が賢いんだぞ」


 頬をむくらせて怒るラミエルをゼルドはたしなめるが、いつも通り彼女は逆ギレをして返した。


「はあ? ゼルドはあたしのことバカって言いたいわけ?」

「ほお。そういうことは理解がはやいんだなあ。ははは……」

「……」


 リュウトは黙って、呆れながら笑うゼルドを見つめた。


 ラミエルのレベルの低さにはいつもムカついてくる。無駄に突っかかってくるし、バカにしてくるし、役に立たないくせに文句だけはやたらと多い。こんな奴がなんで仲間なんだろうか。アリアが大事な友だちだって言うから我慢してやっているけれど、スキがあったらどこかの山奥に捨ててやりたいとさえ思う。だけど、こんな低レベルのラミエルの罵詈雑言を受け流せない自分もまた、レベルが低いからそうなんだと思ってしまう。そんな自分が、嫌になる……。

 そんな自分と比べてゼルドは、ラミエルのアホ発言を物ともせず笑って過ごしている。ああいうのが、大人の余裕って奴なんだ。憧れるけれど、自分はまだそういう風に振る舞えない……。


「すぅーーー」


 リュウトはピシャリと自分の頬を叩いた。


「行くぞっ!」


 落ち込んでる場合じゃない。最近、落ち込みすぎだ。打ちのめされ過ぎだ。今は、真っ直ぐ、やるべきことだけに集中しよう、見据えよう。落ち込むのは後からでだってできる、頑張らなくちゃ。耐えなくちゃ。今ここで倒れるわけにはいかないんだ。


 急にぐいぐいと歩き出したリュウトを、仲間たちは追いかけた。


 しかし数十分歩き続けると、やはりまた、文句があがった。


「はやーい! リュート、ねえちょっと、歩くのはやすぎるんですけど! 歩くスピードはレディに合わせるのが紳士の常識でしょーっ!」


 その言葉に我に返り、リュウトはアリアを見た。ラミエルのことを気にかけるのは癪に障るが、意地を張ってアリアのことをおろそかにしていたのは愚かだったと思った。

 リュウトは少し疲れ気味のアリアの元まで駆けよった。


「ご、ご、ごめんアリア……。オレ、はやかった?」

「ちょっとね……で、でも気にしないで。急ぎたい気持ちはわかるから!」


 困り気味に笑うアリアに、胸が痛んだ。


「あぁ、ホントにごめん……」


「ちょっと……あたしのことは無視? って、きゃっ!」


 突然、仲間たちに突風が吹きつけた。


「やだースカートがめくれちゃうじゃないのよーっ!」

「ぞなーっ! 飛ばされるぞなーっ! 我はスリムだから強い風が吹いたら飛んでっちゃうぞな助けてーっ!」


「うっ!」


 ――いきなり、なんだ!


 風が止んだので、リュウトは瞑っていた目を開けた。すると、目の前に白装束の五人組が仲間たちの周りを囲っていた。全員フードを目深にかぶっており、表情がみえない。

 そして、白装束の男たちの中の一人の腕の中に、アリアが捕らわれているのを視界にとらえた。一瞬で、頭に血がのぼったのがわかった。


「あ……アリアを放せっ!」


 白装束の男たちは何も言わない。しかし、突然現れてアリアを捕らえるなどという無礼な振る舞いをする奴らが、いい奴らであるわけがない。


 リーダーと思しき、アリアを捕らえた男が他の仲間に合図するとアリアを抱えたまま男たちは、リュウトたちが進んできた道を引き返すように走り出した。


「! ま、待てっ!」


 リュウトと仲間たちは慌てて逃げられないように追いかけたが、白装束の細身の男たちの素早い身のこなしに、離されないのがやっとだ。


「待てというんだ、待てったら!」

「リュウト、どいてろ!」

「おわっ!」


 そう言うとゼルドが、走り去る男たちに向かっていつも背負っている大剣を投げた。ぶぉん、という風を裂く音を響かせて、男たちの行く手を遮り地面に大剣が突き刺さった。


 目の前に刃物が飛んできて、行く手を阻まれた男たちはその場でたじろいだ。


「ハァ……追いついたぞ! アリアを放せよ!」


 アリアは男の腕の中で気を失っている。

 男たちはひそひそとリュウトたちに聞こえないように話しをして、ニヤリと笑うと男たちの足元の地面が輝き始めた。


「え、これはっ!」

「しまった、これは――」


 ゼルドはその魔法が何かに気が付いたようだが、遅かった。


 アリアを抱えたまま、男たちはどこかへ大移動ワープしてしまった。


「移動魔法だ……。くそっ、奴らが何者かはわからんが、そうとうな手練れだぞ……」

「アリアッ!」


 リュウトはアリアがいなくなった場所まで駆け寄って、膝から崩れ落ちた。


「アリア! アリアっ! くそ……! アリアはオレが守らなくちゃいけないのに、どうしていつもオレは……どうしていつもオレはこんなに弱いんだよ……アリア!」


 地面を強く叩きつけるが、移動魔法で男たちがいなくなった場所には静けさだけが残っていた。


「リュート……」

「あぁ……そうだ、オレがこっちの道へ進まなければ、奴らには出会わなかったかもしれない……オレが言いださなければ……」


 仲間たちはかける言葉を探していた。


「違う! 今はアリアだ、アリアを追いかける! まだ遠くないはずだ!」

「移動魔法は、術の使い手の腕によって自由に行ける距離が変わるそうだが……あんまりすごくない奴を期待したいところだな……」


 リュウトはしゃにむに走り出した。


「おい、リュート! 闇雲に走り出すな!」

「闇雲じゃない! 奴らはこっちへ進んでいったんだ、だからこっちの方角にいるはずなんだ!」

「リュート……!」

「完全に頭に血がのぼっているぞな……」


 走り出すリュウトを、仲間たちも追いかけた。

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