第169話 どんなに世界が暗くても希望の光で照らせば道は見えてくるの件

 無事に救出されたリュウトだったが、フェセクと戦うことになってしまった。


「はああっ!」


 真っ先にフェセクに斬りかかったのはエスペランサだった。


「やあっ!」

「っ!」


 エスペランサの剣の攻撃で、黒魔法の詠唱が途切れた。素早い身のこなしでかわすフェセクだったが、エスペランサの攻撃もはやく、反撃に出られない。


「うわっ、エスペランサさん、フェセクに追いつけるのか! すげえ強い……」


 驚くリュウトに、アリアとゼルドが声をかけた。


「オレたちも行くぞ、リュート!」

「行きましょう、リュウトさんっ!」

「う、うん!」


 フェセクとは戦いたくない。しかし、もうどうしようもない。彼を倒せたら、すべてが丸く収まる。


 ――本当に?


 リュウトはフェセクに持たされた帽子を落とさないように腰にしっかりとくくりつけ、アリアに渡された剣を受け取った。


「フェセク……」

「リュウトさん、つらいなら無理をしないで」

「いや、ここで行かなかったら、きっと後悔するから。嫌なんだ、もう」

「リュウトさん……」


 エスペランサに追いかけられるフェセクを回り込む作戦で、ゼルドとアリアはタイミングをうかがった。


「仕方ないよな、やるしかないよな。やりたかねーけどな」

「うん、本当はね」


 逃げながらフェセクは黒魔法を詠唱しはじめた。


『是・黒……』


「させるか!」

「させないわ!」


 前方で待ち構えていた、アリアの白魔法の加護を受けたゼルドが斬りかかった。


「くっ!」


 ゼルドの攻撃をフェセクはかわした。


「ゼルド……」

「すまんな、フェセク。お前が敵になるってんなら容赦できねぇ。お前には、リンダのことで恩があるけどよ……!」

「やれやれ……覇ッ!」


 フェセクは隙を付き魔法攻撃をゼルドに放った。しかし、アリアの加護が魔法をはじき返した。反射した魔法を避けたが、腰まであった長い髪が切れ、辺りにバサリと落ちた。


「ワタクシの美しい髪が……毎朝魔法で整えていましたのに……」


 すかさず、アリアが光魔法をフェセクにぶつけた。


「くっ……」

「当たった……!」


 フェセクは光魔法が苦手な様子だった。しかし、アリアの熟練度が足りず、致命的なダメージにはなっていない。


「アリアぁあ……」

「フェセク、わたしはあなたのこと、嫌い」

「んふふふふふふ」

「ソラリス兄様のことを侮辱した。それから、リュウトさんによくないことを教えてたでしょ……」

「……」

「だけど何でこんなことになるかわからない。リュウトさんのこと、本当は味方になりたいんじゃないの?」

「……ふー、こちらもやれやれやれやれ。アリアのコト、もっといじめればよかったカナ?」


 オーラに吹き飛ばされてしまっていたラミエルとゾナゴンも立ち上がり、戻ってきた。


「こらーっ! 天才ラミエル様を舐めんじゃないわよーっ!」

「ぞなーっ!」

「あんたなんかに天才魔道士の座は渡さないんだからねーっ!」

「キュートなマスコットキャラクターの座も渡さないんだぞなーっ!」


 フェセクはもう一度オーラを放ち、またしてもラミエルとゾナゴンは吹き飛ばされた。


「きゃーっ!」

「ぞなーっ!」


 その間に、エスペランサがフェセクに斬りかかった。


「食らえ――」

「!」


 エスペランサの攻撃は、防がれた。

 剣で受け止められたのだ。


「何……? リュート、何故……」


 リュウトがかばったのだった。


「わからない、オレもわからない!」

「リュート、どいてくれないか。こいつを倒さねば街を救えない」

「オレだってわかってる……。だけど、身体が勝手に……動いちゃったんだ」

「魔法か?」


 フェセクはニヤリと笑った。


「違う……。オレが、やってるんだ……。操られてるわけじゃない……」


 エスペランサの剣を受け止めながら、リュウトはフェセクに向かってつぶやいた。


「フェセク……逃げてくれよ……頼むよ……。君を失いたくないんだ……」

「……」


 リュウトがかばっている間に、フェセクは黒魔法を完成させていた。


「ククク……」


 黒魔法が辺りを包み込み、ゼルド、アリア、エスペランサが地に膝をついた。


「ぐっ!」

「ああっ」

「くっ」


 彼らの身体にだけ、強い重力が発生している。


「ふふふふふふ。リュート様、ご加勢ありがとうございます♡」

「フェセク……やめろよ、もう、こんなこと!」


 剣にもたれながら、必死に抵抗して立ち上がろうとするエスペランサがリュウトに言った。


「リュート……。やはりその男はどうしても倒さないとダメだ。選ばないとダメなことだ……。その男を倒して街を救うか……もしくはその男を倒さず敗北するか……どちらかしか道はない……」


 どちらかしか道はない。

 それは砂漠の国で、スフィンクスに言われたことだ。


 ――選ばなくちゃいけないときが、必ず来るって言ってた。今が、選ばなくちゃいけないときなのか。


 リュウトは考えた。

 しかし考えているこの間にも、アリア、ゼルド、エスペランサは苦しんでいる。


 ――考えろ。考えろ、考えろ! 本当に、どちらかしか道はないのか!


 またしても、「こんなとき、シェーンならどうする、ソラリスならどうする」という言葉が脳内を駆け巡った。

 うまくできる誰かと比べるのは自分がつらくなってくる。だけど、諦めなければ、必ずたどり着くはずだ。彼らと同じ高みへ。境地へ――。


 ――主人公なら機転を利かせ、リュート!


 そのとき、リュウトはひらめいた。


「いいや、道はあるっ! どんなに世界が暗く見えても、見えないだけで、必ず道はあるっ! 希望の光で照らせば、必ず道は見えてくるっ!」


 叫んだリュウトは、走り出した。


「最初からこうすればよかったんだ! なんで気が付かなかったんだ!」


 一直線に走り出した。――小太りの領主に向かって。


「ブタ領主を倒すっ! そしてフェセクとの戦いを終わらせるっ!」


 リュウトの考えに気が付いたフェセクは顔色を変えた。


「くっ、リュート様ァアアアっ!」


 領主に向かって走るリュウトを止めようと、フェセクは飛び上がろうとした。しかし、


「させない……」


 エスペランサがフェセクにしがみつき、邪魔をした。


「女ァア! ワタクシの邪魔をするなァアアアッ!」


 フェセクはエスペランサを蹴飛ばし振り切った。


 領主の元に向かって走るリュウトの真横に、影が見えた。

 フェセクだ。

 一瞬で追いつかれた。


「は、はやいっ」


 そして、領主の元にたどり着く前に、首を掴まれてしまった。


「ぐええっ」

「リュート様、諦めてください♡ 地獄でお得意の仲間ごっこをしてください、ワタクシ抜きでね」

「そんな言い方……みんなは、本当に君のことを仲間だと思って……」

「はァ。またしてもやれやれやれやれやれやれやれやれ。アナタ方に何がわかるというのです」

「わからないよ! わかるわけない……。違う人間だから……。みんなそうなんだ……。みんな、何で喜んで、何で傷付くか、わからない……。だから知りたいんだ……。知りたくなるんだ……。好きな人のことを知っていける喜びは、君もわかるはずだ……。オレはそうだった……。短い間だったけど、君が帽子をもらって喜ぶ顔を見て嬉しかったんだ……」

「リュート様は買ってくださらなかった!」

「これから一緒に買いに行くんだ! 何度だって付き合うよ! 君が欲しいものはなんだって買ってあげたい! それがオレの気持ちなんだ!」

「ワタクシが欲しいものは――――――死ですよ」

「死……」

「ただ、それだけです……」


 首を絞めるフェセクの腕の力が強まった。呼吸ができない。だが、

 

 ――ここからなら、届く。


「やっ!」


 リュウトは首を絞められて真っ赤な顔で、力を振り絞って剣を投げた。


「! 何っ! リュート様……」


 危機を感じたフェセクはリュウトを離して飛んで行った。――主を守るために。


「あ、あ、あ」


 投げた剣は、腰を抜かしてしゃがんでいた領主を貫いた。ピッタリと命中した。領主は倒れ、広場に鮮血が飛び散った。


「やった……倒したぞ!」


 フェセクに手を離され、尻もちをついたリュウトは、勝ちを確信した。


「オレは運命に勝った! 運命に勝ったんだっ!」


 ところが、


「え?」


 フェセクが守りに行ったのは、女性だった。二回目のとき、領主に盾にされた従者だ。今はフェセクが両腕に擁している。


「……」

「え、フェセク……。なんでその女の人を守ったんだ……?」

「……」


 額に汗を流している。領主の部屋で見せたときと同じ、動揺の表情だ。


「何をやっている。遅いぞ」


 お姫様抱っこをされた女性は、聞いた覚えがある男の声でしゃべった。


「はァ……」

「ったく、所詮は紛い物か」


 フェセクは抱えていた女性を降ろすと、女性はフェセクの頭を掴み、何度も地面に打ち付けた。人間の女性の力ではない。


「ぐ……っ」

「なんで遅かった? わたしに歯向かう気か?」

「……いえ、そのようなコトは……♡」

「ふふ……まあいい」


 聞き覚えのある男の声でしゃべる女性は、今度はボロボロになったフェセクの首を掴んで、握りしめた。フェセクの細くない首は女性の怪力によって引きちぎれ、地面に転がっていった。


「ああああああっ! フェセクっ!」


 尻もちをついていたリュウトは這ってフェセクの首の元に近寄った。


「フェセク! フェセク! フェセク! ああ、そんな……」


 リュウトは首を抱えた。震える手で確認するが、目は閉じられ、呼吸はしていない。


 リュウトは深い絶望を覚えた。


「そんな……そんなことってないよ……君とケンカしたままお別れなんて、嫌だよ! やっぱり、人は、生きてこそだよ……フェセク……おい、聞いているか……返事しろよ、おいっ……!」







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