第182話 Phalanx

 リト・レギア王国の国王ソラリスと、その部下ショペット、リアム、シーランの三名は、とある目的を果たすため、『暗黒の谷』と呼ばれる場所までやって来ていた。

 ところが、洞窟内部を進んでいく四人の竜騎士の前に、悪魔の翼の生やした牛人の姿をした魔物が百を優に超える軍団で現れ、襲ってきたのだった。


 槍を構えた竜騎士四人の中で、ソラリスが真っ先に魔物に向かって飛び出した。それを皮切りに、部下たちも続いていった。


「行くぞっ! 陛下に続け!」

「言われなくてもやってやるさ!」


 シーランの号令にリアムが応える。


 牛人の魔物は、たった一匹でも小さな村を滅ぼせる力があるほどの高位の魔物で、特に人間の血肉が大好物だ。

 もしこの洞窟にやって来たのが、並の冒険者たちであったのならば、牛人の魔物たちは今頃美味しい晩餐にありつけただろう。

 しかし、今晩やってきた相手には分が悪かった。この洞窟を訪れた四人は、日々鍛練を怠らない竜騎士の国の最強格の戦士たちだった。牛人の魔物たちは彼らに傷を追わせることもできずに、次々と屠られていくしかなかった。


「へっ。こいつらが冒険者ギルドの討伐クエストのモンスターに登録されてたら、すげえ額の賞金をもらえてただろうによ! もったいねえ!」


 リアムが槍を振り回すその背中の裏で、シーランも戦いを続ける。


「それにしても数が多い! この魔物たち、どこかから無限に沸いてきているかのようだな」


 シーランは薄暗い洞窟内部を見渡して魔物が湧いて出てくる原因を探した。攻撃の手は緩めていないが、気が付くといつの間にか、倒した数よりも魔物の数は増えている。


「ううむ……?」

「って、おいおい、シーラン! よそ見してていいのか!」


 リアムの警告が耳に入る前に、牛人の魔物がシーランの死角から襲い掛かってきた。


「キィエエエエ~イッ!」


 耳をつんざく魔物の鳴き声に我に返り、シーランは振り向いて反撃に出ようとするが、間に合わない。


「うっ! しまっ……」


 リアムがすかさず飛び出し、油断したシーランを襲った魔物を槍で串刺しにした。一突きにされた魔物は、地面へと振り払われる。


「っ……!」

「ったく、気を付けろよなあ、シーラン! こんなところでくたばったら、セクンダディの恥になるぜえ!」

「す、すまない。ありがとう、リアム。おかげで助かった……」


 今はまだ体力的に余裕がある竜騎士四人だが、もし本当に魔物が無限に沸いているのだとしたら、持久戦になって競り負けるかもしれない。最強の戦士たちとはいえ、体力と気力には限界がある。


 と、そのとき、魔物を相手に戦い続けるリアムたちのそばまでショペットが降りてきた。


「……」

「なんだよ、ショペットのじーさん」


 ショペットはさらに上空にいるソラリスを見るように視線で二人にうながした。


「――坊っちゃんはもう気付いているようだ」

「え?」


 部下三名の頭上にいるソラリスは、宙で停止し、目を閉じていた。

 大群の魔物たちに囲まれているが、気にしたそぶりをみせていない。目の前の敵に集中していないかのような振る舞いの自国の王を、シーランは慌てて心配した。


「へ、陛下! 魔物を前に、そのような隙を見せては――」


 シーランが叫ぶと同時に、ソラリスは双眸を開いた。

 そして洞窟の奥を飛ぶゆっくりと飛ぶ一匹の魔物に槍を構えて突撃した。


「はあっ!」

「キィエエエエ~イッ!」


 ソラリスの周りを囲っていた魔物たちは動きを封じようと、一斉に口から魔法を放った。巨大な火球が全方位からソラリスを目掛けて飛んでくる。


「ああっ、危ないっ! 陛下っ!」


 シーランが叫んだ。

 竜騎士の駆る飛竜は、魔法攻撃が弱点だ。高位の魔物の魔法攻撃ともなると、当たればひとたまりもない。そして、かわすことは不可能だ。全方向からの集中放火に逃げ道はない。


「ふっ」


 ソラリスは向かってくる魔法攻撃を前に不敵にニヤリと笑った。


「へ、陛下!?」


 魔物の口から放たれた攻撃は、避けずに真っ向から受け止めたソラリスに直撃した。


「ああっ!」


 辺りは爆発に包まれた。


「なっ!」

「へ、陛下っ!」


 部下三名はその場で静かに見守った。やがて魔法攻撃の衝撃波がかき消えると、何事もなかったかのように平然とそこにいる王の姿を目撃した。


「……!」


『! な、何故……』


 一匹の牛人の魔物が、魔法攻撃が効かない竜騎士の王の姿に狼狽した。ソラリスが槍で狙いを定めていた、ゆっくりと飛ぶ他の個体より老いた魔物だった。


「ふふ……」

『――何故、何故! 攻撃が効かぬ……?』

「ほう? 人語を話せたのか、魔物風情ふぜいが」

『そうか、お前は……いや、あなたは、闇の血を引く皇子――』


 人語を用いる魔物が放った聞きなれない単語にソラリスは訝しみ、聞き返した。


「……? 闇の血、だと……?」

『魔法が効かぬなら、物理攻撃するまでよ……やれ!』


 老いた魔物はソラリスを無視し、他の魔物たちに命令を下した。この老いた魔物こそがこの群れのリーダーで、大群を操っていたのだ。


「ふ……。動きが遅すぎる……。このオレの相手になると思うとは、身の程知らずが」


 ソラリスが進行を邪魔する魔物を薙ぎ払っている間に、老いた牛人の魔物が召喚魔法を唱え続ける。この魔法のせいで、敵が無限に増殖し続けていた。

 しかし魔物たちの攻撃よりも、ソラリスの動きの方が格段に速かった。そして一瞬で召還魔法を唱える老いた魔物の目の前まで距離を詰めた。


『魔法が効かず……そして人間の速さではない……。やはり、あなたはこちら側の者……いや、それにしては……』

「死ね。醜悪な姿を二度とオレの前に曝すな」

『キイエエエエエー』


 ソラリスは槍を振り払うと、魔物は屠られ、消滅した。


「……これで魔物が増えることはないだろう。行くぞ、残りの魔物を討伐するんだ」

「御意」


 王に命じられた騎士たちは、残りの魔物を駆除していった。


 魔物を倒している間に、リアムとシーランは同じことを考えていた。――我らが王には、魔法攻撃が効かない。何故そのような力を持っているのかは不明だが……その力こそ最強と謳われる証。いつもながらに思うが、敵でなくてよかった、と。


 リアムとシーランは百体ずつ、ソラリスとショペットは百五十体を倒すと、場にいるすべての魔物が排除された。


「これで、魔物はすべて倒せたな」

「ったく、いい肩慣らしになったぜ」

「……」


 シーランたちが会話をしている間、ソラリスには引っ掛かることがあった。それは、先ほどの老いた牛人の魔物が放った最期の言葉だった。


『やはり、あなたはこちら側の者……いや、それにしては……』


 こちら側とは何なのか。そして


『それにしては――』


 その後ろの言葉が、プライドを刺激した。


『――弱い』

 

「このオレが……弱い、だと……?」


 ――所詮は魔物の戯言か、それとも……。


 不愉快な魔物の言動のせいで眉間にシワを寄せていたそのとき、洞窟の奥で、咆哮が轟いた。

 まるで地獄の底から響いてくるような、低く揺れるような咆哮だ。


「くそっ。あーあ、ホントにいるってのか……例の奴が」


 リアムは袖をまくってシーランに見せた。


「見ろよシーラン、鳥肌が立ってやがる。久しぶりだな、この感覚は」

「ああ、わたしもだリアム。こころしてかからねば……」


 ソラリスがこの『暗黒の谷』の洞窟にやってきた目的、それは――伝説の『黒い竜』に会いに来たためだった。


 この大陸には、各地に竜がいる。そのほとんどが封印され眠りについているとされていたが、砂漠の国を中心に相次いで竜の目撃情報が増えてきていた。


 伝説の黒い竜は、そんな各地に残る言い伝えの中でも最強の防御力を誇る竜だと言われている。その真の力は砂漠の国の伝説に残る火竜と同等以上だという。


「陛下。もしものときのための、黒竜の退治の対策は当然してるんでしょうね? オレは無駄死になんて嫌ですよ」


 だが、黒竜の咆哮を耳にしたソラリスはリアムを無視して先へと進んでしまった。


「はあ~っ! ……答えろよなぁ……! ったく……」


     *  *  *


 牛人の魔物が襲ってきた場所から離れ、竜騎士たちは無言で洞窟の奥を目指して飛び続けて数時間が経過すると、暗黒の谷の最深部に到着した。


 彼らの目の前には、目的のものがすでに見えていた。


 洞窟の天井に無数にできた鋭く尖った鍾乳石の下、ボコボコと音を立てながら黄緑色に燃えている毒の沼の中央に、それはいた。


 伝説の、黒竜。


 砂漠の国の火の竜よりも強いと恐れられる、最強の防御力を誇る古代竜。

 

 黒竜は毒の沼で横たわらせていた、艶めく黒い鱗に覆われた身体をゆっくりと動かし、黄色く輝く両眼でソラリスたち四人をとらえた。

 黒竜は飛竜とは比べ物にならないほどの巨体だった。いつもは勇猛を通り越し獰猛な飛竜が怯えているところを、主人たる乗り手の騎士らははじめてみた。


『人の子らが、我に何用か――』


 黒竜の声が、脳内に直接語りかけてくる。


「う、この声は、あの黒竜の声か? テレパシーで話しかけているのか……」

「それにしてもなんて重たく頭に響く音だ……」


 シーランとリアムが黒竜の威圧感に怯むなかで、ソラリスはものともせず黒竜に答えた。


「オレはリト・レギア王国の王、ソラリス」


 そして目的を淡々と語った。


「――黒竜、このオレのしもべとなれ」


 その言葉に、黒竜は大きく目を見開いて、不遜な態度の人間を視野の中心に入れた。そして、


『――笑止――』


 黒竜は立ち上がり、翼を羽ばたかせて毒の沼から上がった。羽ばたいた衝撃で起きた突風が、竜騎士の駆る飛竜を後ずらせる。


「ぐっ……! 来るか、黒竜」

「ははあ……。やっぱりこうなるんだなぁ……。陛下の傍にいたら命がいくつあっても足りる気しねぇぜ……」

「……」


 竜騎士たちに圧倒的なプレッシャーを放つ黒竜を前に、ソラリスはつぶやいた。


「最強の竜と呼ばれるコイツを倒せたのなら……オレに向かって『弱い』などと口を利く愚かな者が現れることは二度とないだろうな」


 暗黒の谷の洞窟最深部で、人知れず竜騎士四人と黒竜との戦闘がはじまろうとしていた――。




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