第191話 寝る前はなるべく楽しいことを考えた方がいいんだっての件
砂漠の国の本部隊との合流を目指して『リュートの愉快な仲間たち』が進軍する途中、アリアは体調を崩してしまった。彼女を休ませるため休憩していると、雨雲が接近し降り出してきてしまった。一行は目的地からさらに遠のいた場所にある街を探し、アリアが回復し、雨が止むまで宿屋に泊まることになった。
「はあ、雨が降るなんて聞いてない! この国に来てから雨多くない? ずーっと雨! 雨! 雨ばっかり! あたし雨嫌い! お出かけできないし! 髪の毛がぼわわわぁあーってなるし! 砂漠の国にいたときはこんなに降らなかったのに? 世の中って不公平! 世界って不条理! 嫌よ嫌嫌~ぁ!」
降り注ぐ雨を窓から眺めてラミエルが文句を言っていたが、ゼルドとリュウトは無視して街の人々に聞き込みに行くことにした。戦いの行方や、オシリスの情報などについて、情報は一つでも多くほしいところだ。
アリアの体調は快方に向かっていたが、雨は依然降り続いているのと、夜の行軍は魔物が活発になり危険が伴うことから、一行は朝まで静かに過ごすことにした。
宿屋のベッドの上で眠るアリアの元に、ゾナゴンが跳び跳ねてやってきた。
「フルーツを買ってきたぞな。皮を剥くので喰らえぞな」
「ありがとうゾナゴン。やさしいね」
「それはアリアがやさしいからぞな。ラミエルにだったらやさしくしないぞな~」
アリアは身体を起こし、ゾナゴンが剥いたフルーツを食べた。
「はやく元気になるぞな。……そうだ! これをやるぞな」
ゾナゴンが取り出したのは石だった。あれからまたどこかで拾ってきたらしい。
「でも……それはあなたのお宝でしょう?」
「寝る前は少しでも楽しいことを考えていた方が身体にいいと言うぞなよ。我は、アリアがまた楽しい気持ちになれる方がいい。そのためなら、何だってしたいぞな。仲間たちはみんな、これまで頑張ってきたアリアのことが好きだし、これからもずっと好きぞな。何があっても、その気持ちは変わることは絶対にないぞな」
「ゾナゴン……」
アリアは目の前で小さく動く愛らしい生き物に触れ、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「ありがとう。……本当に、あなたっていい子ね……」
身体が弱っているせいか、嬉しさで涙がこみあげてくる。
「ああ、ありがとう。おかげで元気が出てきた気がする」
「むふふ。むふふふ、むふふふふ! こちらこそ元気が出たぞな! アリア、成長したぞなね~! ぐふぅっ」
抱えた胸の中で、邪気を放つ魔物が蠢いていた。
「って、きゃ~っ! イヤーッ! 触らないで~っ!」
「ぐふぬふっ……! ぎゃっ」
親友の危機を察して戻ってきたラミエルがその小妖怪をがしっと掴むと、
「あんたって奴は! あたしのアリアになんてことすんのよっ!」
そのまま窓から投げ捨てた。
「まったく! 油断ならない奴!」
「いい子なんだんだけど……いい子なんだけどね……」
「甘やかしちゃダメよ! あいつすぐ調子に乗るんだから! この前だって」
「あはは……」
* * *
その日の夜、アリアはゾナゴンからもらった石を枕元に置いて寝た。前のときのように、楽しい夢を見せてくれるといいなぁ、と考えながら。
「楽しいことを考える、かあ……。楽しいこと……楽しいこと」
――やっぱり、あれかな。
とある出来事を思い出した。月の下で踊った夜のことだ。彼はいつも自信がないけれど、いつだってそんなことないと思う。彼と出会ってから、幸せな出来事が、思い出がたくさん増えた。いつも、いつでも感謝している……。
「ふふふ……。ふふ……。すぅ、すぅ……♪」
気が付くと、眠っていた。
次に目覚めると、驚いた。がれきの山の上で一人、立っていたのだ。空はこれまでに見たこともないような暗く鈍い色で渦を巻いていた。
「えっ、ここはどこ……?」
と言ってから、言葉を直した。
「ううん、今度ははっきりとわかる。ここは、夢の世界。わたし、夢を見てる」
がれきの山を下りてひたすら歩いてみても、荒廃した世界が続くだけで人のいる気配がない。
「えっと。これから徐々に楽しい夢……になっていくのかな……?」
だが、そんな期待は叶わなかった。
さらに歩き続けても、何が起こるわけでもない世界が続いている。
歩き疲れて、適当な場所で腰をおろした。
「痛……」
がれきの山で足を切ったようだ。
「あれ、なんか……おかしいな……。ここは夢の中だってわかるのに。なんで痛みを感じるんだろう? 夢の中でも、ちゃんと痛みは感じるのかなぁ。わかんないけど……あれ?」
すると突然、背後から人の気配がした。なんだか安心するようなその気配の方へ振り返ってみると、
「! ……っ……」
とっさに、息をひそめた。
見てはいけないものを見てしまった感覚が、背筋にぞわりと来た。
後ろに――はるか後方の山に、生き物がいた。巨大な、魔物のような見た目だが、もっと神々しく邪悪な何か――
そして、自分から涙が出ていることに気が付いた。
――泣いてるの? わたし? これは、この気持ちは……。
――罪悪感。
「なん……で……?」
背後の巨大な生き物は、微動だにせず、不気味に沈黙を守っていた――。
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