第178話 絶命!

 デシェルト王が砂漠の軍隊を率いて帝国に向かってから十日ほど経とうというとき、砂漠の国では相次ぐ地震に見舞われていた。その地震の原因は、活火山のチャキ山にあるという知らせを受けて、数名の部下を連れて調査に出掛けたリートゥスだったが、チャキ山の上で、千年ぶりに目覚めた火竜を発見する。


 リートゥス、そしてマイクとリンダは必死で対抗したが、火竜はどんな攻撃も強靭な龍の鱗ではじき返してしまい、まるで歯が立たなかった。

 そんな戦いのさ中、火竜の背中に飛び乗ったリンダだったが、振り落とされて、地面に叩きつけられてしまう。

 火竜の突進を目の前に、死を意識したリンダの窮地を救ったのは、砂漠の国の守護聖獣、スフィンクスだった。

 

 そして今、火竜対スフィンクスの戦いがはじまろうとしている。


 スフィンクスを視界にとらえた火竜は、スフィンクスに向かって火を吐いた。

 スフィンクスは華麗にかわすが、上に乗っていたリンダまで巻き添えになった。


「うわああああああっ!」


 リンダはぎゅっとスフィンクスの背中の毛を握った。

 火竜はさらに炎を吐いて、またさらにスフィンクスは炎をかわした。


「リンダーッ!」


 マイクは風竜でリンダを助けに行こうとしたが、次々と繰り出される火竜の炎のせいで。簡単には近付けない。


 火竜のまわりの地面は、吐いた炎が落ちてきて、燃え広がっていた。リートゥスは馬を操り、火竜のそばから離れた。


「ふん、火竜め! わたしの攻撃を食らいなさい!」


 そう言うと、スフィンクスは火竜に向かって虹色の光線を口から出した。火竜は火炎を吐いてその虹色の光線を打ち消した。


「にっ……虹色の光線!」


 スフィンクスの口から吐き出されるまぶしい光線を直視しないように、リンダたち人間は目をつむった。


 ガオオと獅子のような唸り声をあげてスフィンクスは火竜に噛みついた。

 すると、火竜の鱗とスフィンクスの牙、両方にひびが入った。両者は離れた。


 火竜も翼を広げ、バサリバサリと大きな音を立てて重たい身体を宙に浮かせた。


「リンダ、振り落とされないようにしっかりつかまってなさいよ!」


 スフィンクスは火竜に向かって襲い掛かった。火竜も牙を向いてスフィンクスに対峙する。


「あっ、ああっ!」


 火竜とスフィンクスの両者は噛みついては離れ、噛みついては離れを繰り返した。


「ぐっ、あっ! ああーーーーーーっ!」


 悲鳴はリンダのものだった。

 必死でスフィンクスの背中の毛にしがみついていたリンダだったが、手汗ですべり、空中に投げ出されてしまったのだ。


「リンダーっ!」

「リンダ!」


 マイクとリートゥスが叫ぶ。


「あ、あ、あ……」


 この高さの空中から落ちれば、即死、よくて骨折だ。リンダは空中で、またしても『死』を感じた。


「うわーっ! リンダーっ!」

「リンダ!」


 しかし、リンダは地面に叩き落とされなかった。風竜が風の魔法を操り、リンダの身体を浮かせたのだ。風竜の操る風でふわりふわりと、リンダは風竜の背に乗せられた。


「た……助かった。ありがとう、風竜」


 リンダは風竜にお礼を言った。


「し、死ぬかと思った……」


 リンダ、マイク、リートゥスは三人同時につぶやいた。


 スフィンクスと火竜はまだ戦いを続けていた。お互いにかみ砕き、光線をくらいながらも。しかし、スフィンクスが劣勢のように思われた。


「スフィンクス! 頑張れーっ!」


 リンダは叫んだ。

 それに合わせて、マイクとリートゥスも叫ぶ。


「スフィンクス! 頑張れーっ!」

「頑張れーっ!」


 みんなの応援で、スフィンクスは体勢を立て直した。


「みんな、応援ありがとう。流石、わたしのファンクラブのメンバーね……」

「え、別にファンでは……」


 だが、そんな冗談を言っているスフィンクスの身体は既にボロボロだ。


 スフィンクスが勝てなければ、この場にいる誰もがあの火竜には敵わない。

 スフィンクスの勝利を祈ることしかできない歯がゆさに、リンダたちは打ち震えた。


「ガアアッ」


 スフィンクスは火竜に向かっていった。しかし、逆に火竜に地面まで押し倒された。

 スフィンクスにとどめを刺そうと、火竜は身体を押さえつけながら炎を吐こうとする。


「スフィンクスっ! 逃げてーっ!」


 火竜の口から吐き出された炎を、スフィンクスは虹の光線で応戦した。


 炎と虹の光線がぶつかり合い、激しい衝撃が辺りに広がった。


「うわああああああっ!」

「うわああああああっ!」


 数秒経ち、リンダとマイクは衝撃から身を護るためにガードしていた両手を降ろし、おそるおそる目を開いた。

 炎と光線がぶつかってできた黒い煙が捌けると、見えた。


 地面に、火竜とスフィンクスが、それぞれバラバラの場所で転がっている。

 先ほどの炎と虹の光線の爆発の衝撃で、吹き飛ばされたのだ。


 リンダとマイクは静かに見守った。何故なら、火竜もスフィンクスも、どちらもあまりにも静かだからだ。


 動く気配が全くと言っていいほど、ない。


「リンダ……もしかして……火竜も、スフィンクスも……どっちも死んじゃった?」


 マイクが震えた声でリンダに尋ねる。


「そんなことない! 確かめればわかることだ!」


 リンダは風竜に命令して、スフィンクスのそばで降ろしてもらった。


「スフィンクスー!」


 リンダは叫びながら風竜から降りると、スフィンクスに駆け寄った。


「スフィンクス! 起きろ!」


 リンダが呼ぶと、スフィンクスは目を開けた。


「あっ、気が付いたか。スフィンクス、やったよ。火竜は動かない。火竜に勝ったんだ!」

「あら、そう」

「なんだよ、もっと嬉しそうにしろよ」

「リンダ……わたし、女は嫌いなの……でも、もうちょっとそばによってちょうだい」

「え?」


 よくわからなかったが、リンダはスフィンクスの言う通りにした。


「いい、リンダ……。乙女の命って儚いのよ……。まあわたしは千年以上生きてるんだけど……。だからね、リンダ。あなたも乙女なんだから、後悔しないように、乙女であることを楽しんでね……」


 リンダにはその言葉の意味がわからなかった。


「は……? 今そんなことを言う必要があるか? スフィンクス、お前、何を言っているんだ!」

「ちゃんと聞いて。好きな男の子がいるのなら、ちゃんと可愛らしく振る舞ってアタックするのよ……。素直になれないと、後悔するんだからね……」

「……」

「でもね……リュートちゃんはダメよ……譲らないわ……。わたしのものだから……」

「いや、別に……。リュートはそういうこと考えられない奴だけど……」

「あら、そうなの? じゃあわたしのライバルはアリアだけかしら……。でもね、今は空気が読めない奴だとか、言動が意味不明だから嫌いだって思っていてもね……いつか感謝するときが来るのよ……。憧れの人より、そばにいて大切にしてくれる男の子を選びなさいね……」

「わたしは今スフィンクスが何を言いたいのかわからないよ。関係ないじゃないか、恋愛のことなんて」

「遺言だから。聞いてほしいの」

「遺……言……」


 リンダはショックを受けた。


 マイクも風竜から降りてきて、スフィンクスに近寄った。


「みんな……砂漠の国は、わたしがいなくても守るのよ……。リュートちゃんに会えたらよろしくね……。真のヒロインであるわたしがここで撤退だなんて……情けないわ……」


 リンダとマイクはスフィンクスの顔をバンバンと叩いた。

 そうすれば、怒ってまた元気になると思ったからだ。

 しかし、スフィンクスが元気を取り戻すことはなかった。


「リンダ。わたしの背中に乗ったはじめての女なんだから……大切にしなさいよね、『スフィンクスライダー』の称号……」

「は? なんだそれ……」


 遺言が終わると、スフィンクスはパタリと動かなくなった。


「え? そ、そんな……」


 リンダとマイクは、スフィンクスの身体から魂のようなものが出てきて、天に昇っていき、はるか上空で、大気と溶け合っていくのを見た。


 幻覚などではない。

 確かに、二人は見た。


「スフィンクスが……死んだ……?」

「そんなことって!」


 ようやく再会できたと思っていたスフィンクスと、こんな形で別れることになるなんて。


 リンダは奥歯を噛み締めた。

 マイクは泣きじゃくっていた。


 馬から降りたリートゥスが、二人の震える肩を支えた。


「スフィンクス……あなたの勇気ある行動は、今後砂漠の国の伝承に永遠に語り継がれることとなるだろう……」


 リートゥスがつぶやいたそのとき、リンダが背後の気配に気が付いた。


「この気配はっ!」


 一斉に振り向くと三人は、地獄の底の、絶望の淵に叩きつけられるような音がしたのをこころの中で感じ取った。


「う……」

「嘘だろ……」

「なんてことだ……」


 三人の背後には、赤い鱗の巨大なドラゴンが、口から黒煙を漂わせながら立っていた。


 火竜は、生きていた。


「火竜……生きて……」


 火竜は勝ち誇ったように咆哮すると、光に包まれた。


「うわっ!」

「まぶしっ」

「なんだっ?」


 光の中から出てきたのは、二足歩行となった、新しい姿の火竜だった。


「え……」

「フォルムが……変わった……?」

「今まで受けていた傷も、なくなっているっ!」


 火竜の鱗は、スフィンクスの攻撃を受けてボロボロだったのに、今は脱皮したばかりのように輝きを取り戻していた。


 新しくなった火竜の姿は――神々しかった。筋骨隆々の身体に、巨大な両翼。赤いボディは太陽の光を受けて輝いている。


「これはつまり……火竜は……『進化』……したのか……?」


 リートゥスは口からそうもらした。


「し、進化だって!」


 剣による物理攻撃も効かない。風竜の風の魔法も効かない。頼みの綱の、スフィンクスでさえも破れてしまった。


 ――その上さらに進化しただと?


 三人は、震えた。進化した火竜を前にして、全身の震えを止めることなどできなかった。


 ――そんなの、勝ち目がないじゃないか。


 神々しく光り輝く二足歩行となった火竜が、翼を広げて天へと舞い上がると、今までで一番大きな声で鳴いた。


 そしてその咆哮が止んで、数秒後。


 地面が大きく揺れ出した。

 マイクとリンダは風竜に乗り、リートゥスは馬にまたがった。


 きっと何かが起こる、しかも悪い何かが。人間、馬、すべての生き物が、あの火竜の姿と鳴き声でそう感じ取った。


 そして、その悪い予感は見事に的中した。


「う、う、うわーーーーーーっ!」


「ふ、噴火だーーーーーーっ!」


 チャキ山が、大噴火したのだ。

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