第193話 多数決の件
「え……あ……?」
夢から覚めると、アリアの目の前にリュウトが立っていた。
「りゅ……」
夜更けということもあり、部屋の中は暗くて彼が今どんな表情をしているかがハッキリとはわからない。
「ど、どうしたの? リュウトさん……」
問いかけに、リュウトはハッと我に帰った。
「え? オレ? オレ、トイレ」
「トイレはここじゃないよ」
どうやら、寝ぼけていただけのようだ。
「ビックリした……」
リュウトは寝ぼけながらトイレへ向かった。
それからアリアは眠ろうとしたが、全然眠れなかった。
眠ろうとすると、さっきの夢のことを思い出してしまう。
アレンという名の青年が語る、邪竜リュートの絶望の未来……。
――運命の人は、リュウトさんだけじゃないの? どういうことなの? ……やっぱり、これも前のように妄想なの?
考え続けていると頭が冴えてきてしまった。しっかり睡眠を取って、明日からに備えないといけないのに。
と、そうして考えていると、リュウトがトイレから部屋に戻ってきた。
「んん…」
「ふぇ!」
彼はアリアとは逆に、まだ頭がスッキリとしてない風だった。アリアの横たわるベッドに寝惚けて入ってきたのだった。アリアは顔が紅潮するのを感じた。
「ちょ、あ! あーっ! り、リュウトさん、あっち! ちゃんと自分のところに戻って!」
「んー、んん……」
恥ずかしく感じながらも、あどけない寝顔が赤ちゃんみたいで微笑ましい気持ちになった。
「ときどき、自分より年下なのかと思っちゃうときがあるんだよね。なんて、本人に言ったら気にしちゃうだろうけど。いい意味で、ね……」
アリアはそっと、乱雑になったリュウトの髪の毛を手で整えた。その手の感覚で目が覚め、慌ててリュウトは飛び起きた。
「! え! ええっ! アリ……っ……!」
飛び起きた勢いでずっこけて、ベッドから落ちた。
「ごめん、オレ間違えた……。失礼しました……」
謝ると、そそくさと元の寝ていたベッドへ戻っていった。
「もう……。大丈夫かな……」
ふふ、と笑いながらアリアも眠ろうとすると、リュウトが立ち去ったベッドの上に、何かが零れ落ちているのを見た。
「これは……?」
小さな、透明の欠片がいくつか落ちていた。
「……」
ハッとして、部屋を見渡した。仲間たちが寝息を立てて寝ている。
不安なことはあっても、今はまだ、幸せだ。こうして、みんなで一緒にいられるから。だけどこの幸せは、氷の上にあるような、ちょっとしたことがきっかけで一気に沈んでしまう不安定さの中にあるものであることを忘れてはいけないと告げられてているような気がした。
透明の欠片を手ですくいあげ、握り締める。
探さなければ。みんなが幸せで居続けられる方法を。
* * *
そうして、一夜は明けた。
仲間たちは宿屋を出発し、街の出入り口でこれからの行き先について話し合っていた。
目の前には道が二本ある。北へ向かう道と、南へ向かう道だ。
「アリア、体調は大丈夫か?」
ゼルドの心配に、アリアは答える。
「うん。万全だよ! みんな、ありがとう」
「さあ! 進むぞ! 遅れた分を取り戻さなくちゃな」
アリアが病床に伏せっている間に街の人々に聞き込みをしていたゼルドは、ラミエルとゾナゴンが預かり持っていたピュアミスリルを奪った、魔将軍オシリスの情報を掴んでいた。
「オシリスはここから北にある街を根城にしているらしい。まずはそこへ向かって、奪われたピュアミスリルを取り戻すぞ。その後で、デシェルト様の元へ急ごう」
ラミエルとゾナゴンは二人でひそひそと内緒話をした。
「あたしたち、今度こそ頑張らないと……」
「立つ瀬がないぞなね…」
そのひそひそ話は、ゼルドに聞かれていた。
「お前たち、気張るのはいいが、足手まといになると思ったらすぐに後ろへ下がれよ」
自信を失い背中を丸めるラミエルをゼルドはバシッと叩いた。
「痛ぁい!」
そこへ、憤慨した様子のリュウトが叫んだ。
「ちょっと待ってよ!」
「ん? どうした?」
リュウトは怒った顔でつかつかと仲間たちに近寄った。
「オシリスは北にいるんだって? デシェルト様がいる本隊は、ここから南方へ進んでいってるんだよ。行き先が正反対じゃないか! もう何日も無駄にしてるっていうのに、これじゃあ絶対に追い付けなくなるよ! オレたちは寄り道なんかしてる場合じゃないんだ! オレは、オシリスなんか無視して先に進んだ方がいいと思う!」
無駄にしている、という言葉に反応し、仲間たちの後方で立っていたアリアは下を向いた。
「はあ? リュートのくせに急にキレて何なのよ。じゃ、多数決で決めればいいでしょ」
「ぞな」
「た、多数決……?」
リュウトは少しひるんだ。結果は考えるまでもなく目に見えていた。
「オシリスを追いかけるに賛成の人ぉ~!」
問いに、ゼルド、ラミエル、ゾナゴンが手を挙げる。それを見て、リュウトは面白くないように斜め下の地面を見た。
「あれ、アリアは?」
「わたしは……みんなに合わせるよ」
アリアははにかんで答えた。また気を遣ってるな、とゼルドは思った。
ゼルドは、誰かが何かを言い出す前に、オシリスの元へ向かうと決まった方がいいだろうと考え先程の提案をしたのだが、案の定リュウトが反対してきたな、と思った。
ゼルドはこの仲間たちを本隊へ合流させたくなかった。それは、日ごろのアリアの様子から見て兄妹対決の実力もなければ覚悟ができていないと判断していたからだし、このやさしい少女や仲間たちを悲しい目にあわせたくない。戦争が終わった頃に合流できればいいと、隊長失格だと自嘲してしまう考えすら浮かんでいた。それほどまでに、失いたくないと思える若者たちだと思っていたのだ。
多数決は三対一だった。
「決まりね! オシリスを倒しに行くわよ!」
「ぞな!」
ラミエルたちは北へ続く道へ進もうとした。
「待て!」
「え」
「ぞな」
それを、ゼルドが引き留めた。
「リーダーはリュートだ。……リーダーの指示に従おう。どうだ、リュート。お前はどうしたい?」
「本隊に追い付きたい!」
即答し、真っ直ぐ見つめ返すリュウトの瞳に、ゼルドはうなずいた。
「じゃあ、急ごう。南の道だな」
「ええ~~~!」
「そんなぞな!」
「そんなの嫌よ! あたしたちに挽回のチャンスがなくなるじゃない!」
「ぞなぞな」
「ねえリュート、気が変わらないの?」
「しつこいな! 変わらないよ!」
「な、何よ! そんなケンカ腰でもリュートなんかこわくないわよあたし」
「はあ、うるさいな。オレはラミエルなんかとケンカしてる場合じゃないや。みんな、行こう。はやければはやいほどいい」
そんな経緯があり、一行はオシリスの根城のある北へ向かう道ではなく、デシェルトら砂漠の民がいるはずの南へ向かう道へ行くことになった。
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