第177話 絶体!

 暁の四天王リートゥス、その麾下きかの十名の兵士、そしてマイクとリンダ。

 砂漠の国の戦士たちは、みんなで力を合わせて伝承に残る邪悪な炎のドラゴン――火竜を倒すことになった。

 火竜はスピードをあげてイグニス村に前進していた。


「火竜の動きがはやくなった! 一体、どうすれば……!」


 リートゥスたちが火竜に回り込むが、火竜をおそれた馬は言うことを聞かず暴れ出した。兵士たちは馬を御するのに精いっぱいで、火竜に攻撃に行けない。そうこうしている間にも、火竜は進んでいく。


「まずい! このままだとあと数分で村まで到着してしまう!」

「村民の非難は終わったのかっ!」


 リートゥスが風竜に乗るリンダたちに尋ねた。

 イグニス村から、悲鳴のような音が風に乗って聞こえる。


「ダメだ。まだ人がいるみたいだ!」

「くっ」


 リートゥスが乗る馬から離れ、もう一度火竜に近付いた風竜の上で、リンダが気が付いた。


「! あれは……」


 あの火竜の赤い鱗の中に、一つだけ色の違う鱗がある。


「マイク!」

「何、リンダ」


 リンダは火竜を指差した。


「見えるか、あの鱗。一つだけ、色が違うものがあるだろう」

「え、どれどれ……。あ、ホントだ」


 リンダの言っているものが、マイクにも見えた。


「あの鱗、もしかしたら火竜の弱点かもしれない!」

「で、でもリンダ……。もし違ったら? 竜の逆鱗だったらどうするの!」

「そんなの、やってみなければわからない。ゴブリンがでるか、ヒュドラがでるか」

「えーっ! リンダ、やめるんだ」

「風竜、マイクは任せたからな」


 リンダは覚悟を決めると、風竜の上で立ち上がり、臆することなく飛び降りた。


「うわっ! ちょっ! ええーっ! リ、リンダ!」


 飛び降りていったリンダはちょうど、火竜の背中の真上に飛び乗った。


「リ、リンダーッ!」


 マイクは叫んだ。


 火竜の背の上に降り立ったリンダは、色の違う鱗を探した。


「ぐっ……。この火竜とかいう奴の身体……なんて熱さだ……。長くいすぎると皮膚がとけるぞ、これ……」


 つぶやいていると、見つけた。左側の翼の付け根に、一つだけある色の違う翼を。

 リンダは腰に提げていた短剣を抜き、鱗を目指して進んだ。火竜はイグニス村を目指して進んでいる。


「止まってくれよ……」


 火竜の背中に、リンダが乗っていることに気が付いたリートゥスが叫んだ。


「リンダ! やめるんだ! リンダッ!」


 だが、その声は火竜の足音やチャキ山から聞こえる轟音でかき消され、リンダには届いていなかった。


「やあっ!」


 リンダは、短剣で色の違う鱗を突き刺した。脆くなっていた鱗は、粉みじんになった。

 そして、火竜の動きがぴたりと止まった。


「やっ、やったか?」


 動きが止まった火竜の横で馬を止まらせたリートゥスと、マイクが空の上から固唾を飲んで見守った。


 リンダがはがれ散った鱗に、もう一度短剣を突き付けると、火竜は咆哮をあげ、暴れ出した。

 その暴れた勢いで、リンダは地面の上に振り落とされてしまった。


「く……痛っ……」


 火竜は方向を転換させると、山の上に落とされたリンダを目掛けて、突進してきた。


「あっ……」


 リンダの目には猛スピードで火竜が迫ってくるのが見えた。

 しかし逃げようにも地面に落とされた衝撃で、足がしびれていて、立ち上がれない。


 ――やられる……!


 リンダは死を覚悟した。そのとき。


 マイクの頭上に、空を飛ぶ巨大な影が見えた。


「え、あ、あれは……!」


 空を飛ぶ影は、火竜に襲われたリンダを間一髪で拾い上げた。


「リンダーッ!」

「リンダッ!」


 マイクとリートゥスが叫ぶ。


 火竜に殺されたと思ったリンダの脳裏に、とある懐かしい記憶がよみがえった。

 

 舞い上がる砂の中で、父に手を引かれ歩いた、幸せだった頃の記憶だった。


 ――あのとき、不思議な生き物に、幼かったわたしは挨拶をしたんだ。


『はじめまして、リンダです』


 すると、彼女はこう答えた。


『わたし女は嫌いなのよ』


 マイクの頭上を飛び越え、火竜に襲われるリンダを間一髪で救ったのは、砂漠の国の女嫌いの幻獣、スフィンクスだった。


「スフィン……クス……?」


 スフィンクスは、口にくわえたリンダを無造作に放り投げた。


「う、うわっ!」


 放り投げられたリンダは、空中でひっくり返って、スフィンクスの背中の上で着地した。


「ちょっとぉ! いきなりわたしを呼び捨てって失礼じゃない?」

「え……」


 幻獣スフィンクスは、リンダに呼び捨てにされたことを怒っていた。


「火竜が目覚めた雰囲気があったから来てみたら、ゼルドが戦ってて何事ーっ! って感じだったのに、よく見たらあんたゼルドじゃないじゃないの! あのねぇ! わたしはいい男にしか興味ないの! ホントは女なんか助けたくなかったんだからねっ!」

「え……?」


 リンダは、毛づやのいいスフィンクスの背中の上で困惑した。

 

「わたしは砂漠の国を守護する聖獣だから仕方ないけど、こんな昼間に起きなくちゃならないなんて、お肌が荒れたらどう責任を取ってくれるのよ、あのドラゴン! またしてもあいつが暴れてるのね~! 許せないっ!」

「えっ……」


 リンダはわけがわからなかった。


 小さい頃に見た幻獣スフィンクスは、大きくて、立派で、こんな不思議な生き物がいるんだな、とワクワクした。

 しかし、本当は性格が――こんな感じだっただなんて。リンダは驚いてしばらく口を開けたまま放心してしまった。


 ハッと我に返ると、リンダはスフィンクスに礼を言った。


「あの……。助けてくれてありがとう。わたしはゼルドの娘のリンダだ」

「あら、ゼルドの……。それなら、彼も近くにいるの? それから、わたしのリュートちゃんはどこ?」


 スフィンクスは意気揚々と辺りを見渡した。


「わ、わたしのリュートちゃん?」

「そ。わたしのリュートちゃん!」

「父さんもリュートも、ここにはいないが……」

「なぁんだ、残念」


 そんな会話をしていると、獲物を仕留めそこなった火竜は、上空を見上げてスフィンクスを視界にとらえた。


 そして今までで一番大きな咆哮をあげた。


「く、来る……!」


 リンダ、マイク、リートゥスと部下たちは、息を飲んだ。


「仕方ないわね、わたしが加勢してあげるわ!」


 スフィンクス対火竜の戦いがはじまった。


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