第168話 滅多に起きないから奇跡なんだなの件
「ああああああああっ!」
断頭台の刃はリュウトに向かって落ちていった。
「――あ?」
ところが、リュウトは生きていた。
「こわかったろう。もう大丈夫だ、少年」
「え、誰」
リュウトの首を目掛けて振ってきた刃を魔法攻撃で退けたのは、
「ふっ、そうだな。はじめましてだな」
女騎士、エスペランサだった。
女騎士エスペランサが、部下を引き連れて処刑が行われる広場に駆け付けたのだ。
「えっ、あっ……! エスペランサさんっ!」
「何だ? わたしを知っていたのか?」
エスペランサはリュウトの腕を掴んで立ち上がらせた。引っ張られた反動で、胸の中に顔がうずまってしまった。
「あっあっ」
「し、少年……何をしているんだ……」
「あ、あ、すみません……。柔らか……じゃなくて、エスペランサさんは魔法が使えたんですか」
「ああ。剣と魔法が使える」
「へ、へえ……」
当たっている胸の大きさと感触をしっかりと確認した後、リュウトはパッと離れた。そして先ほど断頭台に縛られ、こわさのあまり「エスペランサがなんだ」と叫んでしまったことを後悔した。
「ホントに……色々とすみません……」
「ん? なんのことだ? ……それより少年は、いい仲間を持ったな」
「え?」
エスペランサはふっと笑って、広場に走ってくる謎の集団を見るようにリュウトにうながした。
集団のメンバー。一人はピンク髪の清楚そうな女の子。二人目は水色髪のポニーテールの口うるさそうな女の子。三人目はその娘の頭に乗るキュートな見た目の子どものドラゴン。そして四人目は大剣を背負った傭兵の男性。
みんな、リュウトの名を叫びながら必死な顔で走っている。
「え……みんな……」
リュウトの元にたどり着いた仲間たちは、息を切らせながらそれぞれ安堵の色を浮かべていた。
「リュウトさん! よかった! 間に合って!」
「バカリュートのバカ! 心配したじゃないの!」
「どこにもいないから探したぞなよ!」
「マジで焦ったぜ~!」
「みんなが……助けに来てくれた……?」
ピンチになったら仲間が助けに来てくれるなんて、アニメやマンガの世界だけだと思っていた。
「そうか……。ここはアニメやマンガの……いや、小説の世界だったのか……?」
頭が混乱してはっきりしないリュウトにラミエルがツッコんだ。
「何バカなことを言っているのよバカリュート!」
「バカなことじゃない……。メタなことを言ったつもりなんだ……。あ、そうか……滅多に起きないから、奇跡なんだ……。そうか、なるほど! つながった!」
「は? いみふぞな」
明確に、流れが変わった感覚がした。運命が変わっていく感覚がした。
微笑むエスペランサはリュウトに礼を言った。
「わたしは、魔将軍オシリスに無理矢理従わされて、多くの罪なき人の命を奪ってきた。その罪の重さから、生きることに希望が持てなくなっていた……。だがせめて、生まれ故郷であるこの街を救いたかった。勝てないとわかっていても、覚悟して散るつもりだった。しかし、君と仲間たちの勇気ある行動を見ていたら、諦めていたこころにもう一度火が点いたよ。ありがとう、少年」
エスペランサの瞳は、以前のように虚ろなものではなくなっていた。希望を失っていない、道を見つけ、輝く瞳だ。
「少年の名前は何て言うんだ?」
「オレ、リュートです」
「そうか、リュート。ありがとう」
リュウトとエスペランサが握手を交わした後、仲間たちは横で勝手にしゃべった。
「あたしたちリュートと愉快な仲間たちがいれば、絶対になんとかなるわ! だってこの天才ラミエル様がリーダーなんだから!」
「まあ我たちは正直弱いぞなが、一人化け物じみた強さの魔道士の仲間がいるぞなからね~。負けないぞな」
「最初はすげえ変な奴だと思ったがよ。リュートが一人で城に突っ込んでいった後、あいつが戻って来てな。ピンチを伝えると、とんでもない形相で守りに行くって走っていった顔を見たらなぁ。『リュートと愉快な仲間たち』の一員だと思ったぜ」
「わたしはまだからかわれたことを許せないけど、リュウトさんの味方なら、仲間でもいい。あんまり目の前でベタベタしないでほしいけどね」
仲間たちが何が言いたいのかを悟り、胸が震えた。
「仲間って……。みんなが、受け入れてくれるなんて……」
リュウトは違和感の正体に気が付いた。今この日は、牢獄に捕らわれた翌日の、本当ならエスペランサが処刑された日ではない。本来なら牢獄にいる時間帯が今だったのだ。だから空には雲がかかり、人々の顔も違った。
気絶させられた後、移動の魔法か何かでここにいたんだ。アリアたちはいなくなっていたのではない、エスペランサと合流し、地下に捕らわれていた人々を解放していたのだ。
「運命は変わった!」
そして、斧を振りさげたままかたまっている「仲間」を見た。
「そうだ、リュートの愉快な仲間たちは、フェセクも一緒だ!」
死刑執行人の影の中から、ずぶずぶとフェセクが出てきた。
「フェセク!」
二回目の牢獄の中で見た、あのぎょっとするような無表情をしていた。
「フェセク……」
フェセクは影の中から出てくると、ローブの中をごそごそとまさぐりながらリュウトに近付いてきた。
「え?」
そしてローブから取り出した派手な婦人用の帽子を、リュウトに手渡した。
「帽子を、持っていてください」
フェセクはニッコリと笑った。
「え? あとは君が来るだけなんだ……。あんな領主のことなんか、守る必要ない。オレたちと一緒に来るんだ、フェセク!」
ニコニコと笑いながら、フェセクは尋ねた。
「お尋ねします、リュート様。アナタは本当は、生きたいのですか? それとも、死にたいのですか?」
そのシンプルな質問に、リュウトは間髪入れず答えた。
「生きたいよ! 君と一緒に!」
「はァあアあぁあああ~……」
大きなため息をつくと、フェセクはリュウトから離れていった。
「残念です……」
そして領主の前に立った。
「そんな……オレじゃダメなの」
「リュート様は何もわかってない。死こそ救いだというのに……」
「まだそんなこと言っているのか。人間は、生きてこそだ! 生きて、誰かと出会って、好きになったりして、いいことを、大きなことを、やっていくのがいいんだ。生まれてきた意味を、運命を知れるから……。オレは生まれてきてよかったよ。みんなに会えた」
「やれやれ……言っている意味がわかりませんなァ……」
「理解しなくてもいいんだよ……ただ、戻ってきてくれれば……それでいい」
だが、戻ってくる気配は皆無だった。
「さようなら、リュート様。アナタのことは永遠に忘れないでしょう」
「な、何でだよ! どうしてそうなっちゃうんだよ!」
エスペランサが叫んだ。
「リュート! 来るぞ!」
「えっ!」
フェセクが黒魔法を唱えだした。
「霊・死・羅・無……」
フェセクから放たれる邪悪なオーラで、民間人やラミエルとゾナゴンは吹き飛ばされ、他の仲間たちも立っているのがやっとだ。
「くそ、フェセク……どうしてもなのか? オレ諦められないよ!」
戦いがはじまった。
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