第179話 決着!

 火竜との戦いに負け、スフィンクスは倒れた。

 そして、『進化』を遂げた火竜は、新しい姿で、砂漠の戦士たちを恐怖のどん底に叩き落とした。


 火竜は、チャキ山を噴火させたのだ。


 大噴火したチャキ山の山頂から、火砕流が猛スピードで流れ出した。黒煙と火山灰があがり、ふもとへと向かってきている。


 リートゥスの部下たちは、山頂から降ってきた落石に当たったり、溶岩や煙に馬ごと飲み込まれていった。


「隊長……!」

「どうか……砂漠の国を……よろしく……お願いします……!」

「み、みんなっ!」


 リートゥスの馬も全速力で逃げるが、このままではマグマに追いつかれてしまう。


「リートゥス!」


 マイクが馬で逃げるリートゥスに手を伸ばした。


「すまないっ!」


 リートゥスはマイクに手を引かれ、間一髪で風竜に乗ることができた。

 乗っていた馬は溶岩に飲み込まれていった。


「ふぅ……ギリギリだった……」


 しかし、今度は、頭上から死の灰が襲い掛かってきた。


「う、うわああああああっ!」


 風竜の上で三人は絶叫した。


 風竜は風の魔法でバリアを作り、三人を守った。


 風のバリアの上に、火山灰が降りかかる。

 重たい灰に抵抗するため、風竜も必死だ。


「頑張ってくれ、風竜……っ!」


 三人は念じた。


 風竜は急いで噴火を続けるチャキ山から離れた。

 かなり離れると、降ってきていた灰や岩石からも逃れられた。


「風竜っ! よく頑張ったな! よく頑張ってくれたっ!」

「ああっ、ありがとう風竜……!」

「えらいぞ、風竜……」


 三人は風竜の身体をヨシヨシとなでた。


「だけど……」


 マイクはチャキ山を振り返った。


「見て……イグニス村が……」


 イグニス村は、火山灰の下敷きとなってしまった。


「あんな短時間じゃ……腰の悪かったおじいちゃんやおばあちゃんはまだ逃げ出せていなかっただろうな……」


 マイクは泣くのをぐっとこらえた。


「ひどい……ひどいよ……なんで火竜なんかが目覚めたんだ……こんなときに……」

「我々は……何もできないのか……」

「……」


 風竜の上で落ち込む三人だったが、絶望はまだ終わっていないことに気が付いた。


 チャキ山の近くで浮いていた、進化した火竜が、灰の中から姿を現しどこかへと向かっているのが見えたのだ。


「火竜!」

「どこへ行こうと言うんだ!」

「あ、あの方角は……」


 リートゥスはこころ当たるものがあった。


「もしや……都心に向かっているのか? あの方角はエレミヤ城がある、首都グラヴェルだ!」

「なんだと……?」


 リンダは目の前が真っ暗になるような感覚だった。エレミヤ城には、これまで一緒暮らしてきた仲間の子どもたちがいる。


「このままだと、甚大な被害がでるぞ……。デシェルト王が帰還する頃に、砂漠の国は火の国となってしまう!」

「リートゥス、そんな冗談言っている場合かよ!」

「冗談などではない……」


 リートゥスも、リンダも、マイクも、この絶望的な状況の前に、冷静でいられるわけもなかった。


「これ、絶体絶命っていう奴なのかな……」


 マイクがつぶやいた。

 リンダもつぶやいた。


「父さん……!」


 リンダはゼルドの顔を思い出した。


 最後に会ったのは、森神様のいた巨木から出てきたとき。

 情けない顔でちらちらとこちらをうかがってくる父親の顔を、バカみたいな面だと思った。


 ――父さんとの思い出のあるこの砂漠の国を絶対に守りたいのに……! やっとたどり着いた砂漠の国が、こんなことになるなんて……。ひょっとしてこのついてなさは、わたしのせい……なのか? わたしはいつも、不運に好かれていた。だから母は死に、父と別れることになって、祖父母からいじめられ、そして祖父母も死に、今こうして、砂漠の国が滅びようとしている。全部、わたしのせいで……?


 ここにもしリュウトがいたら、そんな思い込みを「違う!」と真剣に否定してくれただろう。

 リュウトはそういう奴だった。


――リュート、どうしたらいい? このピンチを、どう切り抜けたらいい?


 わかっている。帝国から、すぐにはここには来られない。


――濁流に飲み込まれたあのときみたいに、助けてくれよ、リュート!


 らしくないことを念じている自分が、リンダは情けなかった。多分今、あのときの父親よりも情けない顔をしてるんだろうなと思った。


 すると、


『……楽しいことをやるために生きるんだよ……』


 リュウトの声が、脳内で聞こえた。ような気がした。


 ――みんな、情けない仲間じゃないか……っ!


 リンダは目を見開いた。


「ああ、そうだなリュート! わたしはまだ楽しいことをやっていない! だから生きてやる! 生き抜いてやる! ここで命が尽き果てる運命だとしても、わたしはせめてやりきってから死ぬぞ!」


 リンダはマイクとリートゥスに叫んだ。


「火竜を追いかけよう!」


 風竜は全速力で火竜を追いかけた。

 風竜の方が少しだけ火竜より動きがすばやかった。火竜に追いついた風竜は風の刃でエレミヤ城に向かって飛翔を止めない火竜に向けて放った。


 しかしパワーアップした火竜にも全く効いている様子はない。


「頑張れ、風竜!」

「頑張れ……」

「頑張ってくれ……!」


 三人は風竜を鼓舞した。

 だが。


 ついに、火竜はエレミヤ城の上空にたどり着いてしまった。


 首都グラヴェルの地上では、人々が外に出て、空にとどまる火竜の姿を見上げて恐怖している。


「ここにはボクのお母さんが住んでいるんだ!」


 マイクは続けた。


「だからお母さんを守るために、戦わなくちゃ!」


 だけど、方法がない。


 火竜は体内のエネルギーを炎に変換していた。


「やめろぉおおおっ! 火竜ううううううっ!」

「やめてくれーーーーーーっ!」


 リンダたちは大声で叫んだ。


 しかし、火竜はその叫びを聞いても、攻撃の手を緩めることも、やめることもなかった。エレミヤ城に向かって、巨大な炎の柱が吐かれてしまった。


 マイクとリートゥスは目をつむった。


 リンダはしっかりと目を開いて、見た。炎が吐かれたのと同時に、視界が一瞬で真っ白になったのを。


「なんだこれは……霧か?」


 都市を、真っ白い霧が包んでいた。


 マイクとリートゥスがリンダの声を聞いておそるおそる目を開いた。


「なんだこれ……」

「霧だと? ……だが、グラヴェルで霧が発生したデータは過去に一度もないぞ」


 白い霧の中で、巨大な影が動いている。


「生き物が……いる……見て……あそこ……」


 霧がおさまると、中からドラゴンが現れた。

 火竜よりもさらに大きい、一つの島くらいはありそうなサイズのドラゴンが地表の グラヴェルを守っていた。


「あの……ドラゴンは……」


 唖然とする人間たちに、風竜はテレパシーで答えた。


『あの竜は、霧竜です』

「霧竜……? そんなドラゴンがいたのか」


 風竜はうなずいた。


『しかし彼は、人間の味方をするようなドラゴンではない。一体何が目的で現れたのか、わかりません。気を付けて……』


 霧竜はぼーっ、ぼーっという低い音を鳴らした。


 するとまた、霧で包まれた。


「霧?」

「けれどさっきよりもなんだか変だ……今度の霧は、濃いぞ……く、苦しい……!」

「いや、これは霧というよりも……」


 霧を構成している水蒸気の密度が高くなっていく。

 水蒸気は、圧縮され、重みを増し、水となった。


「雨だ!」

「霧竜が、グラヴェルだけに雨を降らせたっ!」


 霧竜は霧雨を操って火竜を攻撃した。攻撃を受けた火竜の力はどんどんと弱まっていく。


「わたしたちやスフィンクスがあんなに苦戦したのに……。強いぞ、霧竜……」


 火竜は炎を吐いて抵抗したが、霧竜に噛みつかれると、たちまち戦意を喪失した。炎の魔法では、水の魔法には勝てないのがわかっているからだ。


「もうなんか、霧竜じゃなくて雨竜や水竜に改名した方がいい感じだよね……」


 マイクはつぶやいた。リンダとリートゥスと風竜は何も言わなかった。


 戦意を喪失した火竜は、チャキ山へと去っていった。


     *  *  *


 霧竜は魔法で出していた霧を散らせていると、風竜は語り掛けた。


『霧竜――』

『風竜か』

『何故、あなたが人間を守るような戦いをしたのです』

『勘違いをするな!』

『……』

『我は、異世界の扉や火竜といった、狂ってしまった竜が大嫌いなのだ。あいつらの思うようにさせているのが不愉快なだけだ』

『狂った、竜――』

『そして弔いの戦いでもあった』

『――スフィンクスのことですね。彼女とは友だちだったのですか』

『ああ――』


 霧竜は白いまつげの生えた目を閉じた。


『火竜は数年は大人しくしているだろう。それから、人間どもに伝えておけ! 我が友を丁重に弔えとな!』


 言うと、霧竜は去っていった。


 しばらくすると、魔法の大雨が降ったグラヴェルに晴れ間が戻った。


 霧竜との会話を、風竜はリンダたちに伝えた。


「つまり、当面は危機は乗り越えられたってことなのか……?」

『はい』

「そうか……」


 風竜の上で、三人は喜んだ。

 しかし疲れ果てていて、力いっぱいの喜びは今はもう表現できなかった。


 三人はこころの中で感謝した。


「助けてくれて、ありがとう。霧竜……」

「ありがとう、クジラのドラゴン……」

「まるで奇跡を目の当たりにしたかのような体験だった……」




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