第172話 今は無理だけど、いつかきっと友だちに戻れる日が来ると信じてるの件

 エルフの男と、フェセクの元から走り去ったリュウトは、仲間たちの所へ戻ってきた。


「リュウトさん!」

「リュートぞな!」


 リュウトしか帰ってこなかったことを仲間たちは不審がり、アリアが尋ねた。


「あれ、フェセクは? リュウトさんを探していなくなっちゃったのに」

「彼は……置いていく。仲間じゃ、ないから……」

「え……?」


 仲間たちは突然意見を変えたリュウトに疑問を抱いたが、つらそうな表情でうつむくリュウトに、誰も何も言えなかった。


 しばらくの無言の後、リュウトは前を向いた。


「行こう。魔将軍オシリスを倒しに。砂漠の国の仲間たちに追い付くために。そしてオレたちは強くなろう。弱いままじゃダメだ。強くなる必要がある。強くならないと、守るべき人を守れない。諦めちゃいけないことを、諦めなくちゃいけない。今まで弱いままでよかったことなんて、何一つなかった。オレたちは強くならなくちゃいけないんだ」


 仲間たちは沈黙を続けた。


 フェセクは、言ってることとやってることが違うときがあって、行動原理が意味不明な存在だった。

 だけどリュウトも、言ってることとやってることがちぐはぐになってしまうときがあった。そして支離滅裂な言動をしてしまう自分が許せなかった。


 リュウトは、いつか自分が考えていたことを思い出した。


 人間は違うから、全部を理解するのは難しい。だけど、理解はできなくても、尊重することはできる、と。


 しかし今は尊重することさえ、難しく感じる。それでも、きっと、まだ無理だけど、いつか友だちに戻れる日が来る。


 きっといつか、自分の矛盾を許せるようになったとき、他人の矛盾も許せるようになるのだろうか。


 そんなことを考えて、目を閉じた。


 ――だけど、それには成長が必要だ。強くないうちには、自分も他人も『許す』ことなんてできない。


 だから、


「今は……さようなら……」


 『リュートと愉快な仲間たち』は都市セント・エレンをあとにした。


     *  *  *


 リュウトが走り去った後。

 フェセクの喉のゴロゴロ音はまだ止まっていなかった。


「その不快な音は止められないんだったか?」

「はァい。申し訳ございません……エルフの王……神であるアナタ様の前でこのような失態を……」


 エルフの王と呼ばれた男は笑った。


「それで、ワタクシは精霊の国へ帰らなくてはいけないので?」

「いいや。これまで通り好きにして構わぬ。お前と共に逃げ出した兄弟たちも監視下に置いているが、自由にさせている。ただ、わたしが命令を下したときは絶対に逆らうな。それだけ守っていればいい」

「はァ……」

「そうだフェセク、いいことを教えてやろう。あの少年は本物の異世界の扉だ。お前の願いを叶えてくれる男だよ」

「ワタクシの……?」


 フェセクの口元にはよだれが垂れていた。


「アァ~、失礼……」


 と言うと、エルフの王に見られないようにローブの袖で口元を隠した。


「なんだ、追いかけないのか? 解せないな」


 尋ねるエルフの王に、フェセクは「んふ」とため息をついた。


「それにしても、エルフの王が何故こんな街中にいるのですか。トリ肌が止まりませんでした……」

「ああ。人の街は色々と役に立つのでね。と言っても、この身体は分身だ。本体は精霊の国にいる」


 エルフの王は、リュウトが走り去っていった路地を真っ直ぐ見つめた。


「ふふ。用があったのは、アレーティア様の方だったのだが……。まあいい。しかし、見た目から受ける印象より、思ったよりやる。異世界の扉、選ばれし者か。覚えておこう、リュート……」


 エルフの王はカマを振り、一瞬にして消えた。


 路地に一人残されたフェセクは空を見上げた。


「しばらくさようなら、リュート様……。信じるコト即ち、愛するコト。愛するコト即ち………………」


 橙色の空を瞳に映し、一回転した。


「壊すコト♡ いつかまたお会いしたら、壊してさしあげますからね♡」


 太陽が沈みきり、辺りが暗くなってくると、フェセクは影の中へ潜っていった。

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