第187話 まだ十二歳なのに!の件
「リュウトさん、大丈夫かなぁ……」
食事を終えた仲間たちは、リュウトを気にせず眠り、アリアだけが彼の帰りを待って起きていた。
リュウトは数時間経っても戻ってこず、アリアの心配もピークになってきていたそのとき、ゾナゴンが寝ぼけ眼をこすりながら起きてきた。
「あれ。どうしたの、ゾナゴン」
「アリア~。我、おちっこに行ってくるぞな~」
「あ、うん。わかった」
「これ、我の宝物ぞな。アリアに見張っていて欲しいぞな」
そう言うと、ゾナゴンはアリアに石を持たせた。ゾナゴンは大切にしているが、おそらくどこかの適当な川辺で拾ったごく普通の石だった。
「これは……そうね、宝物だね」
ゾナゴンは宝物をアリアに預けると、草むらの奥へと行ってしまった。
「ふふっ。おちっこって言い方、可愛いな」
ゾナゴンが行ってしまうと、アリアは預かった石を両手で抱えながら考え事にふけった。――落ち込んでいるリュウトに、自分は何をしてあげられるんだろう、と。
――リュウトさんが落ち込んでいる今は、声をかけない方が正解なのかな。それとも、こういうときこそ声をかけるべきなのかな……。
――悩み事があるとき、ゆっくり考えたいから一人にしてほしい人と、悩みを人に聞いてほしい人とがいるよね……。リュウトさんには、どっちの接し方がいいんだろう。長く一緒に旅してるような気がするけれど、まだ、あんまりよくわからないことの方が多いかもしれない……。
「ふぁ……。なんだかわたしも眠たくなって来ちゃった……」
アリアはうとうととしだした。
砂漠の国を出てからずっと、よく眠れない日が続いていた。戦いに出掛けているのだから、しっかりと眠れる方がすごいのだとは思うけれど、予想外なことが続けて起きているので、精神的な疲労が大きい。そして、兄と戦う覚悟を決めて出てきたつもりだったのに、無意識ではまだ恐れているこの状況をなんとかしたいが、解決策は見つからない。
――もし、兄様と再会したらやっぱり殺されるんだろうか。わたし一人が殺されるのは、世界的には大したことじゃないかもしれない。だけど、わたしはみんなのために生きたい。リュウトさんのために生きたい。今は、わたしが死んだら本気で悲しむ人たちがそばにいてくれる。だから、ただで殺されるわけにはいかない。困難が立ちふさがっても、前を向いて進んでいきたい。
「ほぁ……ふぁあふ……」
大きなあくびをしていたその頬に、突然、指が触れた。背後から忍び寄っていた人物が、アリアの頬に人差し指で突っついたのだ。驚いた反動で、アリアは大声をあげてしまう。
「ひゃあぁあーっ! だ、誰っ!」
席を外していたリュウト、もしくはゾナゴンのどちらかが帰ってきたのだと思ったが、アリアの予想は外れていた。
ほっぺたをつんつんと触ってきたのは、リュウトとゾナゴンのどちらでもなく、見知らぬ青年だった。
「やっほー! やっほー!」
見知らぬ青年は朗らかな笑顔を向けて、手を振って話しかけてきた。
「えっ……?」
「あれ? ひょっとして今、寝ぼけてた? あはは!」
――だ、誰?
アリアは手元に置いていた杖をつかんで身構えた。
「あ、あ、あなたは……誰……?」
「ん? ボク?」
青年は、ピンク色に近い淡い赤色の髪をしていて、瞳の色は赤かった。年齢はアリアより二つか三つ、年上だろう。
髪色と瞳の色がまるで自分にそっくりだとアリアは思いつつ、青年が見せる能天気そうな、へらへらとした表情はどこかの誰かにも似ていた。今頃「へくちっ」という情けないくしゃみをしていそうな――誰かに。
「……っ! リ、リュウトさんに似てる……? でも、髪の毛や瞳の色は……わたしのような……あ、あなたは……」
青年はアリアのセリフに驚いて大きな声をあげた。
「えーっ!」
青年が突然大きな声で叫ぶので、アリアも驚いてしまった。そしてさらにアリアを驚かせたのは、謎の青年から発せられた、聞き慣れない単語の方だった。
「――ボクのことがわからないなんて、ひどいよ母様!」
『母様』。
青年は確かにそう言った。
「か、かかかか、かか、かか母様~っ?」
アリアは自分よりどうみても年上の男の子から母様と言われてしまい、ショックでうろたえた。
「まだ十二歳なのに……っ! えっ! ええっ! わ、わたし、いつの間に子どもを産んで……? って、そんなわけない! 一体、何なの! あなた、わたしをからかってるのっ?」
「ええ? からかうだなんて、そんなつもりはないよ! ボクはあなたの息子じゃないか。この髪、この目! どうみたって母様の子どもでしょ! すごく可愛い色合いで、気に入ってるんだよ、ボク!」
「む、む、息子……? あ、あなたが……?」
「うんっ! こっちでははじめまして、母様」
アリアを母様と呼ぶ青年はニコニコと笑っている。
「ボクの名前はアリュート。平和な砂漠の国の田舎に住む一般人さ!」
「一般人……? あっ、あ……アリュート……さん……ってそんなてきとーな名前…………」
「ん?」
「い、いえ、す、素敵なお名前ね……!」
アリアにはこの青年が何故今やってきて、そんな冗談を言うのかがわからなかった。しかし確かに風貌からは、他人とは思えない雰囲気も醸し出されている気がする。この青年が言うことは本当なのだろうか。
「ど、どうみてもあなたの方が年上だけど……?」
「それはだって、未来から来たからね! 母様に会いに!」
「えっ、えええっ! み、未来ぃぃいい~!?」
アリアは口がパクパクした。
「ふふっ! そのわかりやすいリアクションが嬉しいね! 気になることがあるんだったら、なんだって聞いてよ!」
「……まだ頭がついていけてないけど……あなたは、本当にわたしの息子なの?」
「そうだよっ!」
アリュートと名乗った青年は満面の笑みで答える。
「え、えっと、じゃあ、あなたには……その、お父様がいるってことだよね……だ、だ、」
――誰?
「ダメぇっ! やっぱり知りたくないぃっ!」
「え~? わからない? ボク、父さんにそっくりだって言われるよ」
心臓がバクバク言っている。顔がじんわりと赤くなっていく。
――やっぱりそうなんだ。この気持ちは……。
「嬉しい……! わたし、嬉しいんだっ……」
リュウトのことはわからないことだって多いけれど、やさしさで生きている心根が好きだ。豊かな表情が大好きだ。湧き上がってくるあたたかさから、やっぱり彼のことが好きなんだと再確認させられる。
「それにしても……。わたしのことは母様呼びなのに、お父様のことは父さんって呼ぶのね」
「だって父さんって、お父様って柄じゃないもん! あっはははははは~!」
「ふふっ。アリュートさんは、なんだか輪にかけて笑い上戸な感じだね」
「そこは、母様に似たんだと思ってるよ!」
「えっ、そ、そうなの……? そんなことないと思ってたけど」
「うーん? そうだねー。そういえば母様、昔はすごく臆病だったんだって言ってたなぁ。ボクには信じられなかったけど。うちではいつも母様が最強だったよ! でも、若い母様も、素敵だね!」
「えっ」
リュウトにそっくりな顔で言われると、まるで本人に言われているみたいで恥ずかしくなってくる。
「あれ? もしかして母様、照れてるの? なんだか不思議な感じだなぁ。いつもならカーチャンをからかうなーって言って、背中をバンバン叩いてくるのに! あっはは!」
「えっ、未来のわたし、そんなキャラなの」
「うん!」
「ところで、未来から来たというのが本当の話なら、アリュートさんは何をしにここに来たの……?」
アリュートは少し困った表情で目をそらした。
「それは……」
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