第188話 迎えに行こうの件
未来から来た青年、アリュートの目的。
「それは……」
ごくり、と唾を飲んでアリアは青年の回答を待つ。
鳥も鳴かない静謐な夜の闇の中で、仲間たちは一向に起きる気配を見せない。
この不思議な青年の周り以外は、まるで時が止まっているかのようだ。
アリュートは真剣な眼でじっと見つめてきたので、アリアも真剣な眼で見つめ返した。
そして、ゆっくりと青年の口が開かれていく。
「……実は」
「……」
「…………特に用事はないよ!」
その意外な返答に、アリアはずっこけた。
「えっ? ええーっ!」
「ふふふ~!」
「そ、そんなことってあるの……? なんだかいかにもこれから物語がはじまりそうな雰囲気だったのに……?」
「物語って何? あはは! 変なの、母様!」
アリュートと名乗る青年は、微笑ましいものを見つめる目で笑った。
「でも、そうだね。これだけは言えるかな……。物語をはじめたいのなら、自分から一歩を踏み出すことだよ。一歩さえ踏み出すことができれば、あとは意外となんとかなるさ。風の吹くままに、流れるままに歩いて行けばいいんじゃない? なーんて、ボクは母様に偉そうなことを言えるほど苦労してないけどね」
いかにもなことを言っているようでいて、適当なことを言っているのはリュウトっぽさがある、とアリアは感じた。
「勇気はたった一滴でいいんだ」
……この独特で奇妙な言葉遣いも。
「……う、うーん」
アリアは考えた。――今、自分が迷っていることを。リュウトがどんな人間なのか、まだよくわからないところも多い。けれど、彼がどうというよりは、自分がどうしたいかで決めてもいいのかもしれない。自分からこころを開いた方が、もっともっと彼と深くわかりあえるようになるかもしれない。……ならないかもしれないけれど……まずは、信じてみようと思う。彼を。彼のことが、本心は大好きなのだから。
アリアの迷いが吹っ切れると、突然アリュートは何かを思い出して手をポンと叩いた。
「あ。そろそろ時間だ! じゃあねー母様! 父さんと仲良く! 未来のボクのためにも! ふふ、なんちゃって~」
「え、え? じゃあねって?」
「えへへへへ」
すると次第に、アリュートの身体が薄くなっていく。
「えっ、あ、アリュートさん! ど、どういうこと?」
「ごめん! 時間が来たみたいだからお別れだ!」
「ええっ! と、唐突! ちょっ、ちょっと待ってよ! まだ聞きたいことが……っ! ねえ、待って!」
「あっはは~! ごめん、無理! 待てない! がんばってね、母様! きっと母様なら適当にやっていてもいい未来になっていくよ! だってボクの最強の母様だもの!」
「て、適当って……わたしにそんなこと……だから、ちょっと待ってってば~!」
アリュートを掴もうと手を伸ばすが、掴み切れず消えてしまった。
そこで、アリアは目が覚めた。
「えっ!」
アリュートを掴むために伸ばしていた手は、星空に向かって伸ばされていた。
――ゆ、夢だったの!?
「ええっ! 今の……ゆ、夢? そ、そんなことって…………」
辺りを見渡す。ラミエルとゼルドはまだスヤスヤと寝息を立てている。
「……覚めたく……なかった……幸せな夢だった……」
伸ばしていた手を戻し、手のひらをじっと見つめた。
「わたし、将来はリュウトさんと……。……」
色んな事があった。
色んな不安や焦燥や――失望があった。
一時は何もわからなくなっていた。
信じられなくなっていた。
だけど、このこみ上げてくる穏やかな感情が――紛れもない、本心だ。
このこころが今、彼に必要だというのなら、迷いを感じたことに意味を見出せる。
人は間違える。
間違えない人間はいない。
その間違いを、許せるときと許せないときがあって、道は分かれていく。
世の中では大抵、人を信じるように教えられるけれど。
信じすぎるのも、疑いすぎるのも、偏りが大きくなればなるほど、正しく相手を見ることができなくなる。
相手の本当の輪郭を捕らえ、理解したいのならば、自分本位な期待と疑念を取っ払うべきだ。
相手を知るために信じ、疑い、『それでも信じたい』と願って踏み出した一歩、伸ばす手の先にこそ、本当に価値のある関係が築けるのだと思っている。
「……まだ、それが本当に正しいのかはわからないけれど……」
大切なことがわかった気がする。
握った手を胸に当てていると、茂みの影からゾナゴンが現れた。「おちっこ」から戻ってきたようだ。
「ぞなもし~」
「おかえりなさい。ただいまのトーンでぞなもしって言うんだね、ゾナゴンは」
「ん? アリア、どうしたぞな? なんだか機嫌がよさそうぞなね~?」
「えっ! そ、そんなこと……うん、ある!」
「? 何かわからないけれど、よかったぞなね!」
アリアとゾナゴンはふふふと笑い合った。ゾナゴンの方は寝ぼけているようで、よくわかっていなさそうだ。
「あ、待ってゾナゴン。これ……」
アリアが預かっていた石を返そうと探すと、
「ああっ……! い、石が……」
足元で粉々に割れていた。
「ひええっ! ご、ごめんなさい! あなたの宝物だったのに……っ!」
「ふむ?」
ゾナゴンはぴょいとアリアの頭の上に乗っかり、割れてしまった石を眺めた。
「ふむぅ~、アリア。変わったことはなかったぞな?」
「え、変わったこと? えっと……」
先ほどの妄想全開の夢のことを思い出し、アリアは急に恥ずかしくなった。
「……ちょっと不思議な……夢を見たよ」
「うむ。この石が、アリアに見たいビジョンを見せたぞな。そんな思念が辺りから感じるぞな~」
「え、石が?」
「そうぞな。石が何を考えていたのかはわからんぞなが……。……アリア、一般的に夢とは、神のお告げのようにとらえる向きが主流ぞなが、こころが過去の整理をするために見るものだと言う学者もいるぞなよ。アリアは夢を見て何かわかったぞな? 自分でもわかっていなかった自分のこと」
「自分でもわかっていない自分のこと……? あ……」
「ふふん、その顔は思い当たる節があるぞなね」
「――うん」
――わからなかったことが、わかった。
――リュウトさんのことがやっぱり好きだ。
これからも、ずっと仲良くしたい。
「……わたしがうじうじ悩んでサポートしなくてどうするのって、ことだよね! よそよそしくなって、なんにも言えなくなっちゃうよりも、伝えたいことははっきり言っておきたい。だってそれが、仲間だよね。彼はわたしを命がけで助けに来てくれる人だもの。わたしだって、あの人と同じように生きたい。本当に助け合える関係になりたい!」
「うぉお? アリア、熱いぞなね!」
「ありがとう、ゾナゴン! わたし、行ってくる! リュウトさんを迎えに!」
「我も行くぞな?」
「ううん、ゾナゴンはしっかり眠って、明日からの戦いに備えて。二人だけで話したいこともあるから……」
「へへへ、そうかぞな。じゃ、我はもう寝るぞなよ~。夜のおちっこは冷えたぞな」
ゾナゴンがラミエルを踏んずけながら寝床に戻ると、アリアは決心が着いた。
アリアも、駆け出した。
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