外伝Ⅰ 砂漠の国の火竜編

第173話 到着!

 リュウトたちと別れた後、リンダと四人の子どもたちを乗せた風竜は、砂漠の国ザントへとたどり着いていた。


「着いたか」


 長い長い砂漠の空を飛び続け、ようやく見えた砂漠の国の首都グラヴェルにある、巨大なエレミヤ城を見てリンダはつぶやいた。


 物心がつくかつかないかの幼い時分に、リンダは父ゼルドに連れられて、祖父母の家に預けられた。

 祖父母は帝国貴族の血筋を重んじる思想の持ち主で、傭兵の、それも外国の男の娘であるリンダに対して厳しく当たっていた。顔を合わせる度に、「野蛮な外国人の血を引いてるから」「どうして娘の方に似なかったんだ」「その獣のような目付きは父親にそっくりだね」と罵られた。血の繋がる家族から送られる刺すような冷たい眼差しに堪え忍ぶ毎日を送っていた。

 父と離れ離れになることになった日、寂しそうに去る父の背中を、人形をかたく握りしめながら「行かないで父さん」と叫んだ。その日のことは、決して忘れることができず、毎晩夢に見た。


 そんな生活の中で楽しんでいたことといえば、隠れて励んでいた剣術の稽古と、おぼろげな記憶の中にある、砂と、いつでもあたたかく身体を包み込むような空気と、父に手を引かれ幸せだった感触を思い出しているときだった。

 

 父に手を引かれ、あたたかい空気に押し上げられて舞う砂の中で、不思議な生き物を見たことがある。人語を操る獅子の身体の魔獣だった。


 あまりにも小さい頃だったので、その思い出が作り物の記憶なのか、本当の記憶なのか区別することさえできなくなっていたが、その不思議な生き物は、本当に現実にいたものなのかと、確かめたい気持ちがずっとあった。


 だが、もう一度砂漠の国に帰りたいと思っていた気持ちは、こころの中で感じる度に、何度も押し殺した。甘えを捨てなければ強くなれない、強くなければ生きていけないと思っていたからだ。


「戻ってこられるとは思っていなかった」


 しかし本心は、願いが叶うなら、砂漠の国に戻って来たいとずっと思っていた。


 素直にそういう風に考えられるようになったのは、リュウトの素直さが移ったことが原因かもしれない。あんな風に泣き喚いて感情をさらけ出すのはどうかと思わなくもないが、リュウトの前で意固地になるのはもっと馬鹿らしく感じる。


 リュウトのことを思い出していると、ふと彼が言っていた言葉が頭の中をよぎった。


『生きてるって、楽しいことをやることだよ』


 リンダは目を閉じた。


 何のために生きてるのかわからなかった自分に、リュウトは明確な答えを教えてくれたような気がした。


 砂漠の国に戻ってきた。だから、これからは楽しいことが、いっぱいできるのだろうかと考えた。


 思考を巡らせてみても、どう理屈をつけようとも、リュウトの言葉を完全には否定できなかった。


 ――楽しいことから、幸せになることから逃げなければ、きっとできる。


「楽しいことをするために生きる……。確かにそうかもしれないな、リュート……」


 しかし思い返してみると、リュウトの行動はど変態だったので「楽しいことをしよう」という言葉が別の意味に聞こえてきてしまい、ぞわぞわと鳥肌が立ってきた。 


 だけど、リュウトと出会って、戦って、楽しかった記憶は、抹消できそうにない。


「……ありがとう……」


     *  *  *


 風竜は、エレミヤ城の中庭に着地した。


 砂漠の国の兵士はほとんどが帝国領に行ってしまい、城には人があまりおらず、がらんとしていた。


 不在の王に代わり執政を任されていたリートゥスが、中庭に降り立った風竜を出迎えた。


「アリア殿のドラゴンではないか」


 リートゥスは風竜に乗る五人の子どもたちを見て、察した。


「あの、ぼくたち……」


 子どもたちが言い淀んでいると、リートゥスはあたたかく笑った。


「ようこそ、砂漠の国へ。わたしは暁の四天王、リートゥスだ。砂漠の国ではデシェルト王に次ぐ実力のあるソードマスターだよ」


 子どもたちは自分で言うのか、というツッコミをするべきなのか迷ってかたまってしまった。リンダだけはリートゥスがこの場を和ませるためにあえてこのような言い方をしたのだと思った。


 リートゥスは帝国領からやってきた子どもたちを丁重にもてなすように、侍女たちに命じた。


 ボロボロだった服は砂漠の国に住む人々が普段着ているものに取り替えられ、汚れた身体を洗ったあと、爪や歯を丁寧に磨かれ、髪は整えられた。


 子どもたちは侍女に礼を述べると、侍女は「子どもは宝ですからね」「大切にするのが大人の役割です」と言った。それでようやく、子どもたちの緊張も解けはじめた。


 身なりが清潔になると、リートゥスから部屋に呼ばれた。

 それで子どもたちは再度緊張した。そうかしこまらなくていいとリートゥスは言うが、国で二番目に偉い人を前にして緊張しない方が、まだ十歳に満たない子どもたちには難しかった。


 ソファに腰かけたリートゥスは、向かい合って座るように子どもたちに言った。

 リートゥスはリンダの顔をしばらくじっと見つめた。


「そこの君」

「わたしか?」


 リンダは答えた。


「そうだ」


 リートゥスがうなずく。


「君はわたしの知り合いのゼルドという男に顔がそっくりだ。縁者か?」


 リンダは一瞬躊躇したが、隠し事をしても無意味だと思い、正直に話した。


「娘のリンダです」

「娘の? そうか……あの娘が。大きくなったな。わたしは小さい頃の君に会ったことがあるよ。まだ生まれたばかりのほんの赤ん坊だったのに。月日が流れるのははやいな」

「そうなんですか」


 リートゥスに聞かれ、リンダは今までの経緯を話した。これまでの暮らしから、砂漠の国に来ることになった理由を。


「今まで大変だったね。よく頑張ってきた……」


 話が終わりかけると、突然、エレミヤ城は縦に揺れた。


「わっ! 地震!」


 子どもたちは怯えた。

 揺れが収まるとリートゥスは静かに言った。


「ああ……。ここ最近、妙に地震が多くてね。デシェルト王が旅立ってからしょっちゅうなんだ。王が留守の間によくないことが起きなければいいが……」


 リンダはこの地震に、何かよくないことが起きる前触れを感じていた。

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