第170話 ネコ科の件
「返事をしろよ、おいっ!」
リュウトは動かなくなった首に向かって叫んだ。
すると、
「はーい♡」
フェセクは目をぱっちりと開き、返事をした。
「う、うわああっ!」
リュウトはビックリして首を落としそうになった。
「リュート様、ワタクシは首を落とされても死なないって言ったではありませんか♡」
「え……。そういえばそうだった……」
「ああ。リュート様に抱かれるなんて、幸せェエエですねェ」
「そう……」
リュウトはキッと、フェセクの首を落とした女性をにらみつけた。
「あいつだったんだな。君を苦しめていたのは、あいつだったんだ。本当の黒幕……。オレにやり直しを提案した、エルフの男……」
女性は高笑いをすると、本当の姿に戻った。
まるで死神のようなカマを持った、白金色の髪に赤色の瞳のエルフ。
「そうだ、わたしがフェセクの主。逃げ出した飼いネコのしつけをしていたんだ」
「飼いネコ……? しつけ……?」
意味がわかっていないリュウトに男はふふふと笑った。
「フェセク、ヒトの姿に変装していないで、本来の姿で挨拶したらどうだ。お前の本来の、醜い姿でな……」
男がカマを振り、放たれた魔法がフェセクの胴体の方に当たった。
すると、フェセクの胴体は四つん這いになったかと思うと、身体がむくむくと巨大化し、白い体毛が生え、斬られていた首がにゅるりと生えてきた。
「え……これは……」
それは、ホワイトタイガーの姿だった。しかも、普通のサイズではない。一軒家を超すほどの大きさだ。超巨大なホワイトタイガーになったフェセクの身体は広場に収まりきらず、そばにあった建物は破壊された。
「ああああ……っ♡ ワタクシの本当の姿を見ないでくださいリュート様……♡ は、は、は、恥ずかしい~っ!」
リュウトの腕に抱えられるフェセクの首はおいおいと泣いていた。
「え……! あ……! どちらかといえばネコって言ってたことあったけど、あれはイヌ派かネコ派かってことじゃなくて、ネコ科の動物って意味だったの! そ、そんなことって!」
「魔獣、白虎フェセク。わたしの可愛い飼いネコだよ」
エルフの男は言った。
広場に集まっていた人々、そしてアリア、ゼルド、エスペランサ。その場にいた全員が、巨大な魔獣の姿に恐怖した。「こんなもの、倒せるわけがない」と。
魔獣の身体から出た、灰色の霧が辺りを包みだした。
「フェセク……君は……」
「ああ、ああ♡ いいですねェ♡ 人々の絶望の表情♡ 脆く、儚く、そして美しい……! ワタクシの使命を果たすときでございますねェエ……。救済のために人々を死へと導かなければならないっ♡」
「そんなのダメだ……間違っているよ……やめよう……やめよう、こんなこと……」
「ククク……。リュート様もなかなかいい顔をしますねェ……。もっと、近くで……見ていた……かった……」
「フェセク!」
両腕に抱えていた人間体のフェセクの首が、風化して崩れていった。
「うわあ、ああああ……」
魔獣が咆哮をあげると、広場にいた人々は逃げ出そうとしたが、次々と踏みつぶされ、あっけなく死んでいった。
「やめろ、やめろっ!」
リュウトが叫んでいるそのとき、アリアが光魔法を放った。しかし、真の姿になった白虎フェセクには何のダメージにもなっていない。そしてアリアに向かってフェセクが爪を立てた手で薙ぎ払った。
「アリア……っ!」
フェセクの攻撃から、ゼルドはアリアをかばったが、巨大な魔獣の攻撃を耐え切れず、二人は吹き飛ばされた。
エスペランサも果敢に剣で攻撃しに行ったが、ダメージを与えられず、フェセクに噛みつかれた。
「ぐっ……!」
「エスペランサさん!」
「少年……。リュート、ここから逃げろ……。いつの日か、必ずこの街を救ってくれ……」
「エスペランサさんっ!」
猛獣にかみ砕かれたエスペランサは、首だけを残して飲み込まれてしまった。
木から落ちた腐った果実のように、落ちてきた首が広場につぶれるのを見て、リュウトは絶望した。
「また、同じことが起きた……」
『ワタクシには、絶対に勝てない』
目の前の巨大な白いトラを見て、その意味が、真に理解できた――。
リュウトの隣に、いつの間にかエルフの男が立っていた。
リュウトは、フェセクに持たされた帽子を見た。派手な色彩の婦人用の帽子から、徐々に黒い二角帽子へと変貌していっている。
「あ……帽子が……」
「運命というのは、最初から決まっているのだ。いかに異世界の扉が運命をねじまげようとも、必ず元に戻ろうとする力が働く。我々は運命という牢獄に捕らわれている囚人だ。誰一人、例外なく。帽子が最初に選んだものに戻るように、アリアという名前の少女は死ぬ定めに戻り、エスペランサという名前の女も、死ぬ定めに戻る」
男は、ゼルドとともに倒れているアリアを指さした。
「あ……アリア……アリア……?」
灰色の霧に包まれた広場では、視界がはっきりしないが、ゼルドとアリアだと思われる横たわった二人は、動く気配がない。
「え?」
「わかったか? 異世界の扉。運命には誰も勝つことができない。大いなる運命には、抗うことすらできない。誰もがそうなのだ……」
リュウトは、戦意を、喪失した。
暗い道を照らす希望の光を、失った。
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