第189話 重い……?の件

『仲間だから、仲間を一人にさせたくない。本当の意味で仲間を信じたい』


 そんな思いを抱え、満月の下を駆け出したアリアだった。


「リュウトさーん? どこにいるのー」


 今晩は月の光があるとはいえ、夜の森は暗く、魔物がいつ飛び出してきてもおかしくはない雰囲気だ。ちょっとこわいかも、と思ったそのときだった。

 崖の上から、アリアに目掛けて何かが飛び降りてきた。


 ――ま、魔物?


「きゃっ……!」


 か細い悲鳴を上げながら、腰に提げている魔導書に手をあてると――


「って、あぁっ!」

「え?」

「リ……?」

「アリア!?」

「リュウトさん!」


 崖の上から突然降って来たのは、他ならぬリュウト本人だった。


 アリアが言葉を発そうとするよりはやく、リュウトは自分より細く小さい手を掴んだ。


「えっ、何!」

「アリア、今すぐオレの背中に乗って!」

「え、っと……? 背中に……?」

「いいから、はやくはやく!」

「急かさないでよ……。は、恥ずかしいんだけど……」


 アリアは言われた通りに背中におぶさった。


「じゃ、行くよ」

「何、何? なんなの、こわいんだけど」


 リュウトはアリアを背負って崖を登りだした。


「ええ~っ! 何してるのぉ?」


「ぐっ……あの、アリア、できたらしゃべらないでくれる?」

「えっ、もしかしてわたし、重い……?」

「うん」

「ひぇっ、正直!」

「でもまあ、昔、もっと重いものを持って鍛錬してたし……軽い方なんじゃない、よくわかんないけど」

「……」


 言われた通りに沈黙を続けていると、崖を登り切り二人は頂上に到着した。


「ふぅ~、ちょっと休憩~」


 その場でしゃがみ込むリュウトの横で、アリアは崖の上の光景に驚き一歩進み出た。


「あ……」

「えっへっへー。散歩してたら見つけたんだ、ここ。すっごくキレイだったから、アリアに一番に見せたかった! 崖から飛び降りたらちょうどいたから、ナイスタイミングだったよ」

「わたしに見せたかった……?」

「うん。竜騎士の友だちから聞いたことがあったんだ。満月の夜、月が出ているときにだけ咲く花なんだって」


 二人の眼前には、月夜の光に照らされてぼんやりと白く輝く花畑が広がっていた。夜に光る虫も辺りをブンブンブンと飛び回っている。


「ああ、素敵……!」


 アリアはこころが弾むままに花畑の中央まで歩き出した。


「ロマンチック……っ! ああ、ああ! ロマンチックなことってわたし大好き! すっ、素敵すぎる~! わー! わーい!」


「あはは…………アリアが笑ってくれて……よかったよ……」


 しゃがんで休憩していたリュウトも立ち上がり、アリアの元へと歩いた。


「素敵……! 素敵ぃっ! 世界にはこんな場所もあるのね……まだまだ知らない、素敵な場所が」


 アリアは光る花を両手で包み込み、うっとりと眺めた。


「アリア」

「リュウトさん……!」

「喜んでくれた?」

「ええ!」

「ならよかった。なんかさ。この景色を見て、色々思い出したんだ」

「? 何を?」

「オレたち国を出る前、たくさん二人で出掛けたよなーって。竜に乗って、海とか花畑とか見たよね。異世界って本当にキレイな場所が多くて。そういう意味ではオレ、大好きだし、ここに来てよかったって思うこともあったんだったってこと」

「?」

「オレはキレイな景色を見るの、好きだ」

「それはわたしも同じだよ」

「うん。でも戦争をするってことはさ、そういうキレイな場所が、ひとつ、またひとつ失われてしまうってことなんだよな。オレはそれは嫌だ。こういう場所を守っていきたい。美しいものが人を感動させる力って、すごいものだと思うから」

「そうだね」


 アリアは考えた。

 世の中の人はすべてがリュウトと同じ考えを持たない。

 キレイな景色がひとつ失われることについて何も感じない人だっている。

 けれど自分は彼の理想とする世界には深く共感できるし、力になりたいと思う。――守りたい。二人が素敵だなと思うものを、一つでも多く。


「うん。わかる。すごくよくわかるよ」

「……ありがとう」


 取り留めのない、よくわからないことを口走ってしまったと、リュウトは気恥ずかしさで頭をかいた。


「あ、そうだ! 恥ずかしいついでに……。えー、あー。手を」


 リュウトはアリアに向けて手を差し出した。


「手?」

「うん」


 アリアは差し出された手を、ためらいなく握り返した。


「学校で習った社交ダンス、してもいい? って、ああ! こういうのって聞かないで勝手にやった方がスマートなのかな? 結局あんまり踊る機会はなかったから、うまくはないけれど」

「……」

「む、無言……だ、ダメ?」

「え、あ、ううん。ちょっと意外な提案だなって、驚いただけ」

「あはは……。そ、そうだよね~、ガラじゃないよね……はは」

「驚いたけど……でも、嬉しい!」

「え、え? ホントに?」

「うん」


 手を繋ぎ合い、対面した二人は、お互いあまりの気恥ずかしさにまともに相手の顔を見られなかった。


「あひぃ~、緊張して死ぬ~」

「思ってることがそのまま声に出てるよ」

「あっ、ごめん」

「ふふ……なんでいつもそうなの」


 リュウトはアリアの気が緩んだ隙からステップを踏み出した。


「ふぁっ!? 急にはじまる!?」


 意外と軽やかにリードしていくので、アリアの方がぎこちない形になる。


「ご、ごめんねリュウトさん。わたし、ダンスって下手なの……。一応、お姫様だったのにね、からっきしで。だから、先生からは微妙に呆れられてたっけ」

「えー、全然大丈夫! 逆に気にしないでほしいよ。こーいうのは任せられたいというか、オレががんばりたい。アリアは可愛いから全然オッケー! と、いうか……退屈させちゃわないかプレッシャーだったしむしろその、逆にいいというか……あ~、本音を言うとオレっていっつも情けない感じだよなぁ……」


 二人はしばらく、満月の下で踊り続けた。


 そうしていると緊張は徐々にほぐれてきたが、恥ずかしいのでアリアはずっと月を見ていた。


 ――ああっ、幸せっ!


 と、破顔させていたが、この場所に来る前の出来事を急に思い出した。

 ゾナゴンにもらった石が見せた、未来の息子のことだ。


 ――本当に将来、わたしたちは結婚するのかな。そんな未来が来たら、世界で一番幸せだな……。


「あのさー、アリア」

「うん?」


 ダンスを続けながらリュウトは言った。


「オレ、日本人だからやっぱりダンスするのって超恥ずかしく感じるんだよねー。イケメンがやるんなら画になるんだろうけど、なーんて思っちゃう」

「ん?」

「学校言ってた頃、オレのダンスの練習の相手がシェーンでさ~。彼はなんでも器用にこなせるから、ダンスもめちゃくちゃうまくてさ。いつも何もかも敵わなかったな~。だけどあんときのオレ、こころが乙女になったよ! だから真似してみたかったんだけど、やっぱりオレじゃあなー。あっはっはっはっは~。………ああ……ホンモノの乙女にする話じゃなかったか……い、今のどうでもいい話忘れて……」

「親友さんのこと、本当に好きなんだね」

「あ、違う! ごめん! 悲しませるつもりじゃなくて! 嫌味のつもりで言ったわけじゃなくて! 本当にごめん!」

「え、えっ? わたしこそごめんなさい……」

「……」

「……」

「あ、えっと。んで、その。本当に言いたいことは、その……。……ふーっ……あ~、緊張する……」

「……?」

「オレ、君を……傷付けた。ごめん。わざとだったときもあったんだ……。オレは間違った行動をたくさん取った。思い返せばみんなそれはダメだって言ってたのにね。どうして聞く耳を持てなかったんだろう。どうして冷静になれなかったんだろう。考える力をなくして、人間未満の何かに成り下がってた、あんときのオレ。でもそれは誰かのせいってわけじゃない、悪いのは紛れもなくオレ自身だ。オレがバカだから失敗した。それで周りに迷惑をかけた。本当に、本当にごめんなさい」

「……」


 ぼかして話すリュウトが何のことが言いたいのか、おおよそ察しはついていた。


「だからアリア。オレの罪を許してくれなくていい。許されるべきじゃないと思う。できたら、許してくれない方がいい。わがままを言ってばかりで本当に申し訳ないけれど。君をわざと傷つけたのは……簡単に償える罪じゃない。そもそも、許されるために行動したら結局のところ本当に反省はしていない感じがするし。オレは失敗した。それでみんなに迷惑をかけたことを忘れたくない。決して。何度だって謝りたい。本当に、ごめん。最低なことをした」


 アリアはふーっとため息をついた。呆れたわけではなかった。リュウトが変わっていないことを知れて、ようやく安堵できたのだ。


「うーん。自分が一番悪いって考えちゃうところ……自分に自信がないところ。わたしたち、本当にそっくりだよね……。なんだか、二人だけでいるといつか共倒れになっちゃいそうで不安にもなるかな……。自尊心をラミエルとゾナゴンにわけてもらった方がいいかなあ」

「え~……それはどうかしてる」

「どうかしてる?」

「ああっ、ごめんごめん! 言葉が悪くてごめんなさい」


 リュウトも頭上の月を見上げた。


「アリアがそばにいてくれる。それが当たり前じゃない幸せだってことを、オレはもっと噛み締めるべきだった。自分が気持ち良くなるために他人を傷付ける最低な奴だった、根っこのところはそういう奴なんだよ、オレ。だから信じてもらう資格がないんだ」

「リ……」


 声をかけようと思ったが、月を見上げるリュウトがあまりにも悲痛な表情を浮かべるので、ドキリとした。胸が重たくずきっとした。


 でも、本人はどれぐらい胸を痛ませているのだろう。その痛みのつらさはわからない。肩代わりできるのなら、どれだけいいか……。


 こころの痛みには、白魔法は使えない。だけど、誰にでも使える魔法でならあるいは――励ます言葉を、本当のやさしさのある言葉でなら、癒せるかもしれない。


 本来魔法って、そういうものだと思う。

 不思議な力で奇跡を起こすことも偉大だとは思うけれど。


 人が人にできる思いやりの魔法こそ一番尊い魔法だと、アリアは密かに思っている。


「でも、あなたはそれを反省できる。許さないでほしい、ってことがあなたの願いなら、これ以上は言わないけれど……。でもね、でも。忘れないでほしい。わたしがあなたを信じたいから信じてる気持ちを、絶対に否定しないで! わたしは自分の意志であなたについていってるんだからね! そのわたしの気持ちをないがしろにしたら、絶対に許さないんだからね!」

「んひぇ! 急に言葉が強くてビックリした……えっ、アリアって、そんなことできるの」

「うん。わたしにも意外な一面に驚いてもらわなくちゃ、不公平な感じがする!」

「ああ……ははは……。ときどき妙な励まし方をするよなぁ……。見方によってはめちゃ厳しいし。でもだからこそ……上っ面じゃないことを感じる。本当のやさしい言葉にオレは感じる。信じるよ、オレも。ありがとう、本当に。本当にありがとう――って、うあああっ!」

「あ痛いっ!」


 リュウトはステップを外して、アリアの足を思い切り踏みつけた。


「~~~っ!」

「うあああああああ……ごめん、ごめん、本当にごめんなさい~~~~~~!」

「ぅ~っ、いったぁ」

「うわああ……オレのことも踏んでいいからぁっ! ああ、アリア! オレってば本当に情けないよぉぉお~! ちょっとカッコつけようとすると、すぐこれだもんなぁ。あっでもアリアに踏まれてもご褒美かもしれないぃい」

「……まずは変態をどうにかする魔法が……必要かもね!」

「えっ! アリアなんか段々と辛辣になっていってない!?」

「その方がいいんじゃなかった?」

「うわぁ……! オレ、アリアにも敵わなくなっちゃう……。でも、それでいいや、それがいいや!」


 二人は久しぶりに顔を見合わせて大笑いをした。


「じゃあ、みんなのところへ戻ろうか」

「そうだね」

「……ありがとう。これからも、よろしく」

「こちらこそ。これからも……ずっと」

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