第176話 火竜!

 風竜に乗ってリンダたちが砂漠の国へ訪れたその日、エレミヤ城では大きな地震が起こった。頻繁に立て続いている地震は、チャキ山が原因だという知らせを受けた暁の四天王で現在は不在のデシェルト王に代わり執政を任されているリートゥスは、マイクとリンダに城でじっとしているように告げた後、チャキ山へと調査に向かう。しかし、砂漠の戦士であるマイクとリンダは、リートゥスに言われた通り大人しくしていることなどできず、風竜に乗ってチャキ山を目指すのだった。


 溶岩と黒煙が噴き出るチャキ山へ着いた二人は、山の上で、赤い鱗の巨大なドラゴンが、付近の集落、イグニス村に向かっているのを見た。


「あの赤いドラゴンをなんとかして止めないと!」


 二人は、この強そうな真っ赤なドラゴンの倒し方が思いつかないまま、ドラゴンに近付くのだった。


 村へ向かうドラゴンの動きを止めるために、マイクとリンダは風竜でドラゴンの周りをグルグルと回って撹乱させようと試みた。しかし赤いドラゴンは周りを飛び回る風竜を全く気にした様子も見せず、村へと前進を続けた。その歩みは重く、四本の足で一歩一歩進む度に、大きな足音がするとともに、山の地面を揺らしていた。


「あのドラゴン、ボクたちに目もくれてないや」

「くそ、舐めやがって」


 すると、風竜の上でマイクはあるものを見つけた。


「あれ、見てよリンダ。イグニス村の近くにいるの、あれってリートゥスだよね」


 まだ距離があるドラゴンと村とのちょうど間くらいの位置に、リートゥスと、部下十名ほどが馬に乗っていた。風竜の方が馬よりはやくチャキ山にたどりついていた。馬を駆るリートゥスたちは今しがたたどり着いたようだ。


「おーい! おーい!」


 マイクとリンダは一旦赤いドラゴンから離れ、風竜をリートゥスの乗る馬まで近付けた。


「リートゥス!」


 風竜に乗ってチャキ山にいるマイクとリンダを見て、リートゥスは驚いた。


「な……。マイクにリンダ! 待っていなさいと言っただろう!」


 叱るリートゥスに、マイクが反論した。


「砂漠の国の一大事に、じっとしてなんかいられないよ! ボクたちは戦士なんだからね!」

「! 戦士か……」


 リートゥスは真剣な瞳をしているマイクとリンダをじっと見た。

 二人は子どもだからといってあなどってはいけない、本気の瞳をしている。


 子どもといえど、砂漠の国の戦士の気質を立派に受け継いでいるのだな、とリートゥスは笑った。


 マイクはリートゥスに状況を報告した。


「リートゥス! この先で、赤くて巨大なドラゴンが、ふもとの集落を目指して真っ直ぐ進んでいるんだ! あのドラゴンを止めないとヤバいよ!」

「巨大なドラゴンだと!」


 空から俯瞰してみることができる風竜と違って、山にたどり着いたばかりのリートゥスたちにはまだドラゴンの姿が見えていなかった。ちょうどうっすらと広がる黒煙に阻まれて、地表からでは視にくいのだ。


「砂漠の国の伝承に残されている、『火竜』と呼ばれるドラゴンかもしれないな……」

「『火竜』……? なんだか強そうだ」

「ああ。記録に残っているのは千年前。突然目覚めた火竜によって、砂漠の王国は崩壊しかけたらしい……」

「ってことは、すごく強いんだ……」

「くっ、最近は一体どうなっているんだ。巨大なクジラのような、霧を出すドラゴンの目撃情報も何度かあったが……。もっとも、そのドラゴンは何もせず消えていったようだがな」


 リートゥスはしばし、考えた。

 そして、マイクとリンダに尋ねた。


「お前たち、砂漠の国の戦士としての覚悟が、本気であるか?」


 リートゥスの問いに、二人は迷うことなくうなずいた。


「……ではみんなで、ドラゴン退治に向かうぞ!」


 リートゥスのその言葉を聞いて、マイクの瞳はさらに輝いた。


「! リートゥス、ホントに!」

「なんだマイク、ビビっているのか?」

「違うよ! 嬉しいんだよ。リートゥス、ボクが子どもじゃないってところ、見ててよね!」

「ああ、見届けてやるさ。だけど無事に帰れたら、説教だからな! じっとしていなさいという命令を破ったんだから」

「えー説教!」

「いいか、無理だけはするなよ! 危なくなったらわたしたちに構わず、風竜に乗って逃げるんだ! そしてルクソールに火竜の発生を伝えてくれ。……さあ、行くぞ! マイクとリンダは風竜で空からの援護を頼むぞ!」

「は、はいっ!」

「わかった」


 話が終わると、ずどんずどんという足音が近くで聞こえ、黒煙の中から火竜が現れた。


「うっ、で、でかい!」


 リートゥスの部下たちは、ドラゴンの威圧感に恐怖した。


「ひるむな! 行くぞ!」


 リートゥスは雄たけびを上げて、部下とともに火竜に向かっていった。


「やあああああああっ!」


 リートゥスが振り下ろした剣を、分厚い火竜の鱗ははじき返した。


「ぐっ……! わたしの剣をはじき返すとは……!」


 部下たちも次々と火竜に攻撃するが、かたい鱗にはダメージを与えられている気配はない。


「くっ!」

「まるで歯が立たない……!」


 火竜は人間たちの攻撃を気にすることなく、前方のイグニス村にのそりのそりと歩いていく。


「風竜! ボクたちも行こう!」


 マイクに応えるように咆哮をあげた風竜は、火竜に向かって風の魔法攻撃をした。

 無数の風の刃が現れると、火竜を襲い、辺りは衝撃に包まれた。


「うわっ」

「や、やったか?」


 しかし、


「あ!」


 火竜はダメージを受けた様子もなく、四つん這いで立っていた。


「風竜の攻撃でもダメだなんて……」


 風竜はリンダの脳内に直接話しかけた。話を聞き終わると、リンダはマイクに風竜から聞いた説明をした。


「マイク、風竜が言っていたことなんだが、あの火竜とかいう奴も風竜と同じ、古代種のドラゴンらしい。そして、風の魔法は火の魔法に弱いから、風竜の攻撃では火竜に対抗できないそうだ」

「え! じゃあ、リートゥスたちの剣の物理攻撃も効かない、風竜の魔法攻撃も効かない。ボクたちは、どうすればあの火竜を止められるの!」

「それは……」


 と、言っている間に、火竜は吼えた。

 そして先ほどよりもさらにはやいペースで村に向かって歩き出した。


「わ! 火竜がスピードをあげた! どうすれば、一体どうすれば……」


 マイクとリンダの額には、暑さだけが理由ではない汗が流れているのだった。


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